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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第347話 前線に立つ勇気
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★ホム視点
煉瓦敷きの道路に亀裂が入ったかと思うと、ぼこぼこと地面が浮き上がり、ケタケタと気味の悪い鳴き声が響いてきた。
反響音を伴う響きは、それが地下水路からであることをわたくしに伝えてくる。コロッセオ上空に留まり、転移門からその異様な姿を覗かせているデモンズ・アイが流す血涙が、この都市に張り巡らされた人々の生活基盤を侵食し、利用しているのだ。
――このままでは、いけない。
刀を手に前に進もうとするエステアの姿に、不穏なものを感じる。地上のレッサーデーモンを迎え撃とうとしている彼女には、地下から迫り来る脅威に気づいていないのだ。
「退いてください、エステア!」
「進むのよ、ホム!」
危険を訴えて叫んだわたくしに、エステアは真逆の返事を返す。
「でも!」
「レッサーデーモンが来ますわぁ!」
わたくしの忠告は、どこからか響いたマリー様の声に遮られた。声が響いてきた方角を追うと、時計塔の上にその姿が見える。メルア様がマスターの力を借りて完成させた、魔導砲宵の明星で、遠方のレッサーデーモンの狙撃を開始するようだ。
「ぶっ放してやりますわよぉ~!!」
マリー様の声とともに、時計塔から放たれた雷撃が宙を迸る。高さのある時計塔から放たれた宵の明星は、レッサーデーモンを薙ぎ払い、前方の集団を瞬く間に一掃した。
遠距離攻撃を任せられるなら、なにも飛び込む必要はない。今、わたくしたちに最も近いレッサーデーモンを警戒し、ここに踏みとどまる方が体力を温存しつつ、長く戦えるはずだ。
「エステア!」
「ここで退くべきではないの!」
エステアが刀を構えて鋭く叫ぶ。次の瞬間、煉瓦が吹き飛び、地上に飛び出したレッサーデーモンが瓦礫と共に宙を舞った。
「ギャ! ギャギャ!」
夥しい数のレッサーデーモンが地下から地上へ次々と登ってくる。我先にと押し合いながら大きく裂けた口を開き、ガチガチと歯を鳴らし、身体を支える無数の腕を蠢かせながらわたくしたちに向かって殺到する。
「ギャ、ギャッ!」
甲高い嘲笑が輪を成して響く。瓦礫から出た土煙を巻き上げて接近するレッサーデーモンに対し、エステアは怯むことなく刀を振るった。
「参ノ太刀、飛燕!!」
エステアが放った風の刃が、飛びかかってきた二体を弾き飛ばす。毒の体液が飛び散るよりも早く、エステアの次の斬撃がそれらをレッサーデーモンの群れに押し戻した。
「はいはーい! ここはメルアちゃんにお任せだよ~!」
拡声魔法を通じてメルア様の声が届くよりも早く、火炎魔法がレッサーデーモンの群れを取り囲む。地下から飛び出してきた一団の毒は、これで無効化出来る。
「はぁあああああっ!」
エステアは前へ前へと進み続ける。生身の人間が恐れるべきは、レッサーデーモンの毒だ。だが、その対策が成された今、エステアに退く理由はもうないらしい。
「加勢致します!」
わたくしはエステアの背に向かって呼びかけ、長靴に仕込まれたウィンドフローで疾走する。レッサーデーモンを蹴散らしながらエステアの元へと到達すると、エステアはわたくしとほんの一瞬だけ目を合わせてくれた。
たった一瞬だけでも、わたくしを見てくれたことがわたくしへの信頼を物語っていた。
わたくしたちは、今レッサーデーモンの群れの渦中に飛び込んでいる。放たれ続けるメルア様の火炎魔法とマリー様の宵の明星は、わたくしたちに殺到する別の群れを食い止めてくれているとはいえ、無数の敵を前に他に注意を向けることは極めて危険だ。
「来てくれると思ったわ、ホム」
「当然です」
わたくしはエステアと背を合わせ、隙のないようにまわりを観察する。遠隔攻撃で狙撃されているのを目の当たりにしているレッサーデーモンは、わたくしたちと見えない敵、どちらを先に相手にすべきか混乱しているようだ。
「あなたを一人で行かせるわけにはいきません」
「それはリーフの命令?」
問いかけられた瞬間、マリー様の放った雷撃の閃光が明るく閃いた。ちょうどわたくしの心に、わたくしの意思というものが閃いたように。
「わたくしの意思です!」
「だったら、一緒に来てくれる」
――どこへ?
