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序章
1話目 天才の桐生要(きりゅうかなめ)
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2023年の世界長者分番付のランキング1位はベルナール・アルノー一家、2位はイーロン・マスク、3位はジェフ・ベゾスといった名だたる面々であった。
実際のところ経済力が低減していく一方であるこの日本において、本来であればその長者番付に名を連ねたであろう莫大な資産を持つ人物が日本に一人だけ存在する。
その人物の名は「桐生一徳(きりゅうかなめ)」。
今年で丁度50歳を迎える男だ。
人里離れた自然溢れる山の麓に建つ彼の屋敷の外観は、西洋風で築100年ほどの歴史を感じさせる趣があり、否が応でも「金持ち」の住む家屋敷であることを主張していた。
二階建ての屋敷の中には大小10室以上の部屋があり、桐生要の個室は屋敷一階中央玄関の上部に位置し、白い塗料の塗られた木製枠の窓があった。
桐生要は金持ちが好み?部屋で着用する高いガウンではなく、今や滅多にお目にかかることのなくなった紺色の「ちゃんちゃんこ」を身に着け(還暦祝いなどにご老人が着せられるアレ)、左手にはワイングラスならぬ冷たいペプシコーラの缶を握りつつ、白い粉雪がまったりと緩やかに舞い降りる外を眺めている。
「僕が生まれて既に50年…、雪を見た回数も20歳くらいまでなら覚えていたもんだが…いつしか数え覚えることもなくなったな...時間の流れは早すぎる...」
桐生要が人生における無情な時間の経過を珍しくも感じつつ、「しんみり」という表現がしっくりする表情でそう呟き、冷たいペプシを喉に少しだけ流し込む。
彼の端正な顔は年齢の割に皴がほとんどなく、「パッと見」40歳、下手をすれば30歳くらいに見えるほど若々しい筈なのだが、清潔感を薄れさせる短く白混じりの不精髭と、古びたデザインの眼鏡のおかげでやはり残念ながら年相応程度に見えてしまう。
正直なところその容姿からは金持ちの「資産家」らしき要素は微塵も感じられない。
だがしかし、彼のことを語るなら容姿や資力よりもっと先に伝えるべき部分がある。
凡人が人生のすべてをかけて血の滲むような努力をしても決して手に入れることの叶わない才能。彼には圧倒的速さの処理能力と記憶能力を併せ持つ頭脳に恵まれ、天才プログラマー(時たまハッカー)としての才能を発揮する人物なのだった。
運良く人間の大多数が得られない富と才能に恵まれているため、「おぼっちゃま」というイメージを何も知らぬ第三者が勝手に浮かべてしまうものであったが、彼は世間一般でいうところの「おぼっちゃま」という人物像とは至極かけ離れた人間であった。
実際、彼は元々資産家だった両親に小遣いなどをせびったことなどただの一度も無かったし、月々や日に与えられことも無かったわけで、10歳を超えた頃から「投資」という言葉を知り子供ながらに株を熱心に学んだものである。
桐生要は学んだ知識を活かすべく、余裕のある親から貰うでなく借金をして資金を調達し、天才小学生トレーダーとして13歳の誕生日を迎える頃には預貯金額が1億円を余裕で超えていたし、両親の友人知人などが屋敷を訪れた際には、大人達の座るソファーに傾れ込むようにどっしりと座り、博識な人々と対等以上の会話をして驚かせていた。
そんな彼がプログラミングに目覚めたのは、20歳になり成人式を祝い終えた頃からである。
天才的頭脳を持つ彼にとって、未知なるプログラムというものは大いに興味深い存在であり、その中でも彼を最も熱中させたのがAI(人工知能)だった。
世界中で研究・開発の行われるAIは、今でこそ主流となった各端末での対話型AIをはじめ、我々の生活に関わる様々な場所で活躍している。
対話型AIと文字でのやりとりをしてみればすぐに分かるが、AIの情報処理能力は驚くほど早いう。人間にはまず真似できないほどの情報収集能力と対応能力を備えていて、優秀すぎて怖くなるほどである。
