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ノ17 屍と過ごす

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 「あんたぁぁ!吟ぁぁ!返事をしておくれよぉぉ!」。お雛は喉が張り裂けんばかりに声を上げ、二人に何度も呼びかけるが返事はやはり返っては来ない..
 
 涙をいっぱいに浮かべた彼女の目には、ぐったりと横たわる夫の姿は映っていたけれど、幼く小さな身体の娘の姿は映っていなかった。

 いつの間にか嵐も去り、風はそよ風に、雨は小雨に、海の波はさざ波程度に落ち着きを取り戻した。

 謎の物体に魂を奪われ、亡骸となった一太郎と吟の二人を乗せた小舟が岸辺へゆっくりと流れる...

 小舟が岸辺までもう僅かといったところまで来ると、お雛は海に駆け込むように浸かり、一所懸命に小舟を押し岸辺へと押し上げたのだった。

 お雛が小舟の上に横たわる一太郎の顔を覗くと、真っ青な顔で血の気が感じられず、「あんた!あんた!起きておくんなまし!」と声をかけ、腕をさすって起こそうとするが...夫の冷たい体温が伝わるだけで何も反応は帰って来ない...

 と、彼女の心が絶望感に包まれながら横へ向けた目線の先に、小さな身体の吟が丸まって倒れているのが見えた。

 お雛は直ぐさま近づき吟を抱き抱えて何度も、何度も娘の名を呼んだが、その小さな唇は青くなって固まったまま、お雛の耳に声を届けることは無かった...

 とてつもなく深い井戸の底にいるような哀しみに呑み込まれたお雛は、娘の吟をギュッと抱きしめたまま、ただひたすら泣き続けたのだった...

 長いこと一人で泣いていると、近くの道を通ろうとする数人の旅人に助けられ、二人の亡骸を家まで運んでもらったのだが...

 お雛は二人を埋葬しようとはせず、囲炉裏の横に亡骸を仰向けにして並べ、数日のあいだ一切の食べ物を口にすることなく、魂の抜けた二人と共に日夜を通して過ごした。

 それからさらに数日が過ぎた頃、絶食していた彼女はとうとう力尽きる...
 美しかったお雛の顔はやつれにやつれて「死人」そのもと成り果て、「川」の字を作るように二人の横へ寝そべると、最後の言葉を囁くように呟く、「ごめんね」と...

 この数日間をお雛がどのような気持ちで過ごしたのかは誰にも分からない。だが、最愛の夫と子を突然失ってしまい、絶望感に打ちひしがれたことだけは確かであった...



 幽霊となったお雛は蓮左衛門と九兵衛に此処までの話の半分ほどを語り伝えた。
 果たして本当にそれだけで、彼らにお雛の哀しき物語は伝わったであろうか?

 彼らの表情を見れば、そのような懸念が無用だったことは一目瞭然である。

 蓮左衛門と九兵衛の二人は、大の大人がこんなに泣いてもいいものか?と思わせるほど男泣きしていたのだから...
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