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第1章 偽りの騎士
第5話 怪現象だ 10
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あれは本当に人なのか。モンスターじゃないのか。そんなあり得ない考えすら持ってしまう。ステータス画面には、確かに種族は人だと書かれているというのに。
「我が君、大丈夫ですか?」
「あ……あぁ、ありがとう。もう大丈夫だ。主として、情けないところを見せてしまったな、反省だ」
ウロボロスに手を握られ、ハッと我に返れた。そうだ、こいつが何者かなど関係ない。いくら言葉を失い、意識すら奪われかけた顔であろうとも些細な問題じゃないか。俺が知りたいのはロアの過去ではない。あの村を襲った理由。まずはそれだけだ。
それにしても、よりによってウロボロスにこんな不安げな表情をさせてしまうとは。上の立場に立つ人間は、いついかなる時でも、堂々としていなければならないのに。
「いいえ、私は御身のためにありますから。お望みとあらば、御心を惑わしたあのゴミ屑、掃除して参りますが?」
「いや、まだ聞きたいことが山程ある。ロア、あえて肯定しよう。俺はこの世界の住人ではない。かつて別世界で魔王と呼ばれた者だ」
さぁ、その顔を見せてくれたお礼に、俺もきちんと名乗ったぞ。魔王だと。しかも別世界の魔王だと。普通なら頭に蛆でも湧いたのかと逆に心配されそうな名乗りだが、盛大に村ごとお前たちの部隊を葬っている。この世に存在しないはずの超常の存在は俺なのだと絶対に信じてくれるさ。
「ほぉ……別世界の魔王か。文字通りの意味ではなさそうだが、違いないか?」
「さて、それはどうかな? それよりも本題に戻ろう。こちらの納得できる理由があるならば正直に言え。さもなくば、これ以上は時間の無駄だ」
少し脅しをかけるために、無意味に闇色の魔法陣を足下に展開してみる。本気で放つ気はない。しかし全力で使う演技をしてみせよう。魔法がある世界だ。この魔力量はさぞ恐ろしく見えるだろう。普段火を使っていながらマグマを恐れるように、規模も威力も違い過ぎるのだから。
これでダメならどうしようか。カルマを呼んで洗脳して貰おうか。そんなことを考えていた。そのためか、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。見たままに言えば、突然、目の前にウロボロスが血相を変えて飛び出して来たのだ。
「わ、我が君! お下がりください!」
「お、おい、ウロボロス? 一体どうし……」
一言で言えば不快だった。まず、気持ち悪い音が聞こえてきた。まるで、泥をこねくり回して床に叩き付けるような、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃっていう音が。
何が起きたのか見てみると、その音源が何なのか理解した。それは人であり、肉の塊であった。体中の穴という穴からピンク色の液体が溢れ出し、ドロドロに溶け出している。まるでアイスが溶けて落ちてしまうように、腕が、足が、頭すら体から崩れ落ちる。兵たちは必死にそれを元の位置に戻そうと血相を変えてもがくも、血の涙を流しながら崩壊していった。
「何だ……これ。何だよこれは! おい、ロア……っ!」
俺じゃない。チラつかせた魔法だってただの広域殲滅魔法だ。発動すれば一瞬で辺りが灰燼になるだけで、こんな凄惨な光景には絶対にならない。ウロボロスも違う。カルマだって、アザレアだって、勿論魔法に長けないフェンリスやムラクモだってそうだ。何なら、未だに姿を見せてくれないあいつらだって、こんな酷い魔法やスキル使えない。だから俺たちでは断じてない。
それなのに騎士たちは俺に向かって、もはや聞き取れない呪詛のような何かを吐きながら死んでいく。
「もう時間が無い、か」
部下の凄惨な死を見たロアは諦め切ったように呟いた。ロアもまた例外ではなかったのだ。その足先からドロドロと溶け出し、徐々に小さくなっていっている。
