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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第388話 炎の蹂躙
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「……イフリート……」
イグニスがあれだけの手負いになっていても、好戦的な態度を崩さなかった理由が今ならわかる。人魔大戦の際、どれだけの犠牲を生んだかは、前世の僕が確かに覚えている。
「見たか! これがオレ様の本来の姿だ!」
イグニスの哄笑は死の宣告に等しい。
「望み通り、窮屈な人間の皮を脱ぎ捨ててやったぞ! 八つ裂きにしてその首を祭壇に並べてやるからなぁ!」
炎を猛らせながら、本来の姿――獄炎獣イフリートと化したイグニスが、骨の山を踏みしめる。
「マスター!」
起き上がったホムが、火の粉と砕け散った骨が舞う中を風魔法を駆使して僕の元まで戻ってくる。
「逃げても無駄だ。どこにも逃げ場はないぞ!」
イグニスは身を低くし、突進の構えを取る。僕たちに見せつけるように裂けた口から炎を吐き出し、恐怖が熟するのを待っているのだ。
「ホム、アルフェを頼む!」
僕の命令にホムがアルフェを抱え、イグニスの死角へと飛ぶ。
「ははははっ! 命乞いをしろ!」
イグニスの両脚に力が隠り、それを誇示するように炎が上がる。祭壇の下に広がる骨の山が白い煙を上げて爆発を起こしたかと思うと、轟音と共に灼熱の炎が空気を炙った。
「死ねぇええええっ!」
ほとんど咆吼と化したイグニスの声と共に、炎の鉤爪が頭上から降る。瞬時に噴射式推進装置を起動させ、その場から大きく後退する。
空を切ったイグニスの炎の爪は地面を大きく抉り、砕けた石片が噴石のように燃え上がりながら辺りに飛び散る。
アルフェの無詠唱の氷魔法がそれらを撃ち落とすが、小さな欠片までは間に合わない。アーケシウスに当たる金属音を耳にしながら、僕はさらに噴射式推進装置を加速させ、アーケシウスを移動させる。イグニスの爪が当たれば大破は免れない。けれど、ホムやアルフェを狙わせるわけにはいかない。
イフリートは、機兵が相手をするような最上位の魔界の使役獣だ。人に紛れて生きてきた分、知恵も回るイグニスを相手に、ホムンクルスとはいえ生身のホムが対峙するのは危険すぎる。その上、アルフェを護らなければならないとなれば、人数で勝っているとはとても言えない。
今、僕たちの立場は完全に逆転した。撤退すらできない、致命的な状況にある。
――どうすれば、どうすれば……
「アルフェを持ったまま、どう戦うつもりだ!? エステアを置いて逃げるか? はははっ! あの女の絶望を見られるなら、それも一興だな!」
イグニスが大きく裂けた口を開き、嘲笑うかのように火炎を放射する。
「避け――」
「重き流れ彼の力を遮り、我を護れ――スプラッシュドウォール」
僕の声よりも早く、アルフェの詠唱が、流水の壁を生み出す。高水圧の流水の壁によってイグニスが放射した炎は相殺され、炎は水を蒸発させながら、水は炎を呑み込みながらせめぎ合う。
「チッ! 小賢しい真似を! 貴様らから始末してやる」
アルフェを厄介だと感じたであろうイグニスが、アルフェを抱きかかえているホムに狙いを定める。
「ちんけな壁なぞ、突き破ってやる!」
先ほどと同じように身を低くしたイグニスが突進の構えを取る。後肢がデモンズアイの血涙の池に沈むとともに、水面がゴボゴボと音を立てて沸き立つ。
ホムはアルフェを抱えたまま、距離を取り、イグニスの攻撃のタイミングを見極めている。
