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第1章 「支援魔法士の本質」

「コード:エンチャント」

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 学生寮を出るとすぐ目の前は校舎だ。聖グリモワール大学付属第一高校である。
 ここの最大の特徴は「授業」という概念が無いこと。教師が開く講義に参加するもよし、図書館で学びを深めるもよし、練習用のダンジョンでレベルを上げるもよし。何をするも自由だ。ただし、学年が上がるまでに指定の階層をクリアできなければ留年か退学となる。
 旧校舎の一角にある小さな講義室へ入る。まるで片田舎の寂れた教室のようだ。それもそのはず。この講義は圧倒的に不人気なのだから。

「おー、今日も懲りずに来たか。歓迎はしないが、ゆっくりしてけ」

 ヤル気があるのか無いのか。この講座の担当教師であるプリシア先生が、教卓に頬杖をついていた。

「おはようございます、プリシア先生。今日もよろしくお願いします」
「ん、挨拶は良し。だが大切なのは媚びへつらいではなく結果だ。ストイックに行けよ、少年」

 欲望を捨てて高みを目指せ、か。なるほど、言っていることは格好いい。問題は先生の本の扱いだろうか。尻の下に何冊も重ねて、無理に教卓へ頬杖を着いている。
 先生はとても小柄だ。今年28歳にして、自称150cmらしい。あくまでも自称。コンプレックスなのだろう。俺を見下したいが為なのか、毎日こんな状態である。まぁ、その点に触れないのが暗黙のルールという訳だ。

「わかっています。それで、今日は一体何を?」
「喜べ、少年。先日のテスト結果から、お前は支援魔法の基礎を習得し終える一歩手前に立ったと言える」

 支援魔法の基礎とは、回復魔法のことだ。具体的には傷を癒すヒールである。

「一歩手前というのは?」
「ヒールなんて、とよく言われるのは知っているな?」
「はい。優れたアイテムが多数ありますから」

 そうなのだ。ここ、支援魔法を学ぶ講座が寂れているのは、安価なポーションで解決してしまう為だ。安価とはどのくらいか。それは、駄菓子ほどの料金だ。ケチる理由もない。

「あれは錬金術師たちの執念の成果だ。とやかく言うのはお門違い。むしろ、高みを目指すという観点からすれば称賛せねばならない」
「そうですね。お陰で、魔法士たちは攻撃魔法により多くのリソースを割けるようになりました」
「だからこそ、だ。ヒールで終わってしまってはただのお荷物。そんなの、この私が許さない」

 ところで、ヒールなんて、と言われるもう一つの理由はその習得のしやすさにある。個人差もあるが、ただ使えるようになるだけなら、1時間もかからないだろう。
 しかし、プリシア先生は厳しかった。この1か月、ヒールとは何か。その成り立ちから術式の構成、魔力運用、魔法陣の生成まで、一切の妥協無く叩き込んでくれた。

「上へ行くぞ、少年。ここまで付いて来られたんだ。今さら逃げようとは思うまい?」
「はい、勿論です」
「良い返事だ。だが、大切なのは結果。これから先、何を成せるかだ。失望させてくれるなよ?」

 ピッ、と1枚の紙切れを放られる。これは「コード」だ。
 魔法は、魔法式と呼ばれる文字列を魔法陣へ入力することで使用できる。魔法のプログラミングのようなものだ。
 魔法式の構成は以下のようになる。まず基本となる起動式を選択する。様々な種類があるらしいが、俺は授業で習った、これといって特徴の無いマーリン式を採用している。
 次に「コード」を挿入する。これが魔法を魔法にする最も大切な部分で、具体的な作用を決める。ヒールなら傷を塞ぎ、火属性魔法なら焼き尽くすといった具合だ。
 そして対象の決定。ヒールなら味方を、攻撃魔法なら敵を選択する。それから必要な魔力量を決定し、最後に魔法陣への入力で締めて完成だ。

「そいつが何を意味するか……読み取れるか? いや、読み取ってみせろ」
「わかりました」

 系統は支援。対象は自身、もしくは他者。限定されていない。そこまでは簡単に解読できる。問題は何ができるのか。
 作用の仕方から推察するに、ヒールの系統ではないな。回復魔法特有の、体内から湧き出して染み渡るようなタイプじゃない。どちらかというと、上から押し潰すイメージ。攻撃魔法か。
 いや、待て。少し違う。「降りかかる」という点では類似しているけど、これは覆うような形。宿す、とでも言えばいいのだろうか。
 メタ的な思考をすれば、これは支援魔法だ。攻撃的な干渉とは考えにくい。そうなると、ステータスアップのような補助魔法か。

