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第1章 偽りの騎士
第10話 眠り姫は置いておいて 2
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さて、それはそれとしてこれからどうするか。とりあえず今は少し寝たいが、起きてから何をすべきだろう。ルーチェに目を覚まして貰えれば話が進んでベストなんだが、このあり様だしな。と、困り果てていると、
「魔王様、お困りじゃろう?」
調査で忙しいはずのカルマが、いつものようにケルベロスに乗ってやって来た。おかしい。来てくれたのは素直に心強くて嬉しいが、これまた身に覚えがない。いや、待てよ。さっきのお茶と大福もそうだったが、ひょっとしてウロボロスのお陰なんじゃないだろうか。俺を見かねてサポートしてくれた。そうだ、きっとそうに違いない。なんて頼りになるんだ、ウロボロスは。
「あぁ、そうなんだよ。よく来てくれたな」
「ウロボロスに呼ばれたのじゃ。魔法に関する知恵が欲しいと、のう」
やっぱりそうか。チラリと隣を見るとウロボロスは澄まし顔だ。自分が直接手をかけたら、褒めて、褒めてと犬のようにすり寄ってくるのに、縁の下の力持ち的に働いた時はこれか。くそう、可愛くてカッコいい奴め。
「そうか……ありがたいけど、申し訳ないな」
そう、来てくれたことが嬉しくて見落としてしまいそうになったが、カルマも相当に疲れているのだろう。顔色がやや良くない。
ヴァンパイアは皆そんなものと思われるかもしれないが、俺ならわかる。今のカルマは明らかに無理をしている。なにせ、1、2を争うレベルで激務なのはカルマだ。この土地全域の詳細な調査を一手に任せてしまっているから。その精度は砂漠に落とした砂金を見つけ出せる程だ。自動索敵機能を持つファントム・シーカーがいるから簡単、では済まない。このレベルでの調査はオートではなくマニュアル操作が必要。つまり一匹一匹をきちんと制御して統制を取り続けなければならない。その負担は想像を絶するだろう。
「魔王様が一番。当然のことじゃ」
そんな疲労を見せないようにするためか、余裕たっぷりと言わんばかりの口調だ。本当なら俺が代わってあげてもいいんだけど、それは絶対にダメとウロボロスから、そしてカルマ本人からも止められている。一部くらいならいいだろうと食い下がってみても頑として許してくれなかった。そういう事情もあるから呼ばなかったのだが。
「む、カルマ。その言い方はいささか引っかかりますね」
「安心せい、引っかけるほどの出っ張りなぞ無い体じゃ。もっとも、魔王様のご趣味を考えると、ワシは最適解やもしれぬがのう」
「な、何ですって!? いいですか、我が君は私をフィアンセとしているのです!」
あー、また始まったよ。いつもの痴話喧嘩だ。まぁ見方を変えれば喧嘩できるくらいは元気ということ。引け目を感じていただけに、これはむしろ嬉しいやり取りだ。
ただ、何もかもをおんぶに抱っこといくつもりは毛頭ない。打開策を検討して貰ったら、それを実行するのは俺にしよう。ここだけは絶対に譲らないぞ。
そんな風に決意を固めながら見守っていると、何やら雰囲気がおかしい。言い合いが続くものだと思っていたのに、カルマはウロボロスをまじまじと、舐めるように足先から頭の頂点まで見始めた。
「……ふむ、ふむ」
「な、何ですか、カルマ?」
そして見終えると小さく溜め息を吐く。唐突な流れもそうだが、何よりその溜め息の質というか、そこに込められていそうな感情に違和感を覚える。普段のやり取りとはまた別の、そうだな、落胆というか、ともすると失望というか、そんな気持ちが含まれている感じがした。
「ダメじゃのう、全くもってダメダメじゃ」
「な、何がですか! はっきりと言ってください!」
ウロボロスは気付いているのかいないのか、絡み方を変えていない。俺の思い過ごしなのだろうか。いつものように、ここから俺の奪い合いに発展するのだろうか。それならいい。そうであったら生暖かい目で見守れる。でもそうでなかったら、どうなってしまうんだろう。俺はどうすればいいんだろう。
「では遠慮なく。お主、あの人間に敗北したと聞いたが、聞き間違いかのう?」
悪い予感は当たってしまった。ド真ん中に風穴を空けるレベルの直球だ。恐らく愛で目が曇っていたウロボロスも事態を理解したようで、一瞬固まったあと、今度は顔が曇る。如何に晴れ晴れとした気持ちで敗北したのだとしても、こんな聞かれ方をすればこうなるのは当然。これまでの和気あいあいとした空気が一変して凍り付いた。
「……事実です。私は剣術においてあの騎士に劣りました」
悔しいが、ウロボロスの認めた通りだ。ステータスはこちらの方が圧倒しているというのに二度も敗北した。奇跡は連続では起こらない。二度続いたのなら、それは偶然ではなく紛れもない事実。条件こそあれ、ウロボロスの方が劣っていたのだ。
「今のお主は盾持ちじゃ。さもありようぞ。しかし、それが全てか?」
負けたことを素直に認めたというのに、カルマはまだ何かを聞き出そうとしてくる。