武侠宴舞・カナルフォード杯のときもそうだった。相手をその手で傷つける感覚を愉しんでいるのだ。そうした意味でも、肉弾戦を好むイグニスに対して、真っ向から迎撃することは避けたい。この体格差で一撃でも喰らえば、致命傷になる。それに、アルフェや僕の魔法で相殺できるとしても、あの炎はやはり脅威でしかない。
「…………」
アルフェを放すよう指示を出すべきか、逡巡する間さえ与えず、イグニスが炎を上げて咆吼した。
「おらおら! ビビって足が竦んじまったかぁ!? 逃げろよ! 泣き喚きながら逃げて命乞いしてみせろよ! ハハハハハッ!」
勝ち誇ったような嘲笑を浴びせながら、イグニスがホムとアルフェ目がけて飛びかかる。流水の壁が幾つも打ち立てられるが、イグニスの突進を止めることはできない。
だが、そのお陰で詠唱が間に合った。
「石の槍よ、我が敵を叩き潰せ。ストーンランス」
真なる叡智の書に手を翳し、僕は複数の石の槍をイグニスの胴部に向けて投擲する。
「くだらん!」
石槍の接近に気づいたイグニスが身体を翻し、それらを一蹴する。苛烈な炎を纏った蹴りを受けた石槍はイグニスの肉体に辿り着くことすら叶わず、発火して崩れ落ちる。
「ははははっ! 貴様らも消し炭にしてやるぞ!」
自らの力を誇示するように炎を膨張させたイグニスが、後肢を蹴り上げてホムとアルフェに突っ込んでいく。
「ホムちゃん!」
肉迫するイグニスを前に、凛とした声が強く響いた。アルフェの声を合図に、ホムはアルフェを空に放り投げる。
「なっ!?」
「無駄だ! 避けきれるものか!」
咄嗟に叫んだ僕の声を、イグニスの嗤い声が掻き消す。イグニスが放った炎がアルフェに襲いかかったその刹那、アルフェの身体を緑の風が包み込んだ。
「なんだと!?」
着地したイグニスが驚愕の叫びを上げる。ホムは素早くその場から離れ、骨の山の上を風魔法を駆使して駆けていく。一方のアルフェは宙に浮き上がったまま更に加速し、イグニスが闇雲に放つ炎を避け続けている。
「くそったれ! ちょこまかと逃げやがって!」
怒りに任せ、イグニスは邪法の炎を辺り構わず飛ばすが、アルフェもホムもそれらを巧みに躱し続けている。
「風魔法……」
本来なら、下位の風魔法で空を飛ぶことは出来ない。だが、アルフェは、僕がホムの長靴に施したウィンドフローをヒントにして、自身の全身に纏うことで浮遊しながらの高速機動を実現させているのだ。
「理を紡ぐもの五大元素よ。その身に宿れ 。ウォーター・エンチャント!」
アルフェの詠唱が希望の響きを帯びて僕の耳に届く。水属性の付与魔法を発動したアルフェが手を翳した先にあるのは、イグニス目がけて疾走するホムの姿だ。ホムの身体を透明な水のヴェールが見る間に包み込み、淡い光を宿している。
「ヒトモドキの魔法など、燃やし尽くしてやるぞ!」
鉤爪で宙を引っ掻きながら、イグニスがホムを炎で襲う。だが、アルフェの付与魔法の威力は衰えない。恐らく、メルアが託した魔力増幅器を備えた魔導杖の効果だ。アルフェの魔力を底上げしたその影響は、イグニスの想像を遙かに凌ぐ。
水属性付与魔法を宿したホムが、長靴に仕込んである風魔法を駆使してイグニスに肉迫する。
「はぁああああっ!」
その両脚は武装錬成によって鋼鉄で固められ、渾身の蹴りが放たれる炎をものともせずにイグニスの巨躯を薙いだ。
「クソが! 調子に乗るなよ!!」
だが、ホムの渾身の蹴りに対して、イグニスは後肢を骨の山に沈めて僅かに後退した程度だ。体格差がありすぎてダメージは微々たるものでしかない。だが、アルフェのお陰で光明が見えた。
――僕たちは、まだ戦える。
撤退を考える必要はない。僕が思っている以上に、僕の恋人は強い。武侠宴舞・カナルフォード杯での経験で、アルフェは既に一人前の魔導士として覚醒している。僕とホムを護るために、あの一瞬の間にイグニスの攻撃を捌くのに最適な魔法を選択したのみならず、攻撃態勢に入ったホムに対して的確な援護を行ったのだ。
