上 下
359 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第359話 最悪の予兆

しおりを挟む
★ホム視点

 アルフェ様が風魔法で跳躍してアーケシウスの頭部に乗り、わたくしもそれに続く。マスターはわたくしたちの搭乗を確かめると、噴射式推進装置バーニアで移動させ、蒸気車両から離れ始めた。


「ギャッ! ギャギャッ!」
「ギャギャッ! ギャッギャギャッ!」

 エーテル遮断ローブを脱いで魔力増幅装置を手にしたマスターのエーテルに反応して、レッサーデーモンたちが目玉をぎょろぎょろと動かしながら追ってくる。大きく裂けた口から覗く長い舌からはとめどなく滴る涎が、その渇望を如実に表している。飢えている魔族にとって、マスターは本当に格好の餌なのだ。

『殲滅してやりますわぁ~!!』

 マリー様の声から少し遅れて、アーケシウスを追ってくるレッサーデーモンの群れにスパークショットが炸裂する。最大照射で放たれた宵の明星ヴェスパーの威力は、漆黒の薄闇に閉ざされた世界を白く染め上げるほどの閃光を伴い、地上に湧き出たレッサーデーモンの群れは、すさまじい威力で薙ぎ払われていく。

 血涙で染め上げられた地面の上をスパークショットの閃光が薙ぎ、生まれ出でようとしていた魔の手をも殲滅する。血涙も攻撃の出力に耐えきれずに干からび、がさがさと乾いた血糊がアーケシウスの噴射式推進装置バーニアに煽られて地面から引き剥がされ、辺りに散った。

 これで魔族の出現は一時的に止まったわけだが、わたくしたちにはほっと一息吐いている暇はない。

「リーフ!」

 素早く行動を起こしたのはアルフェ様だった。アルフェ様に誘われるように、エーテル遮断ローブで再びエーテルを隠したマスターが、アーケシウスから飛び降りる。

 マスターは、真なる叡智の書アルス・マグナを血糊が剥がれて清浄に近い状態になった石畳の上に置き、魔墨まぼくのペンを走らせて魔法陣を描きはじめる。

 真なる叡智の書アルス・マグナの開かれた頁に何が描かれているかを読み取れるのはマスターだけだ。わたくしはわたくしを成しているマスターの血と共有を受けた記憶のお陰で、ほんの少しだけ、そこに書かれているものが見える程度だ。だが、それでもわかる。地面に描かなければならないのは、都市全体にアムレートの効力を広めるためだ。だからそれだけアムレートの魔法陣は巨大なものを必要とするのだ。

「…………」

 マスターがアムレートの魔法陣を書き終わるまでに、どのくらいの時間が必要なのだろう。少なくとも、今、大闘技場《コロッセオ》から溢れた血涙から、また魔族が生まれる気配が広がっている。

 赤黒く汚れた血涙の上にざわざわと波紋が立っていく。それが目玉に変わり、レッサーデーモンや翼持つ異形ゲイザーを生み出すまでに、あとどれだけの猶予を持つことができるのだろう。そしてまた、あとどれぐらいデモンズアイとそれが垂れ流している血涙に魔族を生み出す力があるのだろう。

 エーテル遮断ローブで今は守られているけれど、マスターには、光に蛾が集まるように無数の魔物たちが寄ってくる。わたくしはどこまでそれをお守りすることが出来るのだろう。

「マリー先輩! メルア先輩!」

 魔族の生まれ出る気配を感じ取ったのか、アルフェ様が多機能通信魔導器エニグマに向かって叫んでいる。

『わかってるって! けど、次の発射までちょっと時間が――」

 通信に応答したのはメルア先輩だ。その声が聞こえたのか否か、大闘技場コロッセオ上空のデモンズアイの目が不気味なほどゆっくりと動き、研究棟の方を向いた。

『うわっ、なにこれヤバい!』
「……メルア先輩!?」

 メルア先輩の悲鳴のような声に、アルフェ様が多機能通信魔導器エニグマを耳に押し当てる。だが、次に聞こえて来たのはデモンズアイから響くあの不気味な|魔族《使役者)の声だった。

『調子に乗るなよ、虫ケラども!!』

 デモンズアイから怒号が響き、その声にアークドラゴンが反応する。エステアを振り切ったアークドラゴンは、そのま天高く舞い上がったかと思うと、研究棟の方へ向かった。

『戻りなさい! 私が相手よ!!』
『マリー!』
『迎撃するのみですわぁ!!』

 常にパッシブになっている通信に、忙しなく声が重なっていく。

「ダメだ! 逃げろ!」

 警告を発したのはマスターだったが、遅かった。

 最大出力のスパークショットの一閃が、アークドラゴンを貫かんと発射されたのだ。だが、アークドラゴンの硬い皮膚はそれを難なく弾き、軌道が逸れたスパークショットは暗雲の彼方へと消えた。

『え……?』

 飛翔するアークドラゴンの羽音が、多機能通信魔導器エニグマから聞こえてくる。わたくしたちを通り越したアークドラゴンが、研究棟の上空で、口を大きく開けたのが、わたくしにははっきりと見えた。口の中に宿る禍々しいほど漆黒の炎は、最悪の展開を想像させるには十分過ぎた。

『やめて!!』
『きゃあああああああああっ!』

 エステアの悲鳴に、マリーとメルアの悲鳴が重なったかと思うと、研究棟の建物が轟音を立てて崩落する音が続いた。

『いやぁああああああっ!!』

 多機能通信魔導器エニグマからエステアの悲痛な悲鳴が聞こえてくる。

『マリー! メルア! 応えて! お願い!』

 痛切なほど繰り返される呼びかけに、答える声は聞こえない。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

処理中です...