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第1章 「支援魔法士の本質」
「嵐のような皆と」
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聖グリモワール大学は知識の探求を目的として創設された学校だ。蔵書数は他大学の比ではなく、王宮並みの図書館を3つも所有している。当然、内装は豪華だ。レッドカーペットの敷かれた通路、シャンデリア、名高い美術品の数々。まるで舞踏会場か何かである。
広々とした読書スペースのテーブルをひとつ占有する形で俺たちは座った。対面に座るのは、勿論、ゼノビア先輩だ。
「いつも本当にありがとう。忙しい中で時間を割いてくれて」
「いいえ。こちらこそ、お役に立てるのであれば光栄です」
「光栄なんて……何だか恥ずかしいな」
真っ直ぐに見つめられて言われる。頬を赤らめたり、言い淀んだり、目線を外されたりはしない。だから毎度の事ながら思う。相変わらずカッコいいし、謙虚だな、と。特別選抜教導に選ばれて、いわゆる特待生になっても変わらない。助けてくれたあの時から何も。
ただ、周りはとても変わった。色々とあるけど、今は、この突き刺さるような厳しい目線が痛い。
先輩はエルフか妖精みたいに美人で、前々から人気はあった。ただ歩いているだけで誰もが振り返ってしまう位に。それに加えて特待生に選ばれ、第13階層突破の快挙。今後もファンは増えていくんだろう。
「どうかした? 具合でも悪い?」
「い、いえ、何でもありません」
当の本人は気付いているのか、いないのか。いつも平然として、今だってそうで、一度も取り乱した場面なんて見たことがないから全く想像できない。それとも、俺が自意識過剰なのだろうか。
改めて周囲を見てみる。凄まじく睨んでいる男女の集団があちこちにいる。あれが素の目付きだとすれば、ここは暴力集団の集会所か何かだろう。
「お茶でも飲む? 淹れようか?」
「あの、ここは飲食禁止です」
思わず笑ってしまう。やっぱり気付いていて、俺を気遣って冗談を言ってくれたんだろう。本当に優しい先輩だ。
「そうだ、余り雑談していては先輩の貴重な時間が勿体無いですね。早く始めましょうか」
「わかった。お願いします、先生」
「後輩じゃないですか、俺。先生なんて滅相もないです」
今日は何を説明しようか。エンチャントのコードはまだ出せる状態じゃないし、ヒールやディスペルに関しては一通り説明してしまった。ネタが無い。
困っていると、顔を覗き込むようにして先輩が尋ねてくる。
「どうかした?」
「いえ、何を話そうかと思いまして。実は、今日は新しいコードを教えて貰っただけで、これといって講義は受けていないんですよ」
「コード……そっか。それなら私も見たいな」
「いいですけど……」
そういえば先輩も俺と一緒で、ヒールとディスペルについて深く理解しているはず。コードを見せただけで何の魔法かわかるかもしれない。今日は本当にこの気付き以外に何も無かったから、詳細を秘密にして出してみようかな。
プリシア先生に放られた紙をカバンから取り出して、差し出してみる。
「これなんですが、何の魔法だと思いますか?」
先輩が食い入るように見つめる。何も言わない。聞いてもこない。今頃、頭の中で高度な思考を巡らせているんだろうな。
それから1分ほど経って、先輩から質問が出始める。流石にこれだけで理解するのは難しいのだろう。忘れてはならない。先輩の本職は騎士だ。支援魔法はあくまでもオマケである。
「これは……支援魔法、だよね?」
「はい、そうです」
「対象は敵、味方を問わない。味方にかかるんだから、負の効果、例えば能力低下みたいな効果ではないと思うんだけど、どうかな?」
対象からそこまで推測するとは。それに、例えに能力低下を挙げるあたり、ステータスアップに似ていると気付いたのだろう。問題は俺と同じように、自由度に気付けるかどうか、かな。
