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第1話 旅立ち ノ2

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 その夜、人里離れた西山御殿の一室では、明日いよいよ旅立つ刀姫こと仙花の前途を祝し、少人数ながら賑やかな宴が執り行われていた。

「さぁみんな!刀姫の初獲物!猪が捌けましたよう。たくさん食べてくださいなぁ♪」

 光圀世話役の絹江がざるいっぱいの猪肉を両手に抱えて運び、皆が集っている火のついた囲炉裏の側へ置き、グツグツと野菜の煮える鍋に箸で掴んだ肉を投入する。

 彼女の料理の腕前は勿論のこと、光圀はその人間性や器量に惚れ込み、西山御殿を建立し、住み始めてから直ぐに呼び寄た家計までも預けられるほどの人物であった。歳はいっているかもしれないがなかなかの美人であることも付け加えておこう。

「猪の肉は久しぶりじゃのう。絹江、其方も座りゆるりと食べるがよい」

「痛み入ります光圀さま」

 絹江が勧めに応じ微笑みながら綺麗な所作で正座する。

 これで宴の席に集まったのは、光圀を始めとして仙花、絹江、蓮左衞門、それに狩りのお供をした藤間滝之助(とうまたきのすけ)。彼は絹江と同様に西山御殿に住む光圀護衛役の武士であった。

 さらには仙花の見知らぬ女が一人と、男が二人。
 齢十六にして酒を呑み、ほのかに顔を赤くする仙花が光圀に訊く。

「じっさまぁ。そこの見知らぬ三人の紹介をそろそろしてくれんかのう。気になって仕方がないのじゃ」

「こっこっこっ。そうじゃったそうじゃった。紹介が未だだったのう。この三人はお主の旅に同行する者達じゃよ。ほれ、自己紹介しろ」

 光圀に言われ、背筋をピンと伸ばしお猪口で酒を呑んでいた色香満点の若い女が口を開く。

「仙花様、なかなか機会が見つからず、ご挨拶が遅れましたことをお許しください。あたいはくノ一のお銀。二つ名は『妖の銀狐』にございます」

 年齢不詳な彼女はまるで天女のように妖艶な美貌の持ち主である。絹江に負けず劣らずの綺麗な所作でお辞儀をされ、仙花は同じ女でありながら目を離すことができずに見惚れてしまった。

「う、うん。お、お銀。よ、よろしく頼むぞ」

 酒が入っていたこともあったが、仙花はほのかに赤かった顔を益々赤くして声も上擦ってしまった。

 次にはお銀の右隣に胡座をかき、空気を読めなさそうな若い男が話し出す。

「仙花様。お初にお目にかかりやす。あっしは下手な薬師をしておりやす九兵衛と申しやす。二つ名は特にございやせんが、慌てん坊で考え無しに動くもんで、人からはあだ名で『うっかり九兵衛』と呼ばれておりやす」

 九兵衛の話を聞き、その場にいた光圀ともう一人の男以外の全員が口を開けポカンとなってしまった。
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