上 下
10 / 30
第2章 「魔法士の矜持」

「最高のライバルに見せ付けよう、魔法士の可能性を」

しおりを挟む
――全校生徒にお伝えします。これより本校生徒、魔法士ノエル=フォーレン=クロイツさんが、第3階層のボス、ミノタウロスに挑みます。いつものチャンネルで生中継されますので、応援をよろしくお願いします

 夜明けはあっという間だった。何をして過ごしたのかと聞かれても答えられそうにない。朝、鏡を見たら酷い隈ができていた。
 俺は、道を誤ったのだろうか。
 そんな弱音すら、心の中で何度も繰り返してしまう程だった。

「ねー、シン。本当にここで見るのー?」
「あぁ……ここで頼むよ」

 ネイを誘ってやって来たのは屋上だ。カップル御用達の憩いの広場であり、ここなら多少の情事も見逃して貰えるから。
 自分に嘘を吐くな。それは言い訳。しかもネイを餌にする最低の言い分。俺は恐いんだ。漠然と、何を恐れているのかも分からないままに。
 誰かがチャンネルを変えたらしい。屋上にある大型テレビの画面がお昼のニュースから洞窟内に切り替わる。
 挑戦者はやはり魔法士1人。見慣れた侍女の姿はない。羽織ったローブと握られた杖、そしてフードから垣間見えた顔付きは、どうしようもなく見覚えがあった。

「ノエル……」

 本当にやるのか。自らの命をかけてまで、奴に挑んで魔法士としての矜持を見せ付けようと。馬鹿だよ。命があっての物種だろうに。ただ、咎める資格はない。

「始める前に、この映像を観ているはずの……私の最高のライバルに言いたい事があるわ」

 ミノタウロス召喚の魔法陣が現れて、徐々に見せ始める。赤黒い肌と筋骨隆々の肢体、それに鋭い眼光を。忘れもしない。思い出さなかった日は無い、その姿を。
 それに背中を向けて、ノエルはカメラを、俺の方を真っ直ぐに見て言葉を続ける。

「これから始めるのは挑戦じゃない。意地よ。魔法士ノエルとしての私の矜持、その目に焼き付けなさい!」

 ローブを翻すと、ノエルは杖を向ける。俺たちの敵、ミノタウロスへと。

「あの子、やっぱり自殺行為じゃない?」
「あぁ、魔法士ならせめてタッグを組まないと。単独でミノタウロスに挑むなんて……」

 ギャラリーが口々にそんな事を言う。俺だって同感だ。経験者だからな。だからこそ、たぶんこの中で一番、誰よりも愚かしいとすら思っている。
 だが、愚かしいのは俺も同じだ。俺は逃げて、あいつは立ち向かった。その覚悟、どうして馬鹿にできるものか。もしかすると辿ったかもしれない俺の未来。こうなったら腹をくくって、しっかりと見届けさせて貰う。

「さぁ、来なさい! この豚擬きが!」

 ノエルが挑戦的な発言をして、ミノタウロスは応えるように吠えながら駆け出す。戦闘開始だ。
 どう出る、魔法士ノエル。あいつは俊敏かつ打撃力がある。お前じゃ置いて行かれるんじゃないのか。
 注目の初手。ノエルは赤い魔法陣を即座に展開し、魔法名を告げて発動させる。

「焼き尽くせ業火! デュアル・マジック! フレイム・フィールド!」

 ロウソクの灯りで照らされた薄暗い洞窟が、それによって足下から輝く。フレイム・フィールドの二重がけ。地面を炎で焼き尽くし、火属性の継続ダメージを入れる魔法だ、
 ミノタウロスにはパッシブ・スキル、オート・ヒールがある。あれで相殺、いや、奴の弱点属性を突いているから、多少ノエルの方が勝っているかもしれない。

「この、やってくれたわね!?」

 ミノタウロスが巨大な斧を振り下ろしたらしい。らしいというのは、俺には見えなかったからだ。地面に突き立った斧と吹き飛んだノエルから、そう推測しただけ。

「あの子、やるな」
「あぁ、魔法士のくせにミノタウロスの攻撃を防いだ」
「でも防御力は高くない。次は無いぞ」

 反撃の魔法、火の矢が乱れ飛ぶ。あれはファイア・アロー、初歩的な火属性魔法だ。馬鹿な。あんな強敵に小粒の魔法を撃って何になる。もっと効果的かつ強力な魔法を叩き込む準備をしないと。
 だが牽制にはなっているらしい。ミノタウロスが防御の姿勢を取り、右へ左へ走って回避行動を取り始めた。
 その隙を突くことが狙いか。ノエルは新たな魔法陣を展開する。

