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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第343話 無人の本部テント
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「……誰もいない……」
漸く辿り着いた生徒会本部テントには、エステアはおろか、誰の姿も見つけることが出来なかった。尤もテント自体が魔族の襲撃によって踏みにじられ、無残な姿に変わり果てていたことから、ここで交戦が行われたのは明らかだ。
「翼持つ異形相手に、苦戦を強いられるエステアではないと思いますが……」
撃ち落とされた翼持つ異形につけられた激しい刀傷を確かめながら、ホムが険しく顔を歪めている。ここに留まって僕たちを待たなかった理由は、恐らく別にあるだろう。
漆黒に塗り替えられた空からは、変わらずにデモンズアイが血の涙を流し続けている。先程一団を仕留めたばかりの翼持つ異形もまた、黒い塊となって大闘技場上空を覆っている。
「……まずいな……」
黒い空がヴェネア湖よりも外へと広がっていないところを見るに、やはり狙いはこの都市なのだ。建国祭の二日目というこの日に魔族がこの襲撃を仕掛けてきたのは、それだけの人間が――魔族の餌がここに集まることを知っていたからに他ならない。
「デモンズアイが今のペースで魔族の生成を続けているのならば、レッサーデーモンは既に大闘技場の場外に出て来ているはず……」
僕の呟きにホムが唇を噛む。
「エステアさんたちは、大闘技場にみんなを助けに行ったのかも」
「その可能性は高いね。でも、あれだけの魔族を相手に生身で戦えないことは、エステアならわかるはずだ」
アルフェの言葉に相槌を打ちながら、必死に思考を巡らせる。
エステアは、大闘技場に向かっただろう。ナイルの試合の前に格納庫へ行くと伝えていたことを考えると、僕たちを救助する気だったのかもしれない。すぐに戻るつもりで多機能通信魔導器を携帯しなかった自分が恨めしい。自分の無事さえ伝えておけば、余計な心配をかけることもなかったはずだ。
「デモンズアイ本体を倒さない限り、あるいはあの転移門を破壊しない限り、魔族の襲撃は続く。僕たちがすべきは二つだ」
「……みんなを安全な場所に誘導して、デモンズアイを倒さなきゃ」
思考を共有しようと声に出した僕に、アルフェが強ばった笑顔で頷く。きっと怖くてたまらないだろうに、気丈に振る舞ってくれている。
「……避難誘導は、ヴァナベルたちがやってくれます。わたくしたちも大闘技場に向かうべきです」
ホムが周囲の状況を見極めるように辺りを見回しながら、提案する。ホムの案は尤もだが、僕としてはアルフェを危険に晒すことが躊躇われた。だが、人魔大戦を生きた前世の僕の知識を考えれば、僕とその知識を共有しているホムが動くのが最善だろう。軍の到着を待つばかりでは手遅れになりかねない。
ここは、アルフェにも避難してもらって、僕たちだけで大闘技場に向かうしかないのだろうな。アルフェは嫌がるかもしれないけれど。
「アル――」
「私もホムちゃんに賛成。ヴァナベルちゃんを手伝ってF組のみんなも動いてる。みんなのエーテルをいっぱい感じる。だから、ワタシたちはこの悪い夢を終わらせなきゃ」
「……僕がなにを言おうとしてたのか、ひょっとしてわかっていたのかい?」
あまりにも僕の考えと真逆のことをアルフェが宣言したので、思わず引き攣った声が出てしまった。アルフェは僕の問いかけに頷き、僕の手を取って震える手で優しく握りしめた。
「うん。安全なところに逃げてって、リーフなら言うと思ったよ。でも、ワタシはリーフと一緒がいい。危険だってことはわかってる。でも、ワタシ、ちゃんと戦えるよ。戦って、大好きなリーフを守るの」
ああ、参ったな。こんなに真っ直ぐな目で見つめられたら、何も言えなくなってしまう。安全な場所にアルフェを逃がしたい。でも、僕がいくらそう願っても、その安全な場所はここでは担保出来ないのだ。それでも、限りなくそれに近い場所を作ることはきっと出来る。アルフェが言うように、戦えばいいのだ。それ以外に術はない。
