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第2章 「魔法士の矜持」
「俺は支援魔法士です」
しおりを挟む次の日、プリシア先生の講義にて。1日欠席したことを怒られるのを覚悟したのだが、なぜか溜め息を吐かれた。ひょっとすると溜め息ではなく安堵だったのかもしれない。その表情はとても穏やかだった。
「よく戻って来てくれた」
「ど、どうしたんですか? 先生らしくもない」
「見たんだよ、私も。ノエル=フォーレン=クロイツの戦いを。魔法士の矜持ってやつを。あれの反響は大きいぞ。魔法士に転向したいと言う奴が出始めている」
「俺も感化されるかも、と思ったんですか?」
「馬鹿を言え、とすっぱり返せればいいんだがな。私ですら心が揺らいだものだ」
そうか、先生ですら魅せられたのか。無理もない。あの戦いはそれだけ心惹かれるものだったから。
だからこそ、俺はこう答える。迷いを振り切ったような、努めて真剣な顔をして。
「俺は支援魔法士です。この夢だけは絶対に変えません」
「少年……ふん、言ってくれるじゃないか」
先生は教卓に頬杖を着くと、いつものような見下す姿勢を取った。良かった。思いは通じたようだ。
「今日はお前に、特別な起動式を教えてやろう」
「起動式……ですか?」
「そうだ。支援魔法士は戦場を支配する。そのための手段はひとつでも多い方がいいからな。そら、受け取れ」
今回は放られるのではなく、しっかりと差し伸べられる。受け取ると、そこには全く知らない起動式が書かれていた。
「勿論、タダでは教えない。解読してみせろ」
「分かりました」
マーリン式が紛れているな。でもデュアル式より複雑ではない、と、待て。これはマーリン式が紛れているのではなく、所々に何か短い式が組み込まれているのか。
細かな式を抜き出してみると全部で3つ。どれも同じものだった。この作用は全く初見だけど、似たコードをどこかで見た事がある気がする。でもどこで。わからない。
「……落ち着け」
そもそもの話、起動式はコードとは違う。似た作用でも全く同じ文字列にはならないはず。コードに注力していたから全て初見なのは当り前。その違いを念頭に入れて、似たものが無いか考えるんだ。
見た事がある気がする。この感覚を頼りに、今まで覚えたコードと見比べていく。ヒール、エンチャント、エッセンス、攻撃魔法。
見付けた、これだ。攻撃魔法。上から押し潰すような作用の仕方が最も近い。
待てよ、これは蛇足かもしれないけど、今まではコードとして全て見てきた。でも起動式にも類似した部分が見られるという事は、根幹ともいえる本当の作用部分はこの短い文字列だったんじゃないのか。とりあえずノートにメモしておく。
話を戻そう。この起動式には攻撃魔法と類似した作用が組み込まれていた事になる。では魔法の起動部分から敵に攻撃を仕かけるのだろうか。そんなトリッキーな起動式があるのだろうか。
「……違う」
この作用、対象がこの起動式自体になっている。自爆魔法でないのなら、式に攻撃を仕かけるなんてあり得ない。待てよ、まさかインパクト式に対抗した可能性も。ないな。先生は攻撃関連の事を絶対に教えてくれない。
じゃあ、他に何が考えられる。あ、と気付く。攻撃という観点から考えていたから忘れていた。これはあくまでも、対象に効果を押し付ける式だ。攻撃魔法はその発展形に過ぎない。
この「押し付ける」という部分に着目する。配置された式は全部で3つ。3回効果をかけるためなのか、はたまた、3回働きかけて初めて機能するのか。バラバラの個所に挟んである事から後者の方が正しい気がする。
「どの部分を狙っているのか……」
そう仮定すると、問題は狙いだ。どの働きを制御しているのだろう。ひとつは起動式の最初、中盤、そして最後の方にひとつ。満遍なく入っているな。どこか一点ではなく、マーリン式全体を押さえ付けるように働いているのだろうか。
「全体を……押さえ付ける……」
考えを「狙い」から「何を」に切り替えてみる。似た言い回しだけど意味が違う。これまでは起動式のどの部分を、どんな働きを狙っていたのか。これからは何を押さえ付けようとしていたのか、という話だ。なぜなら式の全体に干渉しているのであれば、マーリン式の一部分というよりは、マーリン式によってもたらされる何かに作用していたと想像できるから。
基本的な起動式を押さえ付ける理由か。単純に考えれば、魔法の発動を遅らせるためだろうか。うん、そうか、遅延なのか。
「もしかして……」
落ち着け。魔法の発動をわざわざ遅延させるメリットがあるだろうか。魔力ロスの防止や高速化を図っている俺からすればあり得ない選択肢。
あり得ない。それは固定概念かもしれない。これまで、俺は魔法式を少しでも簡単にするべく取り組んで来た。繰り返しになるが、目的は魔力ロスの防止と高速化だ。逆に「遅延」させる事を目指すとなると、どういう方法が思い付くだろう。無駄な式を混入させていたに違いない。そうすると魔力ロスも一緒に起こってしまい、とても非効率的な手法という事になる。その点、この起動式はたった3つの簡単な式を組み込むだけで「遅延」させる事ができているのかもしれない。もしも本当なら凄い事だ。
「あの、先生。まさかこれは、魔法を遅延させる起動式ですか?」
先生の口角が吊り上がる。
「あぁ、正解だ。正確にはディレイ式という。よく解読したな?」
「起動式といえどもコードと似ていますから、何とかなるものですね」
「言うじゃないか」
授業料のイチゴミルク味の飴を渡しつつ、考える。
ディレイの起動式か。このままでは俺には使いにくそうだ。高度な駆け引きができる魔法士なら、一瞬遅らせる事で敵の見切りをかわす事もできるんだろうが。そうなると何かと複合させたい訳で、
「……何ですか、先生?」
「いやいや、気にするな」
ニヤニヤしながら先生がこっちを見ていた。
「無理ですよ。そんな顔を見せられたら」
「いや、なに。早速、ディレイ式をどう使うか考えていたのだろう? 教えた身としては、こんなに嬉しい事もないものだ」
「そ……そうですか」
よく分からないけど、喜んでいるのならいいか。気にはなるけど。
「いやはや、まさかこんな短期間で教え切ってしまうとは」
作業に戻ろうとすると、突然、無視できないことを言われてしまう。
「何を言っているんですか? 俺はまだまだ学び足りないですよ」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか。ただな、私に教えられるのはここまでだ」
「ど……どうしてです?」
冗談かと思ったけど、どうやら本気らしい。真面目な顔付きだ。
「支援魔法は蔑ろにされているからな。これといって文献は無い。基礎を学んだら、後は自分で開発するしかないんだよ。それは知っているだろう?」
「はい。ですから、もっと基礎を……」
「お前、この起動式を解読できたな? その時点で、もうおおよその魔法の解読ができる。支援魔法に限らず、だ。これでどうして、私に何かを教えられる?」
そうか。これ以上の教えは本を読んで既存の魔法を学ぶのと変わらないと、先生は言いたいのか。
「大丈夫だ。お前は、必ずや立派な支援魔法士になる。講義はやらないが、困った事があったら相談に来い。お前は私の一番弟子だからな」
「先生……ありがとうございました!」
「少年、時間は有限だ。必ず、立派な支援魔法士になるんだぞ?」
先生が手を差し出してくれる。握り返すと、小さい手ながら、とても強く握り返された。
これで支援魔法、というか魔法の基礎が終わったのか。突然過ぎて実感が湧かないけど、先生の太鼓判があるんだ。ネイの支援に必要な魔法をどんどん開発していこう。
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