無意味とわかりつつあえて何度も確認するが、これはいつものふざけたやり取りではない。これでは死体蹴りや追い打ちの類ではないか。馬鹿な、あり得ないという言葉が頭の中で何度もループする。
「魔王様、お困りじゃろう?」
調査で忙しいはずのカルマが、いつものようにケルベロスに乗ってやって来た。おかしい。来てくれたのは素直に心強くて嬉しいが、これまた身に覚えがない。いや、待てよ。さっきのお茶と大福もそうだったが、ひょっとしてウロボロスのお陰なんじゃないだろうか。俺を見かねてサポートしてくれた。そうだ、きっとそうに違いない。なんて頼りになるんだ、ウロボロスは。
「あぁ、そうなんだよ。よく来てくれたな」
「ウロボロスに呼ばれたのじゃ。魔法に関する知恵が欲しいと、のう」
やっぱりそうか。チラリと隣を見るとウロボロスは澄まし顔だ。自分が直接手をかけたら、褒めて、褒めてと犬のようにすり寄ってくるのに、縁の下の力持ち的に働いた時はこれか。くそう、可愛くてカッコいい奴め。
「そうか……ありがたいけど、申し訳ないな」
そう、来てくれたことが嬉しくて見落としてしまいそうになったが、カルマも相当に疲れているのだろう。顔色がやや良くない。
ヴァンパイアは皆そんなものと思われるかもしれないが、俺ならわかる。今のカルマは明らかに無理をしている。なにせ、1、2を争うレベルで激務なのはカルマだ。この土地全域の詳細な調査を一手に任せてしまっているから。その精度は砂漠に落とした砂金を見つけ出せる程だ。自動索敵機能を持つファントム・シーカーがいるから簡単、では済まない。このレベルでの調査はオートではなくマニュアル操作が必要。つまり一匹一匹をきちんと制御して統制を取り続けなければならない。その負担は想像を絶するだろう。
「魔王様が一番。当然のことじゃ」
そんな疲労を見せないようにするためか、余裕たっぷりと言わんばかりの口調だ。本当なら俺が代わってあげてもいいんだけど、それは絶対にダメとウロボロスから、そしてカルマ本人からも止められている。一部くらいならいいだろうと食い下がってみても頑として許してくれなかった。そういう事情もあるから呼ばなかったのだが。
「む、カルマ。その言い方はいささか引っかかりますね」
「安心せい、引っかけるほどの出っ張りなぞ無い体じゃ。もっとも、魔王様のご趣味を考えると、ワシは最適解やもしれぬがのう」
「な、何ですって!? いいですか、我が君は私をフィアンセとしているのです!」
あー、また始まったよ。いつもの痴話喧嘩だ。まぁ見方を変えれば喧嘩できるくらいは元気ということ。引け目を感じていただけに、これはむしろ嬉しいやり取りだ。
ただ、何もかもをおんぶに抱っこといくつもりは毛頭ない。打開策を検討して貰ったら、それを実行するのは俺にしよう。ここだけは絶対に譲らないぞ。
そんな風に決意を固めながら見守っていると、何やら雰囲気がおかしい。言い合いが続くものだと思っていたのに、カルマはウロボロスをまじまじと、舐めるように足先から頭の頂点まで見始めた。
「……ふむ、ふむ」
「な、何ですか、カルマ?」
そして見終えると小さく溜め息を吐く。唐突な流れもそうだが、何よりその溜め息の質というか、そこに込められていそうな感情に違和感を覚える。普段のやり取りとはまた別の、そうだな、落胆というか、ともすると失望というか、そんな気持ちが含まれている感じがした。
「ダメじゃのう、全くもってダメダメじゃ」
「な、何がですか! はっきりと言ってください!」
ウロボロスは気付いているのかいないのか、絡み方を変えていない。俺の思い過ごしなのだろうか。いつものように、ここから俺の奪い合いに発展するのだろうか。それならいい。そうであったら生暖かい目で見守れる。でもそうでなかったら、どうなってしまうんだろう。俺はどうすればいいんだろう。
「では遠慮なく。お主、あの人間に敗北したと聞いたが、聞き間違いかのう?」
悪い予感は当たってしまった。ド真ん中に風穴を空けるレベルの直球だ。恐らく愛で目が曇っていたウロボロスも事態を理解したようで、一瞬固まったあと、今度は顔が曇る。如何に晴れ晴れとした気持ちで敗北したのだとしても、こんな聞かれ方をすればこうなるのは当然。これまでの和気あいあいとした空気が一変して凍り付いた。
「……事実です。私は剣術においてあの騎士に劣りました」
悔しいが、ウロボロスの認めた通りだ。ステータスはこちらの方が圧倒しているというのに二度も敗北した。奇跡は連続では起こらない。二度続いたのなら、それは偶然ではなく紛れもない事実。条件こそあれ、ウロボロスの方が劣っていたのだ。
「今のお主は盾持ちじゃ。さもありようぞ。しかし、それが全てか?」
負けたことを素直に認めたというのに、カルマはまだ何かを聞き出そうとしてくる。
無意味とわかりつつあえて何度も確認するが、これはいつものふざけたやり取りではない。これでは死体蹴りや追い打ちの類ではないか。馬鹿な、あり得ないという言葉が頭の中で何度もループする。
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