「そうですね。このコードだけで弱体化はしないです」
「良かった。じゃあ、味方にも敵にも効果を付与すると考えられるね。そうなると……あ、もしかして、エンチャント?」
「正解です。凄いですね、先輩」
完敗だ。別に競うつもりは無かったけど、こうまで早く解読されると少しだけ悔しい。しかも、何度も言うが先輩は騎士だ。聖騎士っていう全く新しい派生職ではあるが。
聖騎士とは、先輩が先駆者となっている支援魔法も使う騎士だ。硬い防御力で敵を圧倒するのがコンセプトらしい。
先輩が支援魔法を使う以上、騎士とはいえ、本職の俺と同等以上の理解ができても不思議ではない。いや、同等なんて身の程知らずか。この人はそのくらい高みに立っているのだから。
「えっと、お菓子でも食べる?」
「だから、ここは飲食禁止ですってば」
落胆したと気付かれたのかな。本当に敵わないな、先輩には。
「ところで、エンチャントの魔法をもう組み上げたの?」
「まだです。1週間以内に仕上げるようにって言われましたが」
「参考文献、一緒に探そうか?」
そういえば、ここは図書館だ。隈なく探せば多少はエンチャントに関する本が見付かるかもしれない。
ただ、少し迷う。最初から探すのはどうかな。短時間で仕上げるだけなら良いかもしれない。でも先生に求められているのはエンチャントの使役ではなく、本質の理解だ。既存の魔法式を一度でも見てしまえば思考が引っ張られる可能性もある。
「まずは自力で頑張ってみますよ」
「相変わらず不合理な事をしているのね、貴方」
この声は、あいつか。どう反応したものか。邪見にしたくはないけど、何度説明しても理解を得られそうにない。ここはいっそ無視してみるのも手だと信じる。
「必要なのは理解です。知識はその後で」
頭を持たれたと思った次の瞬間、強引に横へ向けられた。痛い。首が折れるかと思った。それよりも困ったのは、もの凄く顔が近いこと。もう数センチ近付けば鼻がくっ付くだろう。
「私を無視するとは良い度胸じゃないの! 今日という今日は許さないんだからね!?」
「流石はノエル様! 人目もはばからずキスですね!」
「そうよ! 今日という今日こそキスを……って違うわよっ!」
今度は突き飛ばされた。理不尽過ぎる突然の暴力だが、これは予測済み。しっかりと受け身を取らせて貰う。
先輩が駆け寄ってくれて、抱き起してくれた。本当に優しい。
「大丈夫、シン君?」
「はい、慣れていますから」
慣れもするさ。事あるごとに突っかかって来るのだから。
この身なりはお嬢様なのに狂暴な女生徒はノエル。中等部からの同級生で、優秀な魔法士だ。有名な魔法士の家系の出らしい。
その隣にいて、さっき余計な一言を挟んでくれたのは、ノエルの侍女をしているシャノンだ。本当に良い性格をしている。
「ち、ちょっと、シャノン! わ、私がシンにキスするなんて馬鹿じゃないの!?」
「申し訳ありません。昨夜読んだ本のワンシーンがふっと浮かびまして」
「そ、そうなの? 仕方ないわ、今回ばかりは許してあげる」
「寛大な御心に感謝します」
「そうよ、私に感謝しなさい!」
無い胸を張って偉そうにするノエル。あの説明で納得したらしい。やれやれ、何となくわかる。シャノンが弄りたくなるのも。
昨夜読んだ本とは、きっと恋愛小説だろう。そのキスシーンだ。登場人物の心情は想像に難くない。それがダブって見えたということは、ノエルの奴、俺に恋していると指摘されたようなものに。
「何か言いたげね、シン?」
「滅相もない」
教えてやったら泥沼だ。触らぬ神に祟りなし。
「ノエル様、ご用件があったのでは?」
「そうよ! 貴方、まだ支援魔法に固執しているの!? いい加減に目を覚ましなさい!」
またその話か。耳にタコができそうだ。
「いい? 貴方はこの私に土をつけたのよ? 勝ち逃げは許さないんだからね!」
「もうお前の方が優れた魔法士だ。何度も認めただろう?」
「うるさい! 白黒ハッキリしないじゃないの!」
