世界をまたいだ恋~植物状態になった恋人も異世界に転生してました~

田鶴

文字の大きさ
上 下
49 / 56
番外編2 正体不明の男

7.お人好しの若奥様

しおりを挟む
 商人のものと思しき荷馬車が、隣町へ向かう1本道を走っていた。御者台にはガタイのよい男とフードを被った少年のような人物が座っている。

 道の脇の草むらの中に何か人のようなものが見えて、少年は隣の男に叫んだ。その声は甲高く、その大きさの少年が声変わりをしていないのは少し妙ではある。

「ゲハルト、ちょっと停めて!」
「どうされましたか?」
「道の脇に誰かが倒れているように見えたの」
「駄目ですよ。このまま行きます。ここは最近、盗賊が出るって話ですから」
「いいわよ、貴方がその気なら……」

 少年と思しき人物は、ゲハルトの手から手綱を奪い取ろうとした。

「わっ! 危ない! 分かりましたよ! 停めますから、やめて!」

 馬車は停まったが、口論しているうちに例の草むらからは離れてしまっていた。少年は御者台からひらりと飛び降りて草むらの方向へ駆けて行った。

 草むらの中には、確かに男性が倒れていた。血まみれで意識もない。腹からの出血が1番ひどいようだった。

「意識がないみたい! お腹を刺されてる! ひどい出血だわ」
「もう死んでるんじゃないですか?」
「貴方ねぇ……まだ生きてるわよ」

 少年は、倒れている男性の脈を取って鼻と口の前に手を近づけた。弱々しながらも脈はあるし、息もしている。

「ゲハルト! 応急措置して!」
「はぁ、分かりました……あーあ、のお人好しがまた始まった……」
「何か言った?」
「いえ、すぐにやります!」

 御者台にいた少年と思しき人物は、実は隣町にある家族経営の商会の女主人ローズマリーで、道中の身の安全の為に男装している。ゲハルトは商会の助手兼護衛を務めている。騎士崩れのゲハルトは、かつて戦場で互いに傷の応急措置をする事が日常茶飯事だったので、商家の護衛に鞍替えした後も怪我に使う応急措置セットを常備している。

「あー、これは結構深いですね。失血もひどい」

 ゲハルトは、火を起こして針を炎と蒸留酒で消毒し、倒れている男性の腹の傷を縫った。気を失ったままでも痛みは感じるのか、縫う度に男性の眉間に皺が寄った。その顔は殴られたのか、所々痣ができていて腫れている。他の傷は、縫う程でもないので、消毒して包帯を巻く。

「手当は終わりました。若奥様、彼をどうしましょうか?」
「当然、連れて行くわよ」
「身元も分からない人間を連れて行くのですか?」
「ここに放置しておく訳にはいかないでしょう」
「はぁ……また若奥様のお人好しの癖が出てしまいましたね」
「こんな大怪我した人をここに置いていったら、きっと助からないわ。そうなったら寝覚めが悪いでしょう?」
「……道中、持ちこたえるといいですけど」

 ローズマリー達は、領都で仕入れを兼ねた売買をした帰りだった。店舗兼自宅に着くまでは荷馬車でたっぷり1時間はかかる。大怪我をした男性が乗り心地の悪い荷馬車で1時間以上持ちこたえられるのか、心配ではあったが、町の門に着くまで周囲にほとんど何もなく、男性をゆっくり休ませられるような場所はない。途中に旅人相手の食堂がぽつぽつとあったが、往路で見た時は最近の盗賊出現のせいか休業していた。

 ローズマリー達は、荷台の荷物を端に寄せて場所を作り、男性をなるべくそっと荷馬車に乗せてそろそろと発車した。ローズマリーは、今度は御者台ではなく荷台に乗って男性の側についていた。馬車の車輪が石か何かに乗り上げて荷台ががたつく度に男性は無意識に顔をしかめる。噴き出す汗で額に黒髪がべったりと張り付き、そこら中切り裂かれたシャツもぐっしょりと濡れ、包帯とその間の肌がシャツの下に透けて見える。包帯の隙間から見える胸と腹は引き締まっていてローズマリーは思わず見とれそうになった。だが荷台がまた揺れて男性の呻き声が聞こえ、我に返った。

「やだ、私ったら、何考えていたのかしら?! 恥ずかしい」

 ローズマリーは思わず口に出してしまってから、男性に聞かれたのではないかと思い、顔が火照った。

「大丈夫ですか?」

 ローズマリーは男性の額の汗を拭い、話しかけたが、返事はなかった。呻き声が聞こえたので、男性が目覚めたと彼女は思ったのだが、男性の意識は荷馬車が彼女の店舗兼自宅に着いても回復しなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?

夕立悠理
恋愛
リミカ・ブラウンは前世の記憶があること以外は、いたって普通の伯爵令嬢だ。そんな彼女はある日、超がつくほど女嫌いで有名なチェスター・ロペス公爵と結婚することになる。  しかし、女嫌いのはずのチェスターはリミカのことを溺愛し──!? ※小説家になろう様にも掲載しています ※主人公が肉食系かも?

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

処理中です...