「……攻撃は最大の防御とも言うからね。わかったよ、アルフェ」
「では、急ぎましょう。翼持つ異形はともかく、レッサーデーモンは戦える者が限られます」
ホムが周囲の状況を五感を研ぎ澄まして把握しようと努めている。大闘技場からも、街の方からも交戦の音が聞こえてくる。
渦中にいるはずのナイルは無事だろうか。
そこまで考えてから、機兵を使うことに思い至った。機兵を使うことが出来たなら、生身で戦うよりも遙かに安全に魔族に立ち向かうことが出来る。
「ホム、一旦リリルルの占い小屋がある広場に向かおう。展示中のアルタードが使えるかもしれない」
「リリルルちゃんも心配だよね。急ごう!」
アルフェとホムが強く頷き、露店エリアを迂回して広場へと駆ける。広場に向かうにつれ、汚水のような臭気は一層濃くなり、前世の僕の持つ忌まわしい記憶をおぞましいほど鮮やかに蘇らせた。
* * *
逃げ惑う人波に逆らい、展示されている機兵を目印に街の広場へと懸命に走る。アルフェが僕たちに施してくれた風魔法によって、見る間にその距離は縮まっていく。同時に、この街を蹂躙する脅威の鳴き声が耳に届くようになった。
「……ねえ、リーフ……」
アルフェが白い息を吐き出しながら、僕を振り返る。先刻から聞こえる「ギャッ、ギャッ」という鳴き声に、僕は顔を歪めながら頷くしかなかった。
占い小屋の黒い天幕は引き裂かれ、歪に曲がった骨組みが晒されているのが見えてくる。その周囲をぐるぐると歩き回っているのは、グロテスクな四つ脚の魔物だ。今は二体だけだが、数を増す可能性を考えると、とても楽観出来る状況ではない。
「お二人を救出いたします」
ホムもそれを感じたのだろう。拳を構えてレッサーデーモンに立ち向かう意思を示している。だが、毒の体液を持つレッサーデーモンの特性を考えれば、ホムでは分が悪い。
「相手はレッサーデーモンだ。猛毒を持つ目玉以外にも――」
「「氷よ、風よ――。盾となれ!」」
僕の忠告を掻き消すように強く響いたのはリリルルの詠唱だった。
詠唱と同時に壊れた占い小屋を取り巻くように風が吹き荒れ、氷が地面からせり上がってくる。その中心には、リリルルの姿があった。
「リリルルちゃん、無事だったんだね!!」
「「無事ではない。この過激なお客様たちをどうにかしてほしい、アルフェの人。お前に未来はないぞと告げたら、すっかりご乱心なのだ」」
リリルルが声を揃えて訴えてくるが、流石にお客様と呼ぶには無理がある。
「「しかもこのお客様、本に載っていたレッサーデーモンに瓜二つなのだ」」
「だって、そのものだもん!」
冗談とも本気ともつかないリリルルの発言に、アルフェが魔法の杖を掲げる。リリルルの築いた氷の柱に気を取られていたレッサーデーモンらは、ようやく僕たちに気づいた様子で脇腹にある目玉をぎょろぎょろと動かした。
「「お客様でないのなら、情け容赦はしない。リリルルが直々に――」」
「ギャギャギャッ!!」
リリルルが魔法の杖を掲げたその刹那。二体のレッサーデーモンのうち一体が、もう一体の身体を踏み台にして、リリルルに襲いかかった。
「いけません!」
警告を発し、ホムが飛び出して行く。
「ホム!!」
静止しようとしたが、ホムはもうレッサーデーモンの頭部を捉えていた。
「はぁあああああああっ!!」
鋭い蹴りがレッサーデーモンを弾き飛ばし、ぐにゃぐにゃと身体をしならせたレッサーデーモンはそのまま街の外壁に激突する。
「逆巻く風よ、吹き散らせ。ガスト!」
真なる叡智の書の頁が僕の意思を汲み取って開き、突風を呼ぶ風魔法を発動させる。それと殆ど同時に、レッサーデーモンの身体から毒の体液が散った。
「……ま、間に合った……」
僕の隣で、アルフェが同じように息を切らしている。ホムを守ることで精一杯で気づかなかったが、アルフェもまた、ホムを守るように氷魔法を発動させていたのだ。
「「おお、凄いぞ。残すはあと一体だ」」