その問いが、愚問であることを、わたくしはエステアの視線で悟った。エステアは前しか見ていない。レッサーデーモンが殺到する道の裂け目――わたくしたちの学園を守るならばその最前線になるべき場所しか見ていないのだ。
「前線を押し上げましょう」
「ええ。皆を少しでも危険から遠ざけるために」
わたくしの意見はエステアの考えと一致した。今できることの全てをやる、やり遂げる以外にわたくしたちに次の一手はない。目の前のレッサーデーモンを駆逐したその暁には、きっとマスターが次の手立てを見つけてくれる。
わたくしは、マスターを信じて戦い続けるだけ。
エステアと力を合わせ、レッサーデーモンの群れに自ら突っ込む。それがどんなに無謀だとしても、今はそれが最善の戦略なのだ。
「攻撃は最大の防御とは言ったものね」
「ええ。タヌタヌ先生のお言葉が身に染みてわかります」
同じ授業を受け、同じ学園で学んでいても実際に行動できるのはごく一部だ。誰もが死にたくない、生きていたい。それが人間の本能なのだから当然だろう。
けれど、圧倒的な絶望に立ち向かう勇気を、それを支える強い心を、仲間を、マスターはわたくしに与えてくれた。わたくしが生まれたままのわたくしであったなら、今頃はマスターとアルフェ様を連れてここを離れているだろう。だけど、それは今のわたくしの選択肢にすら上らない。
「――戦う。戦うのです、わたくしは!」
「勝つために! 勝ってみんなを守るのよ!」
わたくしの叫びに、エステアが声を上げる。
「「来るぞ、三時の方向!!」」
「疾風よ――」
リリルル様の警告に、アルフェ様の風魔法の詠唱が重なる。
「蜂の巣にしてやりますわぁ~!」
マリー様の声に、宵の明星の狙撃が変化する。乱れ咲く花火のような閃光がばちばちと音を立てながら、レッサーデーモンを貫いていく。
「メルアちゃんもいるってとこ、見せたげる!」
無詠唱で放たれたのは、土魔法と火炎魔法で構築された火炎弾だ。メルア様がその浄眼と魔法力に任せてレッサーデーモンを包囲する。
――今ならば、一網打尽に出来る。
夥しい数の群れ、しかもそれが二つある。だが、今ならば、この一瞬ならばわたくしはエステア様と力を合わせて、レッサーデーモンを倒すことが出来る。
「エステア――」
「下がって、ホム!!」
それがエステアの警告であるのを理解するまでの時間すら惜しかった。わたくしは直感に任せてエステアに飛びかかり、その身体を抱えて風魔法でその場を離れた。後ろを一瞥すると、わたくしたちと入れ替わりに身体をしならせて跳躍し、火炎弾と宵の明星による包囲網を抜けたレッサーデーモンが、標的に殺到しているのが見えた。
数にものを言わせて殺到したその先は、数秒前までエステアが居た場所だ。
「狙われています」
「ええ」
エステアは頷き、わたくしの腕を解いて地面に降りた。その間にも方向転換したレッサーデーモンが不気味に甲高く鳴きながら押し寄せる。
「引きつけるわ。私は囮で構わない!」
「お守り致します!」
煉瓦敷きの道路に亀裂が入ったかと思うと、ぼこぼこと地面が浮き上がり、ケタケタと気味の悪い鳴き声が響いてきた。
反響音を伴う響きは、それが地下水路からであることをわたくしに伝えてくる。コロッセオ上空に留まり、転移門からその異様な姿を覗かせているデモンズ・アイが流す血涙が、この都市に張り巡らされた人々の生活基盤を侵食し、利用しているのだ。
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「退いてください、エステア!」
「進むのよ、ホム!」
危険を訴えて叫んだわたくしに、エステアは真逆の返事を返す。
「でも!」
「レッサーデーモンが来ますわぁ!」
わたくしの忠告は、どこからか響いたマリー様の声に遮られた。声が響いてきた方角を追うと、時計塔の上にその姿が見える。メルア様がマスターの力を借りて完成させた、魔導砲宵の明星で、遠方のレッサーデーモンの狙撃を開始するようだ。
「ぶっ放してやりますわよぉ~!!」
マリー様の声とともに、時計塔から放たれた雷撃が宙を迸る。高さのある時計塔から放たれた宵の明星は、レッサーデーモンを薙ぎ払い、前方の集団を瞬く間に一掃した。
遠距離攻撃を任せられるなら、なにも飛び込む必要はない。今、わたくしたちに最も近いレッサーデーモンを警戒し、ここに踏みとどまる方が体力を温存しつつ、長く戦えるはずだ。
「エステア!」
「ここで退くべきではないの!」
エステアが刀を構えて鋭く叫ぶ。次の瞬間、煉瓦が吹き飛び、地上に飛び出したレッサーデーモンが瓦礫と共に宙を舞った。
「ギャ! ギャギャ!」
夥しい数のレッサーデーモンが地下から地上へ次々と登ってくる。我先にと押し合いながら大きく裂けた口を開き、ガチガチと歯を鳴らし、身体を支える無数の腕を蠢かせながらわたくしたちに向かって殺到する。
「ギャ、ギャッ!」
甲高い嘲笑が輪を成して響く。瓦礫から出た土煙を巻き上げて接近するレッサーデーモンに対し、エステアは怯むことなく刀を振るった。
