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182.薬湯温泉
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2日後の午後、私たちは馬車で温泉に向かった。前に来た時は薬屋の辺りしか見て回らなかったので温泉は初めてだ。
温泉は薬屋と宿屋の通りを抜けて緩やかな坂を上った先に建っていた。建物は旧館と新館があり、旧館は温かみのある木造、新館は綺麗なクリーム色の石で造られている。横並びになっている建物は双方大きな2階建てで広い馬車止めもあり、ちょうど乗合馬車がお客さんを乗せて出発するところだった。温泉の効能を書いた看板もある。そしてここも周りを木や花に囲まれており、奥のほうには高い物見台もあった。
どちらも効能は同じのようだが、私の希望で今日は旧館に行く事にして馬車を停めた。
「今日も留守番で悪いな。サニー、サックス」
「飲料用があったら買ってくるよ」
「今夜はサニーとサックスの好物にするからね」
3人で声を掛けながら撫でると2頭は気持ち良さそうに目を細めて鳴く。
(ダイジョブデス)
(イッテラッシャイデス)
(いってくるの!)
(イテキマス)
私たちはスノウとスレートを連れて中に入った。
■
中は以前寄った宿場街の温泉とそう変わりない造りだが、こちらの方が古いようで年季の違いが感じられた。
カウンターで契約獣の入浴と盥の持ち込み許可をもらい、一応妊婦が入っても大丈夫か聞いてから料金を支払う。ここで目に留まったのは入浴回数札を販売していた事だ。11回分の回数札が10回分の料金で買えるようになっていて、小さな切符大の薄い木札が紐で束ねられていた。しかも旧館と新館どちらでも使えるという便利さ。他の大陸の公衆浴場でも見たことが無いので、この街ならではのサービスだろう。さすがは湯治の街である。
「時間は気にしなくていいから、ゆっくり入っておいで」
「足元に気を付けろよ?」
「うん、分かった。ありがとう」
今回もスノウとスレートは2人が連れて行ってくれることになり、私は1人で女湯の暖簾をくぐった。
暖簾の先は正に日本の古き良き温泉宿といった雰囲気で、中途半端な時間でもそこそこ人がいた。脱衣場の設備も浴場の広い浴槽も殆どが木で作られていて温もりがある。そして薬湯特有の香りも漂っていた。更に露天風呂を見つけた時は一気にテンションが上がった。
体を洗って早速外へ。
タイルのように細かく石が敷き詰められた道を行くとすぐ露天風呂に着く。湯は大きな石で丸く縁どられ、奥の方には花をつけた低木や木が植えてある。周囲を囲っている木の柵の向こうから男性の声が聞こえるので、あちらは男湯なのだろう。
「ふ~…」
かけ湯をしてからお湯に入って息を吐く。手にすくってみるとお湯は薬草を煎じたような緑色のにごり湯。でも肌触りはサラサラしていて香りもそれほどキツくない。ここの温泉は薬を混ぜている訳ではなく、湧いた時からこの状態なのだと看板に書いてあった。温泉の効能はその土地によって違い、シラコワではこの辺りで採れる豊富な薬草類が影響を与えているらしい。
私は昨日温泉についてヘルプしてみた。それで分かったのは前世との最も大きな違いが魔素だという事。温泉水は川や湖、海の水よりも魔素を吸い込みやすく、それが効能をより高くしている。調合の際に魔力を込めて効果を引き出すのと同じ原理だ。
カウンターで妊婦が入って大丈夫か聞いたのは、ここが効果の高い薬湯だから。薬品を経口摂取するのとは違うので大丈夫だとは思ったが念のためだ。