リリルルが声を弾ませ、勝利を祝うかのように氷の柱の上でステップを踏む。もう一体のレッサーデーモンは何が起きたのか理解出来ていない様子で、頭部の吹き飛んだもう一体の傍でギチギチと気味の悪い声を発している。
「直接打撃攻撃に入るのは不利になる。ホム、一旦退いて僕に任せて」
氷の壁に守られたホムに声をかけるが、ホムはその場を動こうとしない。足許を見つめて、なにかに集中している様子だ。
「……ホム?」
「申し訳ありません、マスター。その命令には従うことができません」
ホムが僕の方を振り返らずに、険しい声音で断る。ホムが命令に背くその意味に気づいて、僕は彼女が聴いているであろう『音』に意識を集中させた。
「……聞こえる……。いっぱい来る……」
アルフェが低く呟く。アルフェが聞き取ったその音と、同じ音を僕も聞き取れた。
地面の下から、レッサーデーモン独特のあの気味の悪い笑い声が聞こえてくるのだ。そしてそれは、ホムがいる場所へと刻一刻と迫ってきている。
「地下通路の中を移動しているようです。この穴を塞がなければ」
ひたひたと水に濡れた身体が壁や梯子に当たる音が聞こえてくる。レッサーデーモンがギャッギャっと声を上げながら、這い上がってきている。
「「リリルル的にはノーリピート一択だ。蓋がないなら魔法で塞ぐ」」
「駄目だ!」
地下通路に続くマンホールの蓋を塞ごうとするリリルルを、強い声で制止する。
「そうだよ、リリルルちゃん。この地下通路、寮や学校にも繋がってる……。ここを塞いじゃったら、別のところで溢れちゃう……だから……」
リリルルに訴えかけるアルフェの声が震えている。無理もない、レッサーデーモンの声が輪を成して大きくなってきているからだ。一体二体ならどうにかなる。だが、それ以上となれば、想像もつかない。だが、ここで食い止めなければアルフェが頭の中で想像してしまった最悪の光景を生み出すことになる。
「……戦えるかい、ホム?」
「元よりその覚悟です。この命に替えてもマスターとアルフェ様をお守り致します」
ホムの覚悟に僕は頷く。ホムが僕の命令に従わなかったのは、僕を少しでも危険から遠ざけるためだ。
ならば、僕が出来ることはただ一つ。ホムの覚悟を全力で援護することだ。
漸く辿り着いた生徒会本部テントには、エステアはおろか、誰の姿も見つけることが出来なかった。尤もテント自体が魔族の襲撃によって踏みにじられ、無残な姿に変わり果てていたことから、ここで交戦が行われたのは明らかだ。
「翼持つ異形相手に、苦戦を強いられるエステアではないと思いますが……」
撃ち落とされた翼持つ異形につけられた激しい刀傷を確かめながら、ホムが険しく顔を歪めている。ここに留まって僕たちを待たなかった理由は、恐らく別にあるだろう。
漆黒に塗り替えられた空からは、変わらずにデモンズアイが血の涙を流し続けている。先程一団を仕留めたばかりの翼持つ異形もまた、黒い塊となって大闘技場上空を覆っている。
「……まずいな……」
黒い空がヴェネア湖よりも外へと広がっていないところを見るに、やはり狙いはこの都市なのだ。建国祭の二日目というこの日に魔族がこの襲撃を仕掛けてきたのは、それだけの人間が――魔族の餌がここに集まることを知っていたからに他ならない。
「デモンズアイが今のペースで魔族の生成を続けているのならば、レッサーデーモンは既に大闘技場の場外に出て来ているはず……」
僕の呟きにホムが唇を噛む。
「エステアさんたちは、大闘技場にみんなを助けに行ったのかも」
「その可能性は高いね。でも、あれだけの魔族を相手に生身で戦えないことは、エステアならわかるはずだ」
アルフェの言葉に相槌を打ちながら、必死に思考を巡らせる。
エステアは、大闘技場に向かっただろう。ナイルの試合の前に格納庫へ行くと伝えていたことを考えると、僕たちを救助する気だったのかもしれない。すぐに戻るつもりで多機能通信魔導器を携帯しなかった自分が恨めしい。自分の無事さえ伝えておけば、余計な心配をかけることもなかったはずだ。
「デモンズアイ本体を倒さない限り、あるいはあの転移門を破壊しない限り、魔族の襲撃は続く。僕たちがすべきは二つだ」
