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第2章 「魔法士の矜持」
「最高のライバルに見せ付けよう、魔法士の可能性を」
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――全校生徒にお伝えします。これより本校生徒、魔法士ノエル=フォーレン=クロイツさんが、第3階層のボス、ミノタウロスに挑みます。いつものチャンネルで生中継されますので、応援をよろしくお願いします
夜明けはあっという間だった。何をして過ごしたのかと聞かれても答えられそうにない。朝、鏡を見たら酷い隈ができていた。
俺は、道を誤ったのだろうか。
そんな弱音すら、心の中で何度も繰り返してしまう程だった。
「ねー、シン。本当にここで見るのー?」
「あぁ……ここで頼むよ」
ネイを誘ってやって来たのは屋上だ。カップル御用達の憩いの広場であり、ここなら多少の情事も見逃して貰えるから。
自分に嘘を吐くな。それは言い訳。しかもネイを餌にする最低の言い分。俺は恐いんだ。漠然と、何を恐れているのかも分からないままに。
誰かがチャンネルを変えたらしい。屋上にある大型テレビの画面がお昼のニュースから洞窟内に切り替わる。
挑戦者はやはり魔法士1人。見慣れた侍女の姿はない。羽織ったローブと握られた杖、そしてフードから垣間見えた顔付きは、どうしようもなく見覚えがあった。
「ノエル……」
本当にやるのか。自らの命をかけてまで、奴に挑んで魔法士としての矜持を見せ付けようと。馬鹿だよ。命があっての物種だろうに。ただ、咎める資格はない。
「始める前に、この映像を観ているはずの……私の最高のライバルに言いたい事があるわ」
ミノタウロス召喚の魔法陣が現れて、徐々に見せ始める。赤黒い肌と筋骨隆々の肢体、それに鋭い眼光を。忘れもしない。思い出さなかった日は無い、その姿を。
それに背中を向けて、ノエルはカメラを、俺の方を真っ直ぐに見て言葉を続ける。
「これから始めるのは挑戦じゃない。意地よ。魔法士ノエルとしての私の矜持、その目に焼き付けなさい!」
ローブを翻すと、ノエルは杖を向ける。俺たちの敵、ミノタウロスへと。
「あの子、やっぱり自殺行為じゃない?」
「あぁ、魔法士ならせめてタッグを組まないと。単独でミノタウロスに挑むなんて……」
ギャラリーが口々にそんな事を言う。俺だって同感だ。経験者だからな。だからこそ、たぶんこの中で一番、誰よりも愚かしいとすら思っている。
だが、愚かしいのは俺も同じだ。俺は逃げて、あいつは立ち向かった。その覚悟、どうして馬鹿にできるものか。もしかすると辿ったかもしれない俺の未来。こうなったら腹をくくって、しっかりと見届けさせて貰う。
「さぁ、来なさい! この豚擬きが!」
ノエルが挑戦的な発言をして、ミノタウロスは応えるように吠えながら駆け出す。戦闘開始だ。
どう出る、魔法士ノエル。あいつは俊敏かつ打撃力がある。お前じゃ置いて行かれるんじゃないのか。
注目の初手。ノエルは赤い魔法陣を即座に展開し、魔法名を告げて発動させる。
「焼き尽くせ業火! デュアル・マジック! フレイム・フィールド!」
ロウソクの灯りで照らされた薄暗い洞窟が、それによって足下から輝く。フレイム・フィールドの二重がけ。地面を炎で焼き尽くし、火属性の継続ダメージを入れる魔法だ、
ミノタウロスにはパッシブ・スキル、オート・ヒールがある。あれで相殺、いや、奴の弱点属性を突いているから、多少ノエルの方が勝っているかもしれない。
「この、やってくれたわね!?」
ミノタウロスが巨大な斧を振り下ろしたらしい。らしいというのは、俺には見えなかったからだ。地面に突き立った斧と吹き飛んだノエルから、そう推測しただけ。