肩まで浸かって温泉を堪能していると、大きなお腹を抱えた妊婦さんが石の道をやってくるのが見えた。傍まで来た時に目が合い、お互い『あっ!』という顔になる。
「確かカルマ先生の所で…」
「ええ、お会いしましたね」
その女性はカルマさんの所で会った妊婦さんだった。名は確かエルさん。彼女はゆっくりとお湯に浸かった後私に尋ねる。
「お名前を聞いても良い?」
「キラといいます」
「キラちゃん…。私はエアリール。エルって呼んでね」
なるほど、エルというのは愛称だったんだ。
「エルさん…よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
自己紹介を済ませた私たちは、妊婦同士という事もあってか話すうちにすぐ打ち解けることが出来た。
彼女と夫のアルスさんは2人ともここの教会で育った幼馴染みで共に26才。この世界の結婚平均年齢からすると少々早めなくらいだが、小柄で可愛らしい雰囲気のエルさんはかなり若く見えるので幼な妻といった感じ。私が5つも年下であることやカルマさんに土地を借りていることに驚き、一妻多夫だと聞いて感嘆の声を上げる。明るくて素直、天真爛漫という言葉がピッタリくる女性だった。
その後一緒に女湯を出たエルさんと私はそのまま夫たちの待つ2階へと上がった。エルさん達も上で待ち合わせているというからだ。すると休憩スペースのソファーではレオン、エヴァ、それにアルスさんが談笑していた。男湯でも女湯と同じようなことがあったらしい。
「お待たせ」
「大丈夫だぜ、俺らも今来たばかりだ」
「あれ、そっちも一緒だったんだね」
「うん、露天風呂で会って」
そして夫たちとエルさん、私とアルスさんもそれぞれ挨拶を交わし、暫し会話を楽しんでから別れた。その後私たちは飲料用の温泉水などを購入して帰路に就いた。
■
コテージに帰ったあとはテラスで少し遅めのおやつタイム。
「へえ、アルスさんは乗合馬車の御者さんなんだ」
「そう。普通に街中を走るのと隣街との定期便、両方やってるみたいだよ」
「次の定期便が出産予定日に重なるんだって嘆いてたな」
「なるほど、だからカルマさんのところに泊まるんだ。でも…きっとちょっと心細いよね」
「だろうね。アルスさんも少し不安があるみたいだったよ」
「まぁ、いくらカルマさんが良い産婆でも離れると心配になるだろうな」
こちらは4カ月先だし状況も違う。しかしウチも出産を控えているからこそ、心配する気持ちが理解できてあの夫婦を身近に感じた私たちだった。
おやつタイムを終えた後、買ってきた温泉水を複製してサニーとサックスの馬体を洗った。初めて体験した2頭はとても気持ちが良いと言って喜んでくれた。
温泉は薬屋と宿屋の通りを抜けて緩やかな坂を上った先に建っていた。建物は旧館と新館があり、旧館は温かみのある木造、新館は綺麗なクリーム色の石で造られている。横並びになっている建物は双方大きな2階建てで広い馬車止めもあり、ちょうど乗合馬車がお客さんを乗せて出発するところだった。温泉の効能を書いた看板もある。そしてここも周りを木や花に囲まれており、奥のほうには高い物見台もあった。
どちらも効能は同じのようだが、私の希望で今日は旧館に行く事にして馬車を停めた。
「今日も留守番で悪いな。サニー、サックス」
「飲料用があったら買ってくるよ」
「今夜はサニーとサックスの好物にするからね」
3人で声を掛けながら撫でると2頭は気持ち良さそうに目を細めて鳴く。
(ダイジョブデス)
(イッテラッシャイデス)
(いってくるの!)