「……みんなを安全な場所に誘導して、デモンズアイを倒さなきゃ」
思考を共有しようと声に出した僕に、アルフェが強ばった笑顔で頷く。きっと怖くてたまらないだろうに、気丈に振る舞ってくれている。
「……避難誘導は、ヴァナベルたちがやってくれます。わたくしたちも大闘技場に向かうべきです」
ホムが周囲の状況を見極めるように辺りを見回しながら、提案する。ホムの案は尤もだが、僕としてはアルフェを危険に晒すことが躊躇われた。だが、人魔大戦を生きた前世の僕の知識を考えれば、僕とその知識を共有しているホムが動くのが最善だろう。軍の到着を待つばかりでは手遅れになりかねない。
ここは、アルフェにも避難してもらって、僕たちだけで大闘技場に向かうしかないのだろうな。アルフェは嫌がるかもしれないけれど。
「アル――」
「私もホムちゃんに賛成。ヴァナベルちゃんを手伝ってF組のみんなも動いてる。みんなのエーテルをいっぱい感じる。だから、ワタシたちはこの悪い夢を終わらせなきゃ」
「……僕がなにを言おうとしてたのか、ひょっとしてわかっていたのかい?」
あまりにも僕の考えと真逆のことをアルフェが宣言したので、思わず引き攣った声が出てしまった。アルフェは僕の問いかけに頷き、僕の手を取って震える手で優しく握りしめた。
「うん。安全なところに逃げてって、リーフなら言うと思ったよ。でも、ワタシはリーフと一緒がいい。危険だってことはわかってる。でも、ワタシ、ちゃんと戦えるよ。戦って、大好きなリーフを守るの」
ああ、参ったな。こんなに真っ直ぐな目で見つめられたら、何も言えなくなってしまう。安全な場所にアルフェを逃がしたい。でも、僕がいくらそう願っても、その安全な場所はここでは担保出来ないのだ。それでも、限りなくそれに近い場所を作ることはきっと出来る。アルフェが言うように、戦えばいいのだ。それ以外に術はない。
「……攻撃は最大の防御とも言うからね。わかったよ、アルフェ」
「では、急ぎましょう。翼持つ異形はともかく、レッサーデーモンは戦える者が限られます」
ホムが周囲の状況を五感を研ぎ澄まして把握しようと努めている。大闘技場からも、街の方からも交戦の音が聞こえてくる。
渦中にいるはずのナイルは無事だろうか。
そこまで考えてから、機兵を使うことに思い至った。機兵を使うことが出来たなら、生身で戦うよりも遙かに安全に魔族に立ち向かうことが出来る。
「ホム、一旦リリルルの占い小屋がある広場に向かおう。展示中のアルタードが使えるかもしれない」
「リリルルちゃんも心配だよね。急ごう!」
アルフェとホムが強く頷き、露店エリアを迂回して広場へと駆ける。広場に向かうにつれ、汚水のような臭気は一層濃くなり、前世の僕の持つ忌まわしい記憶をおぞましいほど鮮やかに蘇らせた。
* * *
逃げ惑う人波に逆らい、展示されている機兵を目印に街の広場へと懸命に走る。アルフェが僕たちに施してくれた風魔法によって、見る間にその距離は縮まっていく。同時に、この街を蹂躙する脅威の鳴き声が耳に届くようになった。
「……ねえ、リーフ……」
アルフェが白い息を吐き出しながら、僕を振り返る。先刻から聞こえる「ギャッ、ギャッ」という鳴き声に、僕は顔を歪めながら頷くしかなかった。
占い小屋の黒い天幕は引き裂かれ、歪に曲がった骨組みが晒されているのが見えてくる。その周囲をぐるぐると歩き回っているのは、グロテスクな四つ脚の魔物だ。今は二体だけだが、数を増す可能性を考えると、とても楽観出来る状況ではない。
「お二人を救出いたします」
ホムもそれを感じたのだろう。拳を構えてレッサーデーモンに立ち向かう意思を示している。だが、毒の体液を持つレッサーデーモンの特性を考えれば、ホムでは分が悪い。
「相手はレッサーデーモンだ。猛毒を持つ目玉以外にも――」
「「氷よ、風よ――。盾となれ!」」
僕の忠告を掻き消すように強く響いたのはリリルルの詠唱だった。
詠唱と同時に壊れた占い小屋を取り巻くように風が吹き荒れ、氷が地面からせり上がってくる。その中心には、リリルルの姿があった。