「……まだ、先がある」

 理解した、と結論付けるのはこの謎に触れてからにしよう。
 先ほど、魔法は数式に似ていると言った。数式は可能な限り短い方が美しいとされる。魔法式も同様で、短ければ短い程に優秀とされる。余剰な文字列、余分なスペースなどは極力排除すべきだ。
 その観点からコードを見ると、謎の「自由度」が、変数によって確保されている個所がある。明らかに無駄な領域だ。支援魔法は廃れているから、誰も最適化を図っていない可能性はあるものの、妥協を許さない先生がそんな物を寄越すだろうか。
 落ち着け。講座がどうとか、先生がどうとか、こいつには全く関係ない。コードにだけ、その本質にだけ目を向けろ。この自由度は残っているのではなく、残されていると考えられないだろうか。

「先生、ノートを開いてもいいですか?」
「あぁ、好きにしろ」

 この中に、何かヒントがあるかも。日々、図書館に通って気になる本を読み漁り、参考になりそうな知識をまとめているのだから。
 あった、これだ。内容はステータスアップ。古い支援魔法に関する情報だ。それによると、自由度を確保しておけば、支援するポイントを分配できるのだという。例えば攻撃に5、防御に5と基本値を設定しておいて、相手の強力な攻撃に合わせて攻撃を0、防御を10と再分配できる。
 この自由度はそれなのか。じっと見て、考えて、違う気がしてきた。自由度がやや広い。数値を設定するだけなら、今の俺ですら、もっと短いコードに仕上げられる。ここに当てはまるのは数値じゃないのか。では、他に何を。
 あ、と気付く。この魔法は、まさか。

「まさか……これは、エンチャントですか?」

 先生の口角が吊り上がる。

「あぁ、正解だ」

 エンチャント。被術者に対して属性を付与し、攻撃、防御両面から支援するという魔法だ。設定するのは属性。火、水、雷のいずれかを選択して組み込むのだろう。図書館の本で読んで、名前と実際の効果は知っていたが、これがそうなのか。

「物にして見せろ。支援の本質を掴む第一歩にもなる」
「支援の……本質……?」
「もう多少は触れただろう? 今、この時間でも」

 そうか、今、俺はエンチャントだと理解するまでの間に、もうステータスアップのコードすら手に入れた。考え方もわかった。確かに、もっと理解を深めていけば更なる発見があって、更に高みへ上れるだろう。

「教えて貰おうなどと甘えるな? お前の選んだのは茨の道だ。手本なんて無い。いつの日か、自分自身で新たな魔法を開発する時が来る。予行演習と思え」
「わかりました! 必ず、俺の力にしてみせます!」
「期限は1週間だ。またテストをする。試作品が完成したらいつでも見せに来い」
「はい、よろしくお願いします!」

 それにしても、エンチャントか。こいつがあれば属性面でミノタウロスにも有利に立てる。奴の弱点を事前に調べておけば、例え戦闘が見えなくても、ネイを支援できるって訳だ。

「少年、ストイックさを忘れるな?」

 顔に出ていたのだろうか。いけない。欲望が先行しては柔軟な理解を妨げてしまう。ヒールで痛いほど味わったじゃないか。今だってそうだ。メタ思考で支援魔法の講義だから、と考えてみたり、ステータスアップの個所しか見なかったりした。この気付きは全くの偶然。何かがズレていたら迷走しただろう。

「気を付けます」

 ミノタウロスの件は一旦保留だ。奴の打倒は確かに大事だけど、最優先なのはネイのサポート。今後の戦いも見据えて、もっと柔軟な理解をしなくては。

「あぁ、それでいい。ところで少年。飴を持っていないか?」

 出た。安い授業料の要求だ。昨日の内にブレザーのポケットに忍ばせてある。イチゴミルク味のやつを。
 差し出すと、先生は外見相応の笑顔を浮かべた。

「おぉ、いつも悪いな。これで面倒な会議も乗り切れる」
「あれ、今日はもう終わりですか?」

 ここから支援魔法士とは何なのか、という講義が始まるものだと思ったのだが。個人的には興味があったから残念だ。本では知れない生の体験談ばかりだから。

「ゼノビアの奴が第13階層を突破しただろ? お陰で招集だよ、まったく」
「あぁ、特別選抜教導ですか」

 言うなれば、エリート学生向けの指導だ。学校の特徴である「自由」に反する内容だが、国からの強い要望故に仕方なく実施されているのだとか。

「そうだよ。ゼノビアの奴は根が真面目だからな」
「まぁ、あの先輩ですから」

 もっとも、具体的な内容までは指定されないらしい。生徒の要望に極めて良く合わせる為だそうだ。つまり、本人が不要とすれば会議は雑談会。逆に必要とすれば、希望に沿えるよう熱心な指導計画を練る場となる。

「そういう訳だ。じゃあな、達者でやれ」
「はい。ありがとうございました」

 時計を見ると、まだお昼には早過ぎる。ネイはロードワーク中だろうから、図書館にでも行こうか。そう思って教室を出た直後の事だった。

「あぁ、ここだったんだね、シン君」

 話題のその人、ゼノビア先輩に出会ったのは。
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