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第62話 トラウマ

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 僕は心の片隅でそう決め込み、もはや彼女には目もくれず現場へと足を運んだ。

「ちょっ!?ちょっと待ってよぉ」

「うるさい。さっさと現場を観に行くぞ」

 足早に歩き出した僕に気付いた背後の未桜が慌てふためきついて来る。

 歩いて十歩もあるかないかといった距離の場所に、30年前まで五右衛門風呂の湯沸かしのために使われていた釜戸の姿があった。

 経年劣化は当然している風ではあったけれど、相当頑丈に造られているのだろう、ところどころに表面の欠けた部分が垣間見えるものの、まだ薪を焚べれば普通に現役で使えそうな状態に見える。

 当時5歳の幼児だった淀鴛龍樹は、この場所で釜戸に頭を突っ込まれ燃え上がっていた両親の焼死体を目撃したわけだ...

 その時の彼の精神状態を想像するに、否、大人となった僕が想像するのと、幼児の思考や精神レベルで体験した恐るべき惨状とは果てしないほどの隔たりがあり、比較のしようも無いのだけれども、幼かった頃の彼にとって「トラウマ」となる確率の極めて高い事件だったであろう...

 因みに「トラウマ」とは、個人が持っている対処法では、対処することのできない圧倒的な体験をすることにより、被る著しい心理的ストレス(心的外傷) のことである。
 元々はギリシャ語で「単なる傷」という意味の言葉だったらしいが、オーストリアの精神科医が「精神的な傷」という意味で使い始めたのをきっかけに、ドイツ語圏で広がりそのまま英語となったらしい。
 
 いずれにしても精神の発達が未熟過ぎる幼児にとって、現実に起きた出来事とは到底思えなかったに違いなかった。
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