「あの子、やるな」
「あぁ、魔法士のくせにミノタウロスの攻撃を防いだ」
「でも防御力は高くない。次は無いぞ」
反撃の魔法、火の矢が乱れ飛ぶ。あれはファイア・アロー、初歩的な火属性魔法だ。馬鹿な。あんな強敵に小粒の魔法を撃って何になる。もっと効果的かつ強力な魔法を叩き込む準備をしないと。
だが牽制にはなっているらしい。ミノタウロスが防御の姿勢を取り、右へ左へ走って回避行動を取り始めた。
その隙を突くことが狙いか。ノエルは新たな魔法陣を展開する。
「撃ち貫け! デュアル・マジック! ヒート・レーザー!」
閃光が走る。直撃。ミノタウロスの両足を貫いた。
「お、おい、見たか、今!?」
「あぁ、ファイア・アローと同時に放ったぞ!」
言われて気付く。火の矢は確かに途切れない。ヒート・レーザーを放った時すらも、そして今も。まさしく同時。他に言い様がない。
じゃあ、何か。別々の魔法を並列して使用しているというのか。そんな離れ技があるのか。信じられない。でも見せ付けられては認めるしかない。魔法士にはこんな可能性もあったのだと。
「さぁ、フィニッシュよ!」
失速したミノタウロスに向かって、ノエルが駆け出す。
「何する気だ、あの子!?」
「向かって行くなんてあり得ない!」
そう、あり得ない。魔法士が前へ出るなど。大体、それならどうして腕を撃たない。あの斧が恐くないのか、あいつは。
――そうか
あいつは言っていた。ミノタウロスを倒すには2つの条件をクリアする必要があると。ミノタウロスの動きに付いて行く事、そして何よりこちらへ一直線に向かって来てくれる事だと。
今、その条件はどちらも満たされた――
「いけ、ノエル――!」
来る、迎え撃つ刃が。だがノエルの奴、攻撃を見ていない。防御の姿勢すら取ろうとしない。真っ直ぐに、真っ向から、ミノタウロスだけを見据えている。
「――インパクト・マジック! イグニッション・バーストッ!」
大爆発。洞窟に壁へ叩き付けられたノエルは、力なくズルリと落下する。もうボロボロだ。ローブは焼け焦げ、あちこちから血を流している。
一方、ミノタウロスはといえば、と見ようとしたところで、遅れて「それ」が降って来た。奴の斧と腕だ。
「ま……まさか……?」
黒煙が晴れると、風穴があった。奴の巨体の、ド真ん中に。そして表示される、勝利の文字。
「挑戦者、ノエル=フォーレン=クロイツ、第3階層突破です!」
勝利の告知に学校中から歓声が上がる。屋上が揺れる程に。
周りの沸き方も凄まじい。カップルが多いからか、感極まって抱き合っている男女も少なくない。
そんな中で、俺は。
「……勝った」
へたり込んでしまっていた。腰が抜ける、とはこういう事なのだろうか。上手く足腰に力が入らなくて立ち上がれない。
「凄かったねー、シン?」
ネイに担がれる。
何て答えればいいのだろう、俺は。魔法士の矜持を見せ付けられて、魅せられて、感動してしまっている。ひょっとして間違えたのか、とすら思っている。
こんな体たらくで、何をどう答えられたものか。返す言葉が見当たらない。
「戻りたい?」
戻る、か。そうだな。魔法士に戻って、イチからやり直す。それも悪くない選択肢かもしれない。なにせ無限の可能性があるんだから。
「僕はそれもいいと思うよー」
「ネイ……」
ネイの、絶対に本心からの言葉だと確信を持てる言葉、そして表情を見て思い出す。何を馬鹿な事を考えているのか、と。忘れたとは言わせない。俺が目指したい強さは、あぁいった強さではない。
俺はネイのために、ネイは俺のために。2人で一緒に高みを目指す。それが俺の選んだ道。だったら、隣の芝生に憧れるのはもうやめろ。
「……ごめんな」
「ううん、僕はそんなところも含めて、シンの事が大好きだからねー?」