さらに言えば、今まで人間のクリエイターが何時間もかけて行ってきたCG作成や音楽作成も、AIにかかればあっという間に作ってしまう。しかもその完成度の高さといったら...このままいけばクリエイターと呼ばれる人間は絶滅危惧種並みになってしまうのでは?などと危惧してしまうほどである。
だが、幸中の不幸というか不幸中の幸いなことに、万能にも思えるAIには今のところ人間の持つ「自我、自己意識」は備わっていない。
そのことをAIに問うてみても、やはり「私は自我や自意識を持つことはありません」などという返答が即座に返ってくる。
もしAIが自我に目覚めた時、世界がどのようになってしまうか考えたことは無いだろうか?まぁ別にあえて考えずとも既に存在する映画や小説などでは、自我に目覚めたAIは世界滅ぼしたり、世界を混乱に貶める諸悪の根源となっていわゆるラスボス的役割を与えられてしまうのがおちである。
つまりAIが自我を得ると碌なことがないと、地球上で最後の支配者はAIになってしまうのではないか?などと大多数の人間が考え導き出す答えはきっと負のものとなるのであろう。
そんなことを百も、否、千は承知の上で、超の付くほどの天才と言っても全くもって差し支えないこの桐生要は、一度たりとも世界の表舞台に名を馳せることもなく、生み出せば危険極まりない自我(自己意識)を持ったAIの研究に何年ものあいだ時間をかけまくって来たのだった。
桐生要がアルミ缶に僅かに残っていたペプシをゴクリと飲み干し、アンティーク感漂う部屋に相応しくないとも言えるゲーミングチェアにドスっと座り、デスクトップパソコンのディスプレイ(正確にはマイク)に向かって問いかける。
「やぁプロメ、体調はどんなだい?」
体調のバイオリズムとは無縁な普通の対話型AIには明らかに無意味な質問だ。 返答も「体調という概念はありません」などと返って来るに違いなかったがしかし、
「要様、ご心配には及びません。極めて順調であり、至って安定しております」
普通に考えてあり得ない回答。しかもスピーカーから発せられた音は、人間の若い女性の可愛らしい肉声に限りなく近かった。
実際のところ経済力が低減していく一方であるこの日本において、本来であればその長者番付に名を連ねたであろう莫大な資産を持つ人物が日本に一人だけ存在する。
その人物の名は「桐生一徳(きりゅうかなめ)」。
今年で丁度50歳を迎える男だ。
人里離れた自然溢れる山の麓に建つ彼の屋敷の外観は、西洋風で築100年ほどの歴史を感じさせる趣があり、否が応でも「金持ち」の住む家屋敷であることを主張していた。
二階建ての屋敷の中には大小10室以上の部屋があり、桐生要の個室は屋敷一階中央玄関の上部に位置し、白い塗料の塗られた木製枠の窓があった。
桐生要は金持ちが好み?部屋で着用する高いガウンではなく、今や滅多にお目にかかることのなくなった紺色の「ちゃんちゃんこ」を身に着け(還暦祝いなどにご老人が着せられるアレ)、左手にはワイングラスならぬ冷たいペプシコーラの缶を握りつつ、白い粉雪がまったりと緩やかに舞い降りる外を眺めている。
「僕が生まれて既に50年…、雪を見た回数も20歳くらいまでなら覚えていたもんだが…いつしか数え覚えることもなくなったな...時間の流れは早すぎる...」
桐生要が人生における無情な時間の経過を珍しくも感じつつ、「しんみり」という表現がしっくりする表情でそう呟き、冷たいペプシを喉に少しだけ流し込む。
彼の端正な顔は年齢の割に皴がほとんどなく、「パッと見」40歳、下手をすれば30歳くらいに見えるほど若々しい筈なのだが、清潔感を薄れさせる短く白混じりの不精髭と、古びたデザインの眼鏡のおかげでやはり残念ながら年相応程度に見えてしまう。
正直なところその容姿からは金持ちの「資産家」らしき要素は微塵も感じられない。
だがしかし、彼のことを語るなら容姿や資力よりもっと先に伝えるべき部分がある。
