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ランザス・ロージア2

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 その後も苦難は続いた。

 愚かな妹のマリーが、なんとミリネア様が出資している服屋に放火を行ったのだ。
 幸いにも怪我人はいなかったが、店の修繕費や、営業停止に伴う損失なども支払う羽目になった。
 さらに母イザベラは違法薬物の原材料になるグローリアフラワーの栽培に手を出して衛兵に捕まった。

 そこまではまだよかった。
 最悪なのは親父だ。


 公国の大貴族キルジア卿に怪我を負わせ、レグルス陛下の怒りを買い……ロージア家は取り潰されることになった。


 俺は貴族ではなくなったのだ。
 屋敷も没収された。
 しかし借金はなくならない。

 俺はこれからどうすればいいんだ? 誰に頼れば助けてもらえる?

「ランザス・ロージアだな?」

 家をなくし、さまよう俺を呼び止める男がいた。

「……誰だよ?」
「グリス・マルジアという者だ。お前の父であるドブルスの実の弟でもある」

 親父の弟?
 俺は思わず目を輝かせた。

「親父の弟ってことは……俺を助けに来てくれたのか? なあ、そうなんだろ?」

 このグリスという男は、家を潰した駄目な親父のことを聞いてきっと助けに来てくれたんだろう。

 するとグリスは笑い出した。
 まるでこの上なく愚かな者を見るように。

「ははは……兄上とまったく同じことを言うとは、やはり親子だな。このクズが」
「……なんだと?」
「僕がここに来たのはお前から借金の取り立てをするためだよ。ほら、兄上は牢の中だろう? だから彼の息子である君に代わりに金を返してもらいにきたんだ」
「――ッ」

 借金の取り立てだと……!?

「か、金はない。お前らのせいで家が差し押さえられたんだぞ!」
「それは僕とは別の債権者だろう? 僕のところにはまったく返済されていないよ。ほら、金を返せ。できないならお前を商品にして他国に売り払うぞ」

 グリス背後には筋骨隆々とした配下が何人も控えている。

 喧嘩慣れしているからこそわかる。あいつら、ただものじゃない。俺一人では勝てないだろう。

 駄目だ。
 このままここにいたら俺は大変なことになる。

「うわああああああ!」

 俺は慌てて逃げ出した。




「入れてくれ! 俺だ! ランザスだ!」

 俺が転がり込んだのは悪友たちのねぐらだった。

「よう、大変だったみたいだなランザス」
「噂は聞いてるぜ。なんでも家が取り潰されたんだって? 災難だなあ」

 そこにいた柄の悪そうなやつらが親しげに話しかけてくる。

 俺には貴族以外の友人が多い。
 いわゆる悪童と呼ばれる連中だ。
 貴族令息たちと違って、ありのままの俺を受け入れてくれる貴重な友人たちだ。

 俺はホッとした。
 俺にだって仲間はいるんだ。そのことがこんなに嬉しく感じられたことはない。

「ああ、本当に大変だったぜ。借金の取り立てにはいまだに追われてるしな……」
「そうかそうか。大変だな」
「なあ、金を集めるのを手伝ってくれないか? 俺たちならなんだってできるだろ?」

 俺はこの悪友たちと色んな『遊び』をしてきた。

 気に入らない店に難癖をつけて潰したり。
 女に薬を盛ってさらったり。
 賭場でイカサマをして稼いだり。

 金を集める方法なんていくらでもある。もちろん犯罪行為だが……こいつらは俺の本物の友人なんだ。

 一緒に危ない橋を渡ってくれるはずだ。

「そうだなぁ~~。それじゃあ金を集めるとするか」

 悪友の一人がそう言った、次の瞬間。
 ドガッ。

「あ……え、あ?」

 痛い。
 痛い痛い痛い痛い。

 なんだこれ。なんで俺は瓦礫なんか投げつけられたんだ?

「おらっ!」
「次は俺にやらせろよ」
「ああ、徹底的にやっちまおう。逃げられでもしたら面倒くせえからな」
「あぐ、がふっ、ごほっ!」

 その場に膝をついた俺をその場にいた連中がリンチし始める。痛みと困惑で俺は頭がどうにかなりそうだった。

「な、なんで……?」

 リーダー格の男が俺の言葉に反応し、ニヤニヤと笑いながら言った。

「お前、知らないのか? 『ランザス・ロージアを捕縛した人間には金一封』……お前、よっぽど執念深い人間に金を借りてたんだなあ。お前を捕まえて突き出せば金がもらえるんだとよ」
「お、俺を売るつもりか? 俺は仲間だろ……!?」
「は? 仲間? ぎゃはははははっ!」

 リーダー格の男は爆笑した。周囲の人間たちもゲラゲラと声を上げて笑っている。

 なんだよ! なにがおかしいんだ!?

「馬鹿が! お前みたいなボンボン、ただの金づるでしかねえんだよ! 仲間? 笑わせんじゃねえよ。金があるみたいだったからつるんでやってたが……貴族でもなくなったてめーに用なんてねえんだよ」

 俺は愕然とした。

 ガラガラと心の中でなにかが崩れていく音がする。

「そんな……そんな馬鹿な。だって俺たちは」
「しつけえなあ。世間知らずのガキが、俺たちと対等なつもりだったのか?」
「――ッ」
「もういいよ、お前。おい、縄持ってこい。さっさと縛っちまおう。そんでこいつを売った金で飲み明かそうぜ」
「「「おう!」」」

 駄目だ。こいつら本気だ。

 本気で俺を借金取りに売り飛ばす気でいる。

「ああああああああああああ!」
「うおっ、こいつ」
「逃げたぞ! 追え! 追え!」

 俺は最後の力を振り絞ってその場から逃げ出した。必死に走り続けていると、なんとか追っ手を撒くことができた。

「はあ、はあ、はあ……うううう」

 くそっ。
 なんだよ、あいつら。
 俺のことを馬鹿にしやがって。最初から仲間じゃなかっただと?
 絶対に許さない。
 次に会ったら殺してやる。全員だ。
 ふざけやがって。

「……」

 俺はどうすればいい?

 金がいる。
 だが、王都にはもうアテがない。
 借金さえ返せれば当面のことはなんとかなる。だが金を用意してくれるやつなんて……

「……レイナ。そうだ、レイナがいる」

 これはいいアイデアじゃないか?

 レイナに頼んで金を貸してもらおう。

 婚約者なんだからそのくらい当然だ。俺のために尽くすことがレイナの存在価値なんだから。ミドルダム家は弱小貴族だが、少しくらい金を持っているだろう。

 馬を用意しないと。
 俺は適当な商人の屋敷に侵入して、馬を盗むことにした。
 途中で商人に見つかったが、殴って黙らせた。

「そうだ……俺には行くところがある。行かないと」

 馬にまたがり商人の屋敷を後にした。

 ミドルダム領に行き、レイナを味方につける。

 ……どんな手段を使ってでも。

 待ってろよレイナ。
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