ある者は泣き喚き、ある者は狂った笑い声を上げる地獄絵図。そんな中で、ロアだけがただ1人、冷静に自らの崩壊する体から目を離すと真っすぐにこちらへ顔を向けてきた。
「気を付けるのだ。敵は内に潜んでいる」
内に。まさか、ウロボロスたちのことか。いや万が一にもあり得ない。さっきも言ったが、皆はこんなことをする手段をそもそも持たない。仮にあったとしても、俺との出会いを大切に思っていてくれるなら、こんな真似は絶対にしない。そう確信が持てるだけ、何年も一緒に戦ってきた絆がある。
確信。まさか、俺がロアに抱いた疑問のように、そもそもの確信とやらが間違っているのか。嘘だ、そんなこと、あってたまるか。
「我が君、ここは危険です! ただちに撤収しましょう!」
「待て、ウロボロス! まだ聞きたいことが山ほどあるんだ!」
ウロボロスの静止を振り切ろうとするが、できない。がっしりと掴まれた腕は紫色に変色している。それでも必死に力を込めるが、圧倒的なステータス差によって、ただの一歩も前へ進むことができない。
そうしている内にロアはどんどん溶けていく。もう胸から下、両腕は無くなって、遂に頭が落下した。
「皆、付き合わせてすまなかった。だが、賭けたかったのだ。この世界を救いうる救世主に」
「待て! まだ逝くな! 詳しく聞かせろ!」
もうロアは一言も発さない。ズブズブと、音を立てて液状になっていく。
そうだ、魔法かスキルだ。何かあるはずだ。この状況すら覆せる何かが。俺は魔王だ。ありとあらゆる魔王、スキルに関する知識を持っていて、その中でも選りすぐりのものをいくつも習得している。アイテムだって高価なものをいくつも揃えている。だからあるはずだ。あるはずなんだ。何かが、何かが。
「我が君、お早く!」
ウロボロスに後ろから引っ張られて気付く。そうだ。ウロボロス。ウロボロスは大丈夫なのか。後ろを見ると、その姿は既に消えかかっていた。溶けているのではない。これは魔法による影響だ。転移魔法で既に飛ばされ始めている状態だった。
そう認識した次の瞬間、俺もまた転移魔法で飛ばされてしまったのだろう。視界が真っ白になり、どんどん、不愉快な溶ける音が遠のいていく。その最中で、俺は聞いた気がした。
――アデルに気を付けろ、と。
「我が君、大丈夫ですか?」
「あ……あぁ、ありがとう。もう大丈夫だ。主として、情けないところを見せてしまったな、反省だ」
ウロボロスに手を握られ、ハッと我に返れた。そうだ、こいつが何者かなど関係ない。いくら言葉を失い、意識すら奪われかけた顔であろうとも些細な問題じゃないか。俺が知りたいのはロアの過去ではない。あの村を襲った理由。まずはそれだけだ。
それにしても、よりによってウロボロスにこんな不安げな表情をさせてしまうとは。上の立場に立つ人間は、いついかなる時でも、堂々としていなければならないのに。
「いいえ、私は御身のためにありますから。お望みとあらば、御心を惑わしたあのゴミ屑、掃除して参りますが?」
「いや、まだ聞きたいことが山程ある。ロア、あえて肯定しよう。俺はこの世界の住人ではない。かつて別世界で魔王と呼ばれた者だ」
さぁ、その顔を見せてくれたお礼に、俺もきちんと名乗ったぞ。魔王だと。しかも別世界の魔王だと。普通なら頭に蛆でも湧いたのかと逆に心配されそうな名乗りだが、盛大に村ごとお前たちの部隊を葬っている。この世に存在しないはずの超常の存在は俺なのだと絶対に信じてくれるさ。
「ほぉ……別世界の魔王か。文字通りの意味ではなさそうだが、違いないか?」
「さて、それはどうかな? それよりも本題に戻ろう。こちらの納得できる理由があるならば正直に言え。さもなくば、これ以上は時間の無駄だ」
少し脅しをかけるために、無意味に闇色の魔法陣を足下に展開してみる。本気で放つ気はない。しかし全力で使う演技をしてみせよう。魔法がある世界だ。この魔力量はさぞ恐ろしく見えるだろう。普段火を使っていながらマグマを恐れるように、規模も威力も違い過ぎるのだから。