困ったな。昔は同じ魔法士として張り合った仲だけど、今は分野が違う。ノエルは攻撃魔法を主とするオードソックスな魔法士、俺は支援魔法士。真正面から撃ち合う事ができず、かといって向こうは支援魔法なんて使えない。勝ち負けの判定なんてできっこない。だから負けを認めているのに、一向に聞き入れてくれないし。
「じゃあさー、僕たちと戦ってみる?」
いつから聞いていたのか、ネイまで割って入ってきた。とても汗だくだ。ベッタリと制服が張り付いている。相変わらず過酷なトレーニングをしていたのだろう。本当に困った奴だ。まぁ、服を着ているだけマシだけど。
「な、なな、何くっ付いてんのよ!」
「あらあら、まぁまぁ」
「シン君、その、ちょっと破廉恥だと思う」
皆から言われて、あ、と気付く。いつも部屋や図書館でくっ付かれているから慣れてしまったけど、よく考えてみれば強烈だ。この後ろからの抱き着きは。背中に柔らかい双丘が押し当てられているし、あろうことか、頬にキスまでされたのだから。
「って、き、キス!?」
「もー、逃げないでよー。見せ付けてやらないとー」
そんな可愛げに抗議されても困る。ほら、ノエルなんてフリーズしたのか、口をパクパクさせているぞ。シャノンはニヤニヤしているし、先輩は、まぁ、いつもと変わらないけど。それに周囲から突き刺さる視線がより鋭利になった気がする。
何とかしなくては、と思いつつも、逃げられない。身を捩ってもビクともしないのだ。俺は魔法士、ネイは拳闘士。筋力で勝てる訳がない。
「ノエル様、ノエル様。見せ付けられましたね。完敗で宜しいですか?」
「よ、よろろ、宜しくないわよっ! あぁ、もう! 何の話をしていたのか忘れたじゃない!」
「えー、それ、僕のせい?」
今だけはノエルの味方をしたい。でも掘り返すと面倒な事になりそうだから、ここは流れに身を任せよう。
「貴女のせいでしょう!? はぁ……調子が狂ったわ。帰るわよ、シャノン」
「はいはーい。皆さま、お騒がせしましたー」
嵐は去った。ノエルが帰るとネイも離れてくれて、椅子を横へビタ付けされると、ピッタリと寄り添われる。うん、未解決だね。
「大変だね、シン君」
「な、慣れました」
そうは言っても、隣は柔らかいし、顔は熱いし、背筋は寒いしで、明らかに大丈夫ではなかった。
広々とした読書スペースのテーブルをひとつ占有する形で俺たちは座った。対面に座るのは、勿論、ゼノビア先輩だ。
「いつも本当にありがとう。忙しい中で時間を割いてくれて」
「いいえ。こちらこそ、お役に立てるのであれば光栄です」
「光栄なんて……何だか恥ずかしいな」
真っ直ぐに見つめられて言われる。頬を赤らめたり、言い淀んだり、目線を外されたりはしない。だから毎度の事ながら思う。相変わらずカッコいいし、謙虚だな、と。特別選抜教導に選ばれて、いわゆる特待生になっても変わらない。助けてくれたあの時から何も。
ただ、周りはとても変わった。色々とあるけど、今は、この突き刺さるような厳しい目線が痛い。
先輩はエルフか妖精みたいに美人で、前々から人気はあった。ただ歩いているだけで誰もが振り返ってしまう位に。それに加えて特待生に選ばれ、第13階層突破の快挙。今後もファンは増えていくんだろう。
「どうかした? 具合でも悪い?」
「い、いえ、何でもありません」
当の本人は気付いているのか、いないのか。いつも平然として、今だってそうで、一度も取り乱した場面なんて見たことがないから全く想像できない。それとも、俺が自意識過剰なのだろうか。
改めて周囲を見てみる。凄まじく睨んでいる男女の集団があちこちにいる。あれが素の目付きだとすれば、ここは暴力集団の集会所か何かだろう。
「お茶でも飲む? 淹れようか?」
「あの、ここは飲食禁止です」
思わず笑ってしまう。やっぱり気付いていて、俺を気遣って冗談を言ってくれたんだろう。本当に優しい先輩だ。
「そうだ、余り雑談していては先輩の貴重な時間が勿体無いですね。早く始めましょうか」
「わかった。お願いします、先生」
「後輩じゃないですか、俺。先生なんて滅相もないです」