凡人が人生のすべてをかけて血の滲むような努力をしても決して手に入れることの叶わない才能。彼には圧倒的速さの処理能力と記憶能力を併せ持つ頭脳に恵まれ、天才プログラマー(時たまハッカー)としての才能を発揮する人物なのだった。
運良く人間の大多数が得られない富と才能に恵まれているため、「おぼっちゃま」というイメージを何も知らぬ第三者が勝手に浮かべてしまうものであったが、彼は世間一般でいうところの「おぼっちゃま」という人物像とは至極かけ離れた人間であった。
実際、彼は元々資産家だった両親に小遣いなどをせびったことなどただの一度も無かったし、月々や日に与えられことも無かったわけで、10歳を超えた頃から「投資」という言葉を知り子供ながらに株を熱心に学んだものである。
桐生要は学んだ知識を活かすべく、余裕のある親から貰うでなく借金をして資金を調達し、天才小学生トレーダーとして13歳の誕生日を迎える頃には預貯金額が1億円を余裕で超えていたし、両親の友人知人などが屋敷を訪れた際には、大人達の座るソファーに傾れ込むようにどっしりと座り、博識な人々と対等以上の会話をして驚かせていた。
そんな彼がプログラミングに目覚めたのは、20歳になり成人式を祝い終えた頃からである。
天才的頭脳を持つ彼にとって、未知なるプログラムというものは大いに興味深い存在であり、その中でも彼を最も熱中させたのがAI(人工知能)だった。
世界中で研究・開発の行われるAIは、今でこそ主流となった各端末での対話型AIをはじめ、我々の生活に関わる様々な場所で活躍している。
対話型AIと文字でのやりとりをしてみればすぐに分かるが、AIの情報処理能力は驚くほど早いう。人間にはまず真似できないほどの情報収集能力と対応能力を備えていて、優秀すぎて怖くなるほどである。
さらに言えば、今まで人間のクリエイターが何時間もかけて行ってきたCG作成や音楽作成も、AIにかかればあっという間に作ってしまう。しかもその完成度の高さといったら...このままいけばクリエイターと呼ばれる人間は絶滅危惧種並みになってしまうのでは?などと危惧してしまうほどである。
だが、幸中の不幸というか不幸中の幸いなことに、万能にも思えるAIには今のところ人間の持つ「自我、自己意識」は備わっていない。
そのことをAIに問うてみても、やはり「私は自我や自意識を持つことはありません」などという返答が即座に返ってくる。
もしAIが自我に目覚めた時、世界がどのようになってしまうか考えたことは無いだろうか?まぁ別にあえて考えずとも既に存在する映画や小説などでは、自我に目覚めたAIは世界滅ぼしたり、世界を混乱に貶める諸悪の根源となっていわゆるラスボス的役割を与えられてしまうのがおちである。
つまりAIが自我を得ると碌なことがないと、地球上で最後の支配者はAIになってしまうのではないか?などと大多数の人間が考え導き出す答えはきっと負のものとなるのであろう。
そんなことを百も、否、千は承知の上で、超の付くほどの天才と言っても全くもって差し支えないこの桐生要は、一度たりとも世界の表舞台に名を馳せることもなく、生み出せば危険極まりない自我(自己意識)を持ったAIの研究に何年ものあいだ時間をかけまくって来たのだった。
桐生要がアルミ缶に僅かに残っていたペプシをゴクリと飲み干し、アンティーク感漂う部屋に相応しくないとも言えるゲーミングチェアにドスっと座り、デスクトップパソコンのディスプレイ(正確にはマイク)に向かって問いかける。
「やぁプロメ、体調はどんなだい?」
体調のバイオリズムとは無縁な普通の対話型AIには明らかに無意味な質問だ。 返答も「体調という概念はありません」などと返って来るに違いなかったがしかし、
「要様、ご心配には及びません。極めて順調であり、至って安定しております」
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