(イテキマス)
私たちはスノウとスレートを連れて中に入った。
■
中は以前寄った宿場街の温泉とそう変わりない造りだが、こちらの方が古いようで年季の違いが感じられた。
カウンターで契約獣の入浴と盥の持ち込み許可をもらい、一応妊婦が入っても大丈夫か聞いてから料金を支払う。ここで目に留まったのは入浴回数札を販売していた事だ。11回分の回数札が10回分の料金で買えるようになっていて、小さな切符大の薄い木札が紐で束ねられていた。しかも旧館と新館どちらでも使えるという便利さ。他の大陸の公衆浴場でも見たことが無いので、この街ならではのサービスだろう。さすがは湯治の街である。
「時間は気にしなくていいから、ゆっくり入っておいで」
「足元に気を付けろよ?」
「うん、分かった。ありがとう」
今回もスノウとスレートは2人が連れて行ってくれることになり、私は1人で女湯の暖簾をくぐった。
暖簾の先は正に日本の古き良き温泉宿といった雰囲気で、中途半端な時間でもそこそこ人がいた。脱衣場の設備も浴場の広い浴槽も殆どが木で作られていて温もりがある。そして薬湯特有の香りも漂っていた。更に露天風呂を見つけた時は一気にテンションが上がった。
体を洗って早速外へ。
タイルのように細かく石が敷き詰められた道を行くとすぐ露天風呂に着く。湯は大きな石で丸く縁どられ、奥の方には花をつけた低木や木が植えてある。周囲を囲っている木の柵の向こうから男性の声が聞こえるので、あちらは男湯なのだろう。
「ふ~…」
かけ湯をしてからお湯に入って息を吐く。手にすくってみるとお湯は薬草を煎じたような緑色のにごり湯。でも肌触りはサラサラしていて香りもそれほどキツくない。ここの温泉は薬を混ぜている訳ではなく、湧いた時からこの状態なのだと看板に書いてあった。温泉の効能はその土地によって違い、シラコワではこの辺りで採れる豊富な薬草類が影響を与えているらしい。
私は昨日温泉についてヘルプしてみた。それで分かったのは前世との最も大きな違いが魔素だという事。温泉水は川や湖、海の水よりも魔素を吸い込みやすく、それが効能をより高くしている。調合の際に魔力を込めて効果を引き出すのと同じ原理だ。
カウンターで妊婦が入って大丈夫か聞いたのは、ここが効果の高い薬湯だから。薬品を経口摂取するのとは違うので大丈夫だとは思ったが念のためだ。
肩まで浸かって温泉を堪能していると、大きなお腹を抱えた妊婦さんが石の道をやってくるのが見えた。傍まで来た時に目が合い、お互い『あっ!』という顔になる。
「確かカルマ先生の所で…」
「ええ、お会いしましたね」
その女性はカルマさんの所で会った妊婦さんだった。名は確かエルさん。彼女はゆっくりとお湯に浸かった後私に尋ねる。
「お名前を聞いても良い?」
「キラといいます」
「キラちゃん…。私はエアリール。エルって呼んでね」
なるほど、エルというのは愛称だったんだ。
「エルさん…よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
自己紹介を済ませた私たちは、妊婦同士という事もあってか話すうちにすぐ打ち解けることが出来た。
彼女と夫のアルスさんは2人ともここの教会で育った幼馴染みで共に26才。この世界の結婚平均年齢からすると少々早めなくらいだが、小柄で可愛らしい雰囲気のエルさんはかなり若く見えるので幼な妻といった感じ。私が5つも年下であることやカルマさんに土地を借りていることに驚き、一妻多夫だと聞いて感嘆の声を上げる。明るくて素直、天真爛漫という言葉がピッタリくる女性だった。
その後一緒に女湯を出たエルさんと私はそのまま夫たちの待つ2階へと上がった。エルさん達も上で待ち合わせているというからだ。すると休憩スペースのソファーではレオン、エヴァ、それにアルスさんが談笑していた。男湯でも女湯と同じようなことがあったらしい。
「お待たせ」
「大丈夫だぜ、俺らも今来たばかりだ」
「あれ、そっちも一緒だったんだね」
「うん、露天風呂で会って」
そして夫たちとエルさん、私とアルスさんもそれぞれ挨拶を交わし、暫し会話を楽しんでから別れた。その後私たちは飲料用の温泉水などを購入して帰路に就いた。
■
コテージに帰ったあとはテラスで少し遅めのおやつタイム。
「へえ、アルスさんは乗合馬車の御者さんなんだ」
「そう。普通に街中を走るのと隣街との定期便、両方やってるみたいだよ」
「次の定期便が出産予定日に重なるんだって嘆いてたな」
「なるほど、だからカルマさんのところに泊まるんだ。でも…きっとちょっと心細いよね」
「だろうね。アルスさんも少し不安があるみたいだったよ」
「まぁ、いくらカルマさんが良い産婆でも離れると心配になるだろうな」
こちらは4カ月先だし状況も違う。しかしウチも出産を控えているからこそ、心配する気持ちが理解できてあの夫婦を身近に感じた私たちだった。
おやつタイムを終えた後、買ってきた温泉水を複製してサニーとサックスの馬体を洗った。初めて体験した2頭はとても気持ちが良いと言って喜んでくれた。
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