「撃ち貫け! デュアル・マジック! ヒート・レーザー!」

 閃光が走る。直撃。ミノタウロスの両足を貫いた。

「お、おい、見たか、今!?」
「あぁ、ファイア・アローと同時に放ったぞ!」

 言われて気付く。火の矢は確かに途切れない。ヒート・レーザーを放った時すらも、そして今も。まさしく同時。他に言い様がない。
 じゃあ、何か。別々の魔法を並列して使用しているというのか。そんな離れ技があるのか。信じられない。でも見せ付けられては認めるしかない。魔法士にはこんな可能性もあったのだと。

「さぁ、フィニッシュよ!」

 失速したミノタウロスに向かって、ノエルが駆け出す。

「何する気だ、あの子!?」
「向かって行くなんてあり得ない!」

 そう、あり得ない。魔法士が前へ出るなど。大体、それならどうして腕を撃たない。あの斧が恐くないのか、あいつは。

――そうか

 あいつは言っていた。ミノタウロスを倒すには2つの条件をクリアする必要があると。ミノタウロスの動きに付いて行く事、そして何よりこちらへ一直線に向かって来てくれる事だと。

 今、その条件はどちらも満たされた――

「いけ、ノエル――!」

 来る、迎え撃つ刃が。だがノエルの奴、攻撃を見ていない。防御の姿勢すら取ろうとしない。真っ直ぐに、真っ向から、ミノタウロスだけを見据えている。

「――インパクト・マジック! イグニッション・バーストッ!」

 大爆発。洞窟に壁へ叩き付けられたノエルは、力なくズルリと落下する。もうボロボロだ。ローブは焼け焦げ、あちこちから血を流している。
 一方、ミノタウロスはといえば、と見ようとしたところで、遅れて「それ」が降って来た。奴の斧と腕だ。

「ま……まさか……?」

 黒煙が晴れると、風穴があった。奴の巨体の、ド真ん中に。そして表示される、勝利の文字。

「挑戦者、ノエル=フォーレン=クロイツ、第3階層突破です!」

 勝利の告知に学校中から歓声が上がる。屋上が揺れる程に。
 周りの沸き方も凄まじい。カップルが多いからか、感極まって抱き合っている男女も少なくない。
 そんな中で、俺は。

「……勝った」

 へたり込んでしまっていた。腰が抜ける、とはこういう事なのだろうか。上手く足腰に力が入らなくて立ち上がれない。

「凄かったねー、シン?」

 ネイに担がれる。
 何て答えればいいのだろう、俺は。魔法士の矜持を見せ付けられて、魅せられて、感動してしまっている。ひょっとして間違えたのか、とすら思っている。
 こんな体たらくで、何をどう答えられたものか。返す言葉が見当たらない。

「戻りたい?」

 戻る、か。そうだな。魔法士に戻って、イチからやり直す。それも悪くない選択肢かもしれない。なにせ無限の可能性があるんだから。

「僕はそれもいいと思うよー」
「ネイ……」

 ネイの、絶対に本心からの言葉だと確信を持てる言葉、そして表情を見て思い出す。何を馬鹿な事を考えているのか、と。忘れたとは言わせない。俺が目指したい強さは、あぁいった強さではない。
 俺はネイのために、ネイは俺のために。2人で一緒に高みを目指す。それが俺の選んだ道。だったら、隣の芝生に憧れるのはもうやめろ。

「……ごめんな」
「ううん、僕はそんなところも含めて、シンの事が大好きだからねー?」

 本当に敵わないな、こいつには。改めて思い知る。俺が選ぶべき道は、こっちなのだと。

「ノエル……お前はその道を行け。俺はやっぱり、こっちが合っているみたいだ」

 ネイの手を掴む。握り込む。俺が進むべき道を見失わないように。すると握り返される。間違いじゃないよって、そう言ってくれているようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄は結構ですけど

久保 倫
ファンタジー
「ロザリンド・メイア、お前との婚約を破棄する!」 私、ロザリンド・メイアは、クルス王太子に婚約破棄を宣告されました。 「商人の娘など、元々余の妃に相応しくないのだ!」 あーそうですね。 私だって王太子と婚約なんてしたくありませんわ。 本当は、お父様のように商売がしたいのです。 ですから婚約破棄は望むところですが、何故に婚約破棄できるのでしょう。 王太子から婚約破棄すれば、銀貨3万枚の支払いが発生します。 そんなお金、無いはずなのに。  

婚約破棄?とっくにしてますけど笑

蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。  さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。

処理中です...