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余裕と必死

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 聞仲に逃亡したと思い込ませる事に成功した俺は、実は逃亡せず近くに居て様子を窺いながら絶好のチャンスを待ち侘びていたのである。
 
 少し時を戻して説明しよう。
 魔法で煙の壁を作ると同時にインビジブルで姿を消し即その場を離脱した。聞仲が何やらほざいている間にミーコの側に駆け寄って耳打ちした後、攻撃範囲から遠ざかっていたという寸法だ。
 物語の主人公がやる綺麗な作戦ではなく、悪役の切れ者がやる卑怯な作戦であったのは否めないが、俺は心の中で素直に歓喜していた。なんせ相手はあの聞仲、まともに戦っても勝ち目はないのだから。
 
 そんな卑怯者の俺に向かって頭上から金鞭の強襲!村正を抜きつつ何とか回避する。こんな芸当が出来るのも身体能力UPの賜物と言えよう。
「どうだ聞仲!心臓を貫かれた気分は?」
 卑怯者と自覚してしまったからか、出る言葉が悪役っぽくなってしまった。
「心臓?貴様なにか勘違いしてないか?真実をを教えはせんが、私の心臓の位置はここでは無いぞ」
「まぁそんな気はしてたけどね。残念な事にあんたが死んでないのがその証拠だ」
 心臓で無かったにしても、さっきの一撃はダメージが大きいはず。
 ミーコの攻撃も完全に外れたわけではなく、聞仲の右肩を引き裂いていた。
 総ダメージからして、こちらが有利になったのは間違い無いだろう...
「ケット・シーは無理したツケが出てしまったようだな」
 聞仲の言葉を訊いて初めて気付く、トランス状態の解けたミーコが地面にうつ伏せの姿勢で倒れていた。
 状況的に安否を確かめる時間は無い。
「あとは俺一人であんたを倒すよ」
 奇襲によって引き寄せた千載一遇のこのチャンスを逃してたまるか。
 もし次が有るとすれば、この戦法は十中八九通用しないだろ。
「かなりの傷を負ってしまったが、貴様一人を葬るくらい容易い事だ」
 あの傷だらけの身体でこのセリフ。ハッタリと思えないのが憎らしい。なんせ覇気は衰えておらず、相変わらずのプレッシャーを感じさせるのだから。
 だが、ミーコの頑張りを無駄にはできない。俺は天を突き刺すように刀を掲げた。
「村正よ俺を守れ!妖気の羽衣!」
 妖刀から湧き出す薄い紫色の妖気が全身を包み込み、羽衣の形を成していく。と云っても固形では無く、以前リアーネにかけてもらった風の鎧と原理は似た様なものだ。これで金鞭の攻撃を身体に受けたとしても、重傷にはならない計算である。
「フッ、貴様といいその娘といい、次から次へと想定外の事をしてくれるわ。良い意味で久しく心地よい闘いだ」
 こっちはめちゃくちゃ必死だけどな。
 今の俺には戦闘に関してのバリエーションがそんなにある訳では無い。
 よって、次の攻撃で決めなければ勝つ確率はグッと落ちてしまうだろう。
 よし、覚悟は決めた!
「これでも食らいやがれ!」
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