「参ノ太刀、飛燕!!」
エステアが放った風の刃が、飛びかかってきた二体を弾き飛ばす。毒の体液が飛び散るよりも早く、エステアの次の斬撃がそれらをレッサーデーモンの群れに押し戻した。
「はいはーい! ここはメルアちゃんにお任せだよ~!」
拡声魔法を通じてメルア様の声が届くよりも早く、火炎魔法がレッサーデーモンの群れを取り囲む。地下から飛び出してきた一団の毒は、これで無効化出来る。
「はぁあああああっ!」
エステアは前へ前へと進み続ける。生身の人間が恐れるべきは、レッサーデーモンの毒だ。だが、その対策が成された今、エステアに退く理由はもうないらしい。
「加勢致します!」
わたくしはエステアの背に向かって呼びかけ、長靴に仕込まれたウィンドフローで疾走する。レッサーデーモンを蹴散らしながらエステアの元へと到達すると、エステアはわたくしとほんの一瞬だけ目を合わせてくれた。
たった一瞬だけでも、わたくしを見てくれたことがわたくしへの信頼を物語っていた。
わたくしたちは、今レッサーデーモンの群れの渦中に飛び込んでいる。放たれ続けるメルア様の火炎魔法とマリー様の宵の明星は、わたくしたちに殺到する別の群れを食い止めてくれているとはいえ、無数の敵を前に他に注意を向けることは極めて危険だ。
「来てくれると思ったわ、ホム」
「当然です」
わたくしはエステアと背を合わせ、隙のないようにまわりを観察する。遠隔攻撃で狙撃されているのを目の当たりにしているレッサーデーモンは、わたくしたちと見えない敵、どちらを先に相手にすべきか混乱しているようだ。
「あなたを一人で行かせるわけにはいきません」
「それはリーフの命令?」
問いかけられた瞬間、マリー様の放った雷撃の閃光が明るく閃いた。ちょうどわたくしの心に、わたくしの意思というものが閃いたように。
「わたくしの意思です!」
「だったら、一緒に来てくれる」
――どこへ?
その問いが、愚問であることを、わたくしはエステアの視線で悟った。エステアは前しか見ていない。レッサーデーモンが殺到する道の裂け目――わたくしたちの学園を守るならばその最前線になるべき場所しか見ていないのだ。
「前線を押し上げましょう」
「ええ。皆を少しでも危険から遠ざけるために」
わたくしの意見はエステアの考えと一致した。今できることの全てをやる、やり遂げる以外にわたくしたちに次の一手はない。目の前のレッサーデーモンを駆逐したその暁には、きっとマスターが次の手立てを見つけてくれる。
わたくしは、マスターを信じて戦い続けるだけ。
エステアと力を合わせ、レッサーデーモンの群れに自ら突っ込む。それがどんなに無謀だとしても、今はそれが最善の戦略なのだ。
「攻撃は最大の防御とは言ったものね」
「ええ。タヌタヌ先生のお言葉が身に染みてわかります」
同じ授業を受け、同じ学園で学んでいても実際に行動できるのはごく一部だ。誰もが死にたくない、生きていたい。それが人間の本能なのだから当然だろう。
けれど、圧倒的な絶望に立ち向かう勇気を、それを支える強い心を、仲間を、マスターはわたくしに与えてくれた。わたくしが生まれたままのわたくしであったなら、今頃はマスターとアルフェ様を連れてここを離れているだろう。だけど、それは今のわたくしの選択肢にすら上らない。
「――戦う。戦うのです、わたくしは!」
「勝つために! 勝ってみんなを守るのよ!」
わたくしの叫びに、エステアが声を上げる。
「「来るぞ、三時の方向!!」」
「疾風よ――」
リリルル様の警告に、アルフェ様の風魔法の詠唱が重なる。
「蜂の巣にしてやりますわぁ~!」
マリー様の声に、宵の明星の狙撃が変化する。乱れ咲く花火のような閃光がばちばちと音を立てながら、レッサーデーモンを貫いていく。
「メルアちゃんもいるってとこ、見せたげる!」
無詠唱で放たれたのは、土魔法と火炎魔法で構築された火炎弾だ。メルア様がその浄眼と魔法力に任せてレッサーデーモンを包囲する。
――今ならば、一網打尽に出来る。
夥しい数の群れ、しかもそれが二つある。だが、今ならば、この一瞬ならばわたくしはエステア様と力を合わせて、レッサーデーモンを倒すことが出来る。
「エステア――」
「下がって、ホム!!」
それがエステアの警告であるのを理解するまでの時間すら惜しかった。わたくしは直感に任せてエステアに飛びかかり、その身体を抱えて風魔法でその場を離れた。後ろを一瞥すると、わたくしたちと入れ替わりに身体をしならせて跳躍し、火炎弾と宵の明星による包囲網を抜けたレッサーデーモンが、標的に殺到しているのが見えた。
数にものを言わせて殺到したその先は、数秒前までエステアが居た場所だ。
「狙われています」
「ええ」
エステアは頷き、わたくしの腕を解いて地面に降りた。その間にも方向転換したレッサーデーモンが不気味に甲高く鳴きながら押し寄せる。
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