本当に敵わないな、こいつには。改めて思い知る。俺が選ぶべき道は、こっちなのだと。
「ノエル……お前はその道を行け。俺はやっぱり、こっちが合っているみたいだ」
ネイの手を掴む。握り込む。俺が進むべき道を見失わないように。すると握り返される。間違いじゃないよって、そう言ってくれているようだった。
夜明けはあっという間だった。何をして過ごしたのかと聞かれても答えられそうにない。朝、鏡を見たら酷い隈ができていた。
俺は、道を誤ったのだろうか。
そんな弱音すら、心の中で何度も繰り返してしまう程だった。
「ねー、シン。本当にここで見るのー?」
「あぁ……ここで頼むよ」
ネイを誘ってやって来たのは屋上だ。カップル御用達の憩いの広場であり、ここなら多少の情事も見逃して貰えるから。
自分に嘘を吐くな。それは言い訳。しかもネイを餌にする最低の言い分。俺は恐いんだ。漠然と、何を恐れているのかも分からないままに。
誰かがチャンネルを変えたらしい。屋上にある大型テレビの画面がお昼のニュースから洞窟内に切り替わる。
挑戦者はやはり魔法士1人。見慣れた侍女の姿はない。羽織ったローブと握られた杖、そしてフードから垣間見えた顔付きは、どうしようもなく見覚えがあった。
「ノエル……」
本当にやるのか。自らの命をかけてまで、奴に挑んで魔法士としての矜持を見せ付けようと。馬鹿だよ。命があっての物種だろうに。ただ、咎める資格はない。
「始める前に、この映像を観ているはずの……私の最高のライバルに言いたい事があるわ」
ミノタウロス召喚の魔法陣が現れて、徐々に見せ始める。赤黒い肌と筋骨隆々の肢体、それに鋭い眼光を。忘れもしない。思い出さなかった日は無い、その姿を。
それに背中を向けて、ノエルはカメラを、俺の方を真っ直ぐに見て言葉を続ける。
「これから始めるのは挑戦じゃない。意地よ。魔法士ノエルとしての私の矜持、その目に焼き付けなさい!」
ローブを翻すと、ノエルは杖を向ける。俺たちの敵、ミノタウロスへと。
「あの子、やっぱり自殺行為じゃない?」
「あぁ、魔法士ならせめてタッグを組まないと。単独でミノタウロスに挑むなんて……」
ギャラリーが口々にそんな事を言う。俺だって同感だ。経験者だからな。だからこそ、たぶんこの中で一番、誰よりも愚かしいとすら思っている。
だが、愚かしいのは俺も同じだ。俺は逃げて、あいつは立ち向かった。その覚悟、どうして馬鹿にできるものか。もしかすると辿ったかもしれない俺の未来。こうなったら腹をくくって、しっかりと見届けさせて貰う。
「さぁ、来なさい! この豚擬きが!」
ノエルが挑戦的な発言をして、ミノタウロスは応えるように吠えながら駆け出す。戦闘開始だ。
どう出る、魔法士ノエル。あいつは俊敏かつ打撃力がある。お前じゃ置いて行かれるんじゃないのか。
注目の初手。ノエルは赤い魔法陣を即座に展開し、魔法名を告げて発動させる。
「焼き尽くせ業火! デュアル・マジック! フレイム・フィールド!」
ロウソクの灯りで照らされた薄暗い洞窟が、それによって足下から輝く。フレイム・フィールドの二重がけ。地面を炎で焼き尽くし、火属性の継続ダメージを入れる魔法だ、
ミノタウロスにはパッシブ・スキル、オート・ヒールがある。あれで相殺、いや、奴の弱点属性を突いているから、多少ノエルの方が勝っているかもしれない。
「この、やってくれたわね!?」
ミノタウロスが巨大な斧を振り下ろしたらしい。らしいというのは、俺には見えなかったからだ。地面に突き立った斧と吹き飛んだノエルから、そう推測しただけ。
「あの子、やるな」
「あぁ、魔法士のくせにミノタウロスの攻撃を防いだ」
「でも防御力は高くない。次は無いぞ」
反撃の魔法、火の矢が乱れ飛ぶ。あれはファイア・アロー、初歩的な火属性魔法だ。馬鹿な。あんな強敵に小粒の魔法を撃って何になる。もっと効果的かつ強力な魔法を叩き込む準備をしないと。