アルフェはもう、護られるだけの存在じゃない。僕の想像すら超えてくる、頼もしい戦力だ。
イグニスがあれだけの手負いになっていても、好戦的な態度を崩さなかった理由が今ならわかる。人魔大戦の際、どれだけの犠牲を生んだかは、前世の僕が確かに覚えている。
「見たか! これがオレ様の本来の姿だ!」
イグニスの哄笑は死の宣告に等しい。
「望み通り、窮屈な人間の皮を脱ぎ捨ててやったぞ! 八つ裂きにしてその首を祭壇に並べてやるからなぁ!」
炎を猛らせながら、本来の姿――獄炎獣イフリートと化したイグニスが、骨の山を踏みしめる。
「マスター!」
起き上がったホムが、火の粉と砕け散った骨が舞う中を風魔法を駆使して僕の元まで戻ってくる。
「逃げても無駄だ。どこにも逃げ場はないぞ!」
イグニスは身を低くし、突進の構えを取る。僕たちに見せつけるように裂けた口から炎を吐き出し、恐怖が熟するのを待っているのだ。
「ホム、アルフェを頼む!」
僕の命令にホムがアルフェを抱え、イグニスの死角へと飛ぶ。
「ははははっ! 命乞いをしろ!」
イグニスの両脚に力が隠り、それを誇示するように炎が上がる。祭壇の下に広がる骨の山が白い煙を上げて爆発を起こしたかと思うと、轟音と共に灼熱の炎が空気を炙った。
「死ねぇええええっ!」
ほとんど咆吼と化したイグニスの声と共に、炎の鉤爪が頭上から降る。瞬時に噴射式推進装置を起動させ、その場から大きく後退する。
空を切ったイグニスの炎の爪は地面を大きく抉り、砕けた石片が噴石のように燃え上がりながら辺りに飛び散る。
アルフェの無詠唱の氷魔法がそれらを撃ち落とすが、小さな欠片までは間に合わない。アーケシウスに当たる金属音を耳にしながら、僕はさらに噴射式推進装置を加速させ、アーケシウスを移動させる。イグニスの爪が当たれば大破は免れない。けれど、ホムやアルフェを狙わせるわけにはいかない。
イフリートは、機兵が相手をするような最上位の魔界の使役獣だ。人に紛れて生きてきた分、知恵も回るイグニスを相手に、ホムンクルスとはいえ生身のホムが対峙するのは危険すぎる。その上、アルフェを護らなければならないとなれば、人数で勝っているとはとても言えない。
今、僕たちの立場は完全に逆転した。撤退すらできない、致命的な状況にある。
――どうすれば、どうすれば……
「アルフェを持ったまま、どう戦うつもりだ!? エステアを置いて逃げるか? はははっ! あの女の絶望を見られるなら、それも一興だな!」
イグニスが大きく裂けた口を開き、嘲笑うかのように火炎を放射する。
「避け――」
「重き流れ彼の力を遮り、我を護れ――スプラッシュドウォール」
僕の声よりも早く、アルフェの詠唱が、流水の壁を生み出す。高水圧の流水の壁によってイグニスが放射した炎は相殺され、炎は水を蒸発させながら、水は炎を呑み込みながらせめぎ合う。
「チッ! 小賢しい真似を! 貴様らから始末してやる」
アルフェを厄介だと感じたであろうイグニスが、アルフェを抱きかかえているホムに狙いを定める。
「ちんけな壁なぞ、突き破ってやる!」
先ほどと同じように身を低くしたイグニスが突進の構えを取る。後肢がデモンズアイの血涙の池に沈むとともに、水面がゴボゴボと音を立てて沸き立つ。
ホムはアルフェを抱えたまま、距離を取り、イグニスの攻撃のタイミングを見極めている。
武侠宴舞・カナルフォード杯のときもそうだった。相手をその手で傷つける感覚を愉しんでいるのだ。そうした意味でも、肉弾戦を好むイグニスに対して、真っ向から迎撃することは避けたい。この体格差で一撃でも喰らえば、致命傷になる。それに、アルフェや僕の魔法で相殺できるとしても、あの炎はやはり脅威でしかない。
「…………」