今日は何を説明しようか。エンチャントのコードはまだ出せる状態じゃないし、ヒールやディスペルに関しては一通り説明してしまった。ネタが無い。
困っていると、顔を覗き込むようにして先輩が尋ねてくる。
「どうかした?」
「いえ、何を話そうかと思いまして。実は、今日は新しいコードを教えて貰っただけで、これといって講義は受けていないんですよ」
「コード……そっか。それなら私も見たいな」
「いいですけど……」
そういえば先輩も俺と一緒で、ヒールとディスペルについて深く理解しているはず。コードを見せただけで何の魔法かわかるかもしれない。今日は本当にこの気付き以外に何も無かったから、詳細を秘密にして出してみようかな。
プリシア先生に放られた紙をカバンから取り出して、差し出してみる。
「これなんですが、何の魔法だと思いますか?」
先輩が食い入るように見つめる。何も言わない。聞いてもこない。今頃、頭の中で高度な思考を巡らせているんだろうな。
それから1分ほど経って、先輩から質問が出始める。流石にこれだけで理解するのは難しいのだろう。忘れてはならない。先輩の本職は騎士だ。支援魔法はあくまでもオマケである。
「これは……支援魔法、だよね?」
「はい、そうです」
「対象は敵、味方を問わない。味方にかかるんだから、負の効果、例えば能力低下みたいな効果ではないと思うんだけど、どうかな?」
対象からそこまで推測するとは。それに、例えに能力低下を挙げるあたり、ステータスアップに似ていると気付いたのだろう。問題は俺と同じように、自由度に気付けるかどうか、かな。
「そうですね。このコードだけで弱体化はしないです」
「良かった。じゃあ、味方にも敵にも効果を付与すると考えられるね。そうなると……あ、もしかして、エンチャント?」
「正解です。凄いですね、先輩」
完敗だ。別に競うつもりは無かったけど、こうまで早く解読されると少しだけ悔しい。しかも、何度も言うが先輩は騎士だ。聖騎士っていう全く新しい派生職ではあるが。
聖騎士とは、先輩が先駆者となっている支援魔法も使う騎士だ。硬い防御力で敵を圧倒するのがコンセプトらしい。
先輩が支援魔法を使う以上、騎士とはいえ、本職の俺と同等以上の理解ができても不思議ではない。いや、同等なんて身の程知らずか。この人はそのくらい高みに立っているのだから。
「えっと、お菓子でも食べる?」
「だから、ここは飲食禁止ですってば」
落胆したと気付かれたのかな。本当に敵わないな、先輩には。
「ところで、エンチャントの魔法をもう組み上げたの?」
「まだです。1週間以内に仕上げるようにって言われましたが」
「参考文献、一緒に探そうか?」
そういえば、ここは図書館だ。隈なく探せば多少はエンチャントに関する本が見付かるかもしれない。
ただ、少し迷う。最初から探すのはどうかな。短時間で仕上げるだけなら良いかもしれない。でも先生に求められているのはエンチャントの使役ではなく、本質の理解だ。既存の魔法式を一度でも見てしまえば思考が引っ張られる可能性もある。
「まずは自力で頑張ってみますよ」
「相変わらず不合理な事をしているのね、貴方」
この声は、あいつか。どう反応したものか。邪見にしたくはないけど、何度説明しても理解を得られそうにない。ここはいっそ無視してみるのも手だと信じる。
「必要なのは理解です。知識はその後で」
頭を持たれたと思った次の瞬間、強引に横へ向けられた。痛い。首が折れるかと思った。それよりも困ったのは、もの凄く顔が近いこと。もう数センチ近付けば鼻がくっ付くだろう。
「私を無視するとは良い度胸じゃないの! 今日という今日は許さないんだからね!?」
「流石はノエル様! 人目もはばからずキスですね!」
「そうよ! 今日という今日こそキスを……って違うわよっ!」
今度は突き飛ばされた。理不尽過ぎる突然の暴力だが、これは予測済み。しっかりと受け身を取らせて貰う。
先輩が駆け寄ってくれて、抱き起してくれた。本当に優しい。
