上 下
62 / 97

幽霊

しおりを挟む
 事務所電話の着信音で目が覚めた。
 慌ててソファーから転げ落ちてしまう。フラフラと起き上がり受話器を取る。
「はい、源九郎人生相談所です」
 寝起きとバレないように出来る限りハッキリした口調を取り繕った。
「あの、本日4時頃に伺いたいのですが大丈夫でしょうか?」
 声からして40~50代の女性だ。
 時計を見て時刻を確認する。午後2時10分。
「4時ですね、大丈夫です。お気を付けていらっしゃってください」
「ありがとうございます。では」
 ふ~、受話器を置いて通信終了。
 うちの事務所に電話をかけてくるのは、当然悩みがあっての事だが、それにしても重く元気の無い声だった。
「ミーコ、お茶の準備をしといてくれ」
「あーい」
 テレビをかぶりつくように観ているミーコに指示する。
 それから2時間経過して電話予約の女性が事務所に訪れた。
 死にそうな表情という表現はありきたりだが、それが一番しっくりくるような表情をしていた。他は普通の主婦という印象である。
 それぞれの自己紹介を終わらせ、相談業務に入った。お名前は谷口翔子さん。年齢は54歳との事。
「本日はどのようなご相談内容でしょうか?」
 勝手な憶測だが、最初に顔を合わせた際に、御婦人は「こんな若い人だったの!?」という眼したように見えた。素直に話して貰えるだろうか。
 谷口さんが戸惑いながら口を開く。
「変な質問なんですけれど、幽霊の存在を信じられますか?」
 意表を突かれた質問。
 幽霊の存在。俺は今まで生きてきて実際に見た事は無いし、そもそも存在否定派だった。      
 しかし、異世界から来た妖精であるミーコとの出会いからその考えは大きく変わったと言える。
「まだ見た事は無いですけど、私は信じますよ」
 ストレートに答えて御婦人はホッとした表情を浮かべた。
「実は...仕事が原因で1ヶ月ほど前に主人が自殺したんです」
 人の死が絡んだ相談。事務所を立ち上げる時にある程度の想定はしていたが、実際に相談を持ち掛けられると想定していたより重みを感じる。
 谷口さんは続けて話す。
「その亡くなった日から毎日のように主人が幽霊になって現れるんです」
 さて、どう返したものか。俺は言葉を慎重に選択する。
「なるほど、それは貴重な経験をされているようですね。御主人は奥様に何か伝えたい事が有るのではないでしょうか?」
 経験は無いが、書籍やSNSで見たり聴いたりした情報からするとこういったケースが多いのではないだろうか。
「わたしもそうじゃないかなとは思うんですけれど、まだ話しかけられた事はないんです」
 と伺ったあとでハッと気付き息を飲む。谷口さんの背後に半透明の人が立っているではないか。その顔を確認してまた息を飲む事になる。
 何故なら、昼寝中の夢に出て来た部長だったのだから...
しおりを挟む

処理中です...