アルフェを放すよう指示を出すべきか、逡巡する間さえ与えず、イグニスが炎を上げて咆吼した。
「おらおら! ビビって足が竦んじまったかぁ!? 逃げろよ! 泣き喚きながら逃げて命乞いしてみせろよ! ハハハハハッ!」
勝ち誇ったような嘲笑を浴びせながら、イグニスがホムとアルフェ目がけて飛びかかる。流水の壁が幾つも打ち立てられるが、イグニスの突進を止めることはできない。
だが、そのお陰で詠唱が間に合った。
「石の槍よ、我が敵を叩き潰せ。ストーンランス」
真なる叡智の書に手を翳し、僕は複数の石の槍をイグニスの胴部に向けて投擲する。
「くだらん!」
石槍の接近に気づいたイグニスが身体を翻し、それらを一蹴する。苛烈な炎を纏った蹴りを受けた石槍はイグニスの肉体に辿り着くことすら叶わず、発火して崩れ落ちる。
「ははははっ! 貴様らも消し炭にしてやるぞ!」
自らの力を誇示するように炎を膨張させたイグニスが、後肢を蹴り上げてホムとアルフェに突っ込んでいく。
「ホムちゃん!」
肉迫するイグニスを前に、凛とした声が強く響いた。アルフェの声を合図に、ホムはアルフェを空に放り投げる。
「なっ!?」
「無駄だ! 避けきれるものか!」
咄嗟に叫んだ僕の声を、イグニスの嗤い声が掻き消す。イグニスが放った炎がアルフェに襲いかかったその刹那、アルフェの身体を緑の風が包み込んだ。
「なんだと!?」
着地したイグニスが驚愕の叫びを上げる。ホムは素早くその場から離れ、骨の山の上を風魔法を駆使して駆けていく。一方のアルフェは宙に浮き上がったまま更に加速し、イグニスが闇雲に放つ炎を避け続けている。
「くそったれ! ちょこまかと逃げやがって!」
怒りに任せ、イグニスは邪法の炎を辺り構わず飛ばすが、アルフェもホムもそれらを巧みに躱し続けている。
「風魔法……」
本来なら、下位の風魔法で空を飛ぶことは出来ない。だが、アルフェは、僕がホムの長靴に施したウィンドフローをヒントにして、自身の全身に纏うことで浮遊しながらの高速機動を実現させているのだ。
「理を紡ぐもの五大元素よ。その身に宿れ 。ウォーター・エンチャント!」
アルフェの詠唱が希望の響きを帯びて僕の耳に届く。水属性の付与魔法を発動したアルフェが手を翳した先にあるのは、イグニス目がけて疾走するホムの姿だ。ホムの身体を透明な水のヴェールが見る間に包み込み、淡い光を宿している。
「ヒトモドキの魔法など、燃やし尽くしてやるぞ!」
鉤爪で宙を引っ掻きながら、イグニスがホムを炎で襲う。だが、アルフェの付与魔法の威力は衰えない。恐らく、メルアが託した魔力増幅器を備えた魔導杖の効果だ。アルフェの魔力を底上げしたその影響は、イグニスの想像を遙かに凌ぐ。
水属性付与魔法を宿したホムが、長靴に仕込んである風魔法を駆使してイグニスに肉迫する。
「はぁああああっ!」
その両脚は武装錬成によって鋼鉄で固められ、渾身の蹴りが放たれる炎をものともせずにイグニスの巨躯を薙いだ。
「クソが! 調子に乗るなよ!!」
だが、ホムの渾身の蹴りに対して、イグニスは後肢を骨の山に沈めて僅かに後退した程度だ。体格差がありすぎてダメージは微々たるものでしかない。だが、アルフェのお陰で光明が見えた。
――僕たちは、まだ戦える。
撤退を考える必要はない。僕が思っている以上に、僕の恋人は強い。武侠宴舞・カナルフォード杯での経験で、アルフェは既に一人前の魔導士として覚醒している。僕とホムを護るために、あの一瞬の間にイグニスの攻撃を捌くのに最適な魔法を選択したのみならず、攻撃態勢に入ったホムに対して的確な援護を行ったのだ。
アルフェはもう、護られるだけの存在じゃない。僕の想像すら超えてくる、頼もしい戦力だ。
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