「大丈夫、シン君?」
「はい、慣れていますから」
慣れもするさ。事あるごとに突っかかって来るのだから。
この身なりはお嬢様なのに狂暴な女生徒はノエル。中等部からの同級生で、優秀な魔法士だ。有名な魔法士の家系の出らしい。
その隣にいて、さっき余計な一言を挟んでくれたのは、ノエルの侍女をしているシャノンだ。本当に良い性格をしている。
「ち、ちょっと、シャノン! わ、私がシンにキスするなんて馬鹿じゃないの!?」
「申し訳ありません。昨夜読んだ本のワンシーンがふっと浮かびまして」
「そ、そうなの? 仕方ないわ、今回ばかりは許してあげる」
「寛大な御心に感謝します」
「そうよ、私に感謝しなさい!」
無い胸を張って偉そうにするノエル。あの説明で納得したらしい。やれやれ、何となくわかる。シャノンが弄りたくなるのも。
昨夜読んだ本とは、きっと恋愛小説だろう。そのキスシーンだ。登場人物の心情は想像に難くない。それがダブって見えたということは、ノエルの奴、俺に恋していると指摘されたようなものに。
「何か言いたげね、シン?」
「滅相もない」
教えてやったら泥沼だ。触らぬ神に祟りなし。
「ノエル様、ご用件があったのでは?」
「そうよ! 貴方、まだ支援魔法に固執しているの!? いい加減に目を覚ましなさい!」
またその話か。耳にタコができそうだ。
「いい? 貴方はこの私に土をつけたのよ? 勝ち逃げは許さないんだからね!」
「もうお前の方が優れた魔法士だ。何度も認めただろう?」
「うるさい! 白黒ハッキリしないじゃないの!」
困ったな。昔は同じ魔法士として張り合った仲だけど、今は分野が違う。ノエルは攻撃魔法を主とするオードソックスな魔法士、俺は支援魔法士。真正面から撃ち合う事ができず、かといって向こうは支援魔法なんて使えない。勝ち負けの判定なんてできっこない。だから負けを認めているのに、一向に聞き入れてくれないし。
「じゃあさー、僕たちと戦ってみる?」
いつから聞いていたのか、ネイまで割って入ってきた。とても汗だくだ。ベッタリと制服が張り付いている。相変わらず過酷なトレーニングをしていたのだろう。本当に困った奴だ。まぁ、服を着ているだけマシだけど。
「な、なな、何くっ付いてんのよ!」
「あらあら、まぁまぁ」
「シン君、その、ちょっと破廉恥だと思う」
皆から言われて、あ、と気付く。いつも部屋や図書館でくっ付かれているから慣れてしまったけど、よく考えてみれば強烈だ。この後ろからの抱き着きは。背中に柔らかい双丘が押し当てられているし、あろうことか、頬にキスまでされたのだから。
「って、き、キス!?」
「もー、逃げないでよー。見せ付けてやらないとー」
そんな可愛げに抗議されても困る。ほら、ノエルなんてフリーズしたのか、口をパクパクさせているぞ。シャノンはニヤニヤしているし、先輩は、まぁ、いつもと変わらないけど。それに周囲から突き刺さる視線がより鋭利になった気がする。
何とかしなくては、と思いつつも、逃げられない。身を捩ってもビクともしないのだ。俺は魔法士、ネイは拳闘士。筋力で勝てる訳がない。
「ノエル様、ノエル様。見せ付けられましたね。完敗で宜しいですか?」
「よ、よろろ、宜しくないわよっ! あぁ、もう! 何の話をしていたのか忘れたじゃない!」
「えー、それ、僕のせい?」
今だけはノエルの味方をしたい。でも掘り返すと面倒な事になりそうだから、ここは流れに身を任せよう。
「貴女のせいでしょう!? はぁ……調子が狂ったわ。帰るわよ、シャノン」
「はいはーい。皆さま、お騒がせしましたー」
嵐は去った。ノエルが帰るとネイも離れてくれて、椅子を横へビタ付けされると、ピッタリと寄り添われる。うん、未解決だね。
「大変だね、シン君」
「な、慣れました」
そうは言っても、隣は柔らかいし、顔は熱いし、背筋は寒いしで、明らかに大丈夫ではなかった。
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