だが牽制にはなっているらしい。ミノタウロスが防御の姿勢を取り、右へ左へ走って回避行動を取り始めた。
その隙を突くことが狙いか。ノエルは新たな魔法陣を展開する。
「撃ち貫け! デュアル・マジック! ヒート・レーザー!」
閃光が走る。直撃。ミノタウロスの両足を貫いた。
「お、おい、見たか、今!?」
「あぁ、ファイア・アローと同時に放ったぞ!」
言われて気付く。火の矢は確かに途切れない。ヒート・レーザーを放った時すらも、そして今も。まさしく同時。他に言い様がない。
じゃあ、何か。別々の魔法を並列して使用しているというのか。そんな離れ技があるのか。信じられない。でも見せ付けられては認めるしかない。魔法士にはこんな可能性もあったのだと。
「さぁ、フィニッシュよ!」
失速したミノタウロスに向かって、ノエルが駆け出す。
「何する気だ、あの子!?」
「向かって行くなんてあり得ない!」
そう、あり得ない。魔法士が前へ出るなど。大体、それならどうして腕を撃たない。あの斧が恐くないのか、あいつは。
――そうか
あいつは言っていた。ミノタウロスを倒すには2つの条件をクリアする必要があると。ミノタウロスの動きに付いて行く事、そして何よりこちらへ一直線に向かって来てくれる事だと。
今、その条件はどちらも満たされた――
「いけ、ノエル――!」
来る、迎え撃つ刃が。だがノエルの奴、攻撃を見ていない。防御の姿勢すら取ろうとしない。真っ直ぐに、真っ向から、ミノタウロスだけを見据えている。
「――インパクト・マジック! イグニッション・バーストッ!」
大爆発。洞窟に壁へ叩き付けられたノエルは、力なくズルリと落下する。もうボロボロだ。ローブは焼け焦げ、あちこちから血を流している。
一方、ミノタウロスはといえば、と見ようとしたところで、遅れて「それ」が降って来た。奴の斧と腕だ。
「ま……まさか……?」
黒煙が晴れると、風穴があった。奴の巨体の、ド真ん中に。そして表示される、勝利の文字。
「挑戦者、ノエル=フォーレン=クロイツ、第3階層突破です!」
勝利の告知に学校中から歓声が上がる。屋上が揺れる程に。
周りの沸き方も凄まじい。カップルが多いからか、感極まって抱き合っている男女も少なくない。
そんな中で、俺は。
「……勝った」
へたり込んでしまっていた。腰が抜ける、とはこういう事なのだろうか。上手く足腰に力が入らなくて立ち上がれない。
「凄かったねー、シン?」
ネイに担がれる。
何て答えればいいのだろう、俺は。魔法士の矜持を見せ付けられて、魅せられて、感動してしまっている。ひょっとして間違えたのか、とすら思っている。
こんな体たらくで、何をどう答えられたものか。返す言葉が見当たらない。
「戻りたい?」
戻る、か。そうだな。魔法士に戻って、イチからやり直す。それも悪くない選択肢かもしれない。なにせ無限の可能性があるんだから。
「僕はそれもいいと思うよー」
「ネイ……」
ネイの、絶対に本心からの言葉だと確信を持てる言葉、そして表情を見て思い出す。何を馬鹿な事を考えているのか、と。忘れたとは言わせない。俺が目指したい強さは、あぁいった強さではない。
俺はネイのために、ネイは俺のために。2人で一緒に高みを目指す。それが俺の選んだ道。だったら、隣の芝生に憧れるのはもうやめろ。
「……ごめんな」
「ううん、僕はそんなところも含めて、シンの事が大好きだからねー?」
本当に敵わないな、こいつには。改めて思い知る。俺が選ぶべき道は、こっちなのだと。
「ノエル……お前はその道を行け。俺はやっぱり、こっちが合っているみたいだ」
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