「リリルルちゃん、無事だったんだね!!」
「「無事ではない。この過激なお客様たちをどうにかしてほしい、アルフェの人。お前に未来はないぞと告げたら、すっかりご乱心なのだ」」
リリルルが声を揃えて訴えてくるが、流石にお客様と呼ぶには無理がある。
「「しかもこのお客様、本に載っていたレッサーデーモンに瓜二つなのだ」」
「だって、そのものだもん!」
冗談とも本気ともつかないリリルルの発言に、アルフェが魔法の杖を掲げる。リリルルの築いた氷の柱に気を取られていたレッサーデーモンらは、ようやく僕たちに気づいた様子で脇腹にある目玉をぎょろぎょろと動かした。
「「お客様でないのなら、情け容赦はしない。リリルルが直々に――」」
「ギャギャギャッ!!」
リリルルが魔法の杖を掲げたその刹那。二体のレッサーデーモンのうち一体が、もう一体の身体を踏み台にして、リリルルに襲いかかった。
「いけません!」
警告を発し、ホムが飛び出して行く。
「ホム!!」
静止しようとしたが、ホムはもうレッサーデーモンの頭部を捉えていた。
「はぁあああああああっ!!」
鋭い蹴りがレッサーデーモンを弾き飛ばし、ぐにゃぐにゃと身体をしならせたレッサーデーモンはそのまま街の外壁に激突する。
「逆巻く風よ、吹き散らせ。ガスト!」
真なる叡智の書の頁が僕の意思を汲み取って開き、突風を呼ぶ風魔法を発動させる。それと殆ど同時に、レッサーデーモンの身体から毒の体液が散った。
「……ま、間に合った……」
僕の隣で、アルフェが同じように息を切らしている。ホムを守ることで精一杯で気づかなかったが、アルフェもまた、ホムを守るように氷魔法を発動させていたのだ。
「「おお、凄いぞ。残すはあと一体だ」」
リリルルが声を弾ませ、勝利を祝うかのように氷の柱の上でステップを踏む。もう一体のレッサーデーモンは何が起きたのか理解出来ていない様子で、頭部の吹き飛んだもう一体の傍でギチギチと気味の悪い声を発している。
「直接打撃攻撃に入るのは不利になる。ホム、一旦退いて僕に任せて」
氷の壁に守られたホムに声をかけるが、ホムはその場を動こうとしない。足許を見つめて、なにかに集中している様子だ。
「……ホム?」
「申し訳ありません、マスター。その命令には従うことができません」
ホムが僕の方を振り返らずに、険しい声音で断る。ホムが命令に背くその意味に気づいて、僕は彼女が聴いているであろう『音』に意識を集中させた。
「……聞こえる……。いっぱい来る……」
アルフェが低く呟く。アルフェが聞き取ったその音と、同じ音を僕も聞き取れた。
地面の下から、レッサーデーモン独特のあの気味の悪い笑い声が聞こえてくるのだ。そしてそれは、ホムがいる場所へと刻一刻と迫ってきている。
「地下通路の中を移動しているようです。この穴を塞がなければ」
ひたひたと水に濡れた身体が壁や梯子に当たる音が聞こえてくる。レッサーデーモンがギャッギャっと声を上げながら、這い上がってきている。
「「リリルル的にはノーリピート一択だ。蓋がないなら魔法で塞ぐ」」
「駄目だ!」
地下通路に続くマンホールの蓋を塞ごうとするリリルルを、強い声で制止する。
「そうだよ、リリルルちゃん。この地下通路、寮や学校にも繋がってる……。ここを塞いじゃったら、別のところで溢れちゃう……だから……」
リリルルに訴えかけるアルフェの声が震えている。無理もない、レッサーデーモンの声が輪を成して大きくなってきているからだ。一体二体ならどうにかなる。だが、それ以上となれば、想像もつかない。だが、ここで食い止めなければアルフェが頭の中で想像してしまった最悪の光景を生み出すことになる。
「……戦えるかい、ホム?」
「元よりその覚悟です。この命に替えてもマスターとアルフェ様をお守り致します」
ホムの覚悟に僕は頷く。ホムが僕の命令に従わなかったのは、僕を少しでも危険から遠ざけるためだ。
ならば、僕が出来ることはただ一つ。ホムの覚悟を全力で援護することだ。
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