これでダメならどうしようか。カルマを呼んで洗脳して貰おうか。そんなことを考えていた。そのためか、何が起こったのか理解するのに時間がかかった。見たままに言えば、突然、目の前にウロボロスが血相を変えて飛び出して来たのだ。
「わ、我が君! お下がりください!」
「お、おい、ウロボロス? 一体どうし……」
一言で言えば不快だった。まず、気持ち悪い音が聞こえてきた。まるで、泥をこねくり回して床に叩き付けるような、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃっていう音が。
何が起きたのか見てみると、その音源が何なのか理解した。それは人であり、肉の塊であった。体中の穴という穴からピンク色の液体が溢れ出し、ドロドロに溶け出している。まるでアイスが溶けて落ちてしまうように、腕が、足が、頭すら体から崩れ落ちる。兵たちは必死にそれを元の位置に戻そうと血相を変えてもがくも、血の涙を流しながら崩壊していった。
「何だ……これ。何だよこれは! おい、ロア……っ!」
俺じゃない。チラつかせた魔法だってただの広域殲滅魔法だ。発動すれば一瞬で辺りが灰燼になるだけで、こんな凄惨な光景には絶対にならない。ウロボロスも違う。カルマだって、アザレアだって、勿論魔法に長けないフェンリスやムラクモだってそうだ。何なら、未だに姿を見せてくれないあいつらだって、こんな酷い魔法やスキル使えない。だから俺たちでは断じてない。
それなのに騎士たちは俺に向かって、もはや聞き取れない呪詛のような何かを吐きながら死んでいく。
「もう時間が無い、か」
部下の凄惨な死を見たロアは諦め切ったように呟いた。ロアもまた例外ではなかったのだ。その足先からドロドロと溶け出し、徐々に小さくなっていっている。
ある者は泣き喚き、ある者は狂った笑い声を上げる地獄絵図。そんな中で、ロアだけがただ1人、冷静に自らの崩壊する体から目を離すと真っすぐにこちらへ顔を向けてきた。
「気を付けるのだ。敵は内に潜んでいる」
内に。まさか、ウロボロスたちのことか。いや万が一にもあり得ない。さっきも言ったが、皆はこんなことをする手段をそもそも持たない。仮にあったとしても、俺との出会いを大切に思っていてくれるなら、こんな真似は絶対にしない。そう確信が持てるだけ、何年も一緒に戦ってきた絆がある。
確信。まさか、俺がロアに抱いた疑問のように、そもそもの確信とやらが間違っているのか。嘘だ、そんなこと、あってたまるか。
「我が君、ここは危険です! ただちに撤収しましょう!」
「待て、ウロボロス! まだ聞きたいことが山ほどあるんだ!」
ウロボロスの静止を振り切ろうとするが、できない。がっしりと掴まれた腕は紫色に変色している。それでも必死に力を込めるが、圧倒的なステータス差によって、ただの一歩も前へ進むことができない。
そうしている内にロアはどんどん溶けていく。もう胸から下、両腕は無くなって、遂に頭が落下した。
「皆、付き合わせてすまなかった。だが、賭けたかったのだ。この世界を救いうる救世主に」
「待て! まだ逝くな! 詳しく聞かせろ!」
もうロアは一言も発さない。ズブズブと、音を立てて液状になっていく。
そうだ、魔法かスキルだ。何かあるはずだ。この状況すら覆せる何かが。俺は魔王だ。ありとあらゆる魔王、スキルに関する知識を持っていて、その中でも選りすぐりのものをいくつも習得している。アイテムだって高価なものをいくつも揃えている。だからあるはずだ。あるはずなんだ。何かが、何かが。
「我が君、お早く!」
ウロボロスに後ろから引っ張られて気付く。そうだ。ウロボロス。ウロボロスは大丈夫なのか。後ろを見ると、その姿は既に消えかかっていた。溶けているのではない。これは魔法による影響だ。転移魔法で既に飛ばされ始めている状態だった。
そう認識した次の瞬間、俺もまた転移魔法で飛ばされてしまったのだろう。視界が真っ白になり、どんどん、不愉快な溶ける音が遠のいていく。その最中で、俺は聞いた気がした。
――アデルに気を付けろ、と。
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