上 下
340 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第340話 ナイルの新機体

しおりを挟む
 ナイルに言われたとおりに特別チケットを手に、格納庫へ行くとすんなりと機兵の元に案内された。

「おお! リーフ殿!」
「ナイル! リーフとホム、アルフェが来てるよ!」

 僕たちをいち早く見つけたのはアイザックとロメオだ。

「アイザックとロメオも見学かい?」
「いやいや、そうではござらんよ。なあ、ナイル殿?」

 僕の問いかけに、アイザックがぶんぶんと尻尾を揺らしながら近づいてくるナイルを振り返る。

「もちろん。アイザックとロメオの二人には俺の機体の整備を頼んでいるんだ。こんなに強力な助っ人はないぜ」
「カナルフォード杯で、リーフたちの機体整備の手伝いをしただろ? その腕を見込まれたんだ」

 ナイルの返事にロメオが誇らしげに補足する。整備の際に出た黒血油こっけつゆで汚れた頬や服も、彼らにとっては勲章のようなものなのだろう。僕たちと武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯に出たときよりもずっと彼らの姿が大人びて見えた。

「二人ともすごいね。夢が叶っちゃいそう」
「うん。今、その入り口にいるって実感してる」
「ロメオ殿! まずは武侠宴舞ゼルステラ御用達のメカニックになるでござるよ~!」

 アルフェの感嘆の声にロメオとアイザックが興奮した様子で応じる。

「まあ、そのためには俺が活躍しないとだな」
「ナイル殿なら大丈夫でござる! このヤクトレーヴェなんて、拙者には鼻血ものでござるよ~!」

隠しきれない興奮に尻尾を大きく振りながらアイザックがナイルの新しい機体を示す。色はバーニングブレイズのトレードマークでもあった真紅を基調にしたものだ。

「ヤクトレーヴェとは……?」

 僕は初めて耳にした機体名だが、軍事科のホムもそれは同じだったらしい。興味を持って聞き返したホムに、ナイルは機体の脚部に触れながら微笑みかけた。

「まあ、簡単に言えば、対艦戦闘用の突撃仕様に改修されたレーヴェだ。帝国の主力艦隊ヘイムダルなどで編成されるんだが、大きく違うのは装甲配置だな」

 ナイルが全長8メートルの機体を見上げて、ホムの視線を誘導する。

 確かに全体的な印象はレーヴェに似ているが、細かな装甲の配置が異なっている。装甲配置に注目すれば、機体前面に装甲が集中しているのに対し、背部は骨組みフレームが剥き出しになっているという潔さだ。

 顔は騎士の兜を思わせ、レーヴェとよく似ているが特徴的な赤いたてがみはなく、代わりに鋭い突起が付いている。バーニングブレイズとして今後武侠宴舞ゼルステラに参加することを考えれば、突起は通信装置の類なのだろう。

 その他に特に目を引くのは背部の大きなバックパックだ。通常のレーヴェのものよりも大きく、追加のエーテルタンクと思しき増槽らしきものが追加されているのがわかる。

「……なるほど。装甲を前面に集中させたことで軽量化を実現し、噴射推進装置バーニアをバックパックに二基追加して機動力を上げているのですね」

 ホムの解釈にナイルだけでなく、機兵マニアを自負しているアイザックとロメオも大きく何度も頷いている。

「そうなのでござる! 機動力はレーヴェに比べて三割増加しているのでござるよ!」
「ただ、その軽量化と機動力に特化させた結果、機体の操縦性が非常にピーキー……おっと、ちょっと癖があって扱いづらいんだよね」

 そう言い添えながらロメオがナイルへと視線を移す。

「だが、それ故に乗りこなせる者は帝国の機兵部隊のエースと呼ばれる。戦闘では常に最前線を任されて戦地を疾走する非常に栄誉ある機体だ」
「しかも、しかもでござるよ! 本来は破槍砲という推進装置のついた槍を敵艦に投擲して攻撃を行うのでござるが、ナイル殿のこの機体は、破槍砲をオミットして彼のスタイルである剣と盾を装備しているのでござる!」
「……つまり、その扱いづらさを制し、なお自分のスタイルを貫くことができるのが、ナイル様ということですね」

 ホムが確かめるようにナイルに訊くと、ナイルは自信たっぷりに頷いた。

「そういうこと。こいつなら、エステアのセレーム・サリフともやり合える。そう思って、大学教授のツテを辿って無理言って一機回してもらったんだがなぁ……」

 苦笑を浮かべるナイルは、エステアとの再戦が叶わないことをまだ残念に思っているようだ。

「そのせいかどうかわからないが、どうも大闘技場コロッセオの客が朝から殺気立ってるんだよな……」

 言われてみれば、遠くで暴言とも野次ともつかない罵声が聞こえるような気もする。

「今回は賭け事はなかったはずでござるが、どうにも柄が悪いでござるな」
「そういう筋の人たちが混じってるのかもね。プロリーグってそういうのもあるみたいだし」
「……どうだかな……」

 ナイルは歯切れ悪く呟いて、新しい愛機を切なげに見上げている。きっとエステアとの再戦を願って、今日まで自身を鍛え直してきたのだろうと思うと彼の表情の意味が感じられるような気がした。

「…………」

 短い沈黙が降り、僕たちはそれぞれナイルの新しい機体――ヤクトレーヴェを見上げる。もうすぐこの機体の初陣だというのに、どうにも落ち着かない心持ちだ。

「……ナイル様」

 沈黙を破ったのはホムだった。重くなりかけたその場の空気を打ち破るように、ホムは微笑んでナイルを見上げて続けた。

「わたくしのアルタードと戦う、というのは選択肢にはありませんか?」
「お前の、アルタードと……?」

 ホムの言葉をナイルが呆けたように繰り返す。繰り返して呟いたことで、ホムの言葉の意味を理解したのか、ナイルが不意に笑い出した。

「ははははっ! そりゃいい! アルタードほどの好敵手なら、プロリーグの比じゃないな! ははっ! 俺はなにを拘ってたんだ……。エステア以外にも好敵手が出来たっていうのに……!」

 ナイルの表情に明るさが戻る。自嘲気味だった笑い声は、新たな好敵手を認知したことで、実に楽しげなものとなった。

「……好敵手と認めて頂けて、光栄にございます」
「良かったね、ホムちゃん」

 ホムの微笑みにアルフェも笑顔を浮かべる。

「はい。……ナイル様、わたくしと戦うまで決して――」
「負けねぇよ。そもそもこいつは、適性のある操手を探すための特別措置の意味合いもあるんだ。この機体でみすみすやられるなんて真似、恥ずかしくて出来ねぇよ」

 快活に笑うナイルは、もう戦いに挑み、楽しむ者の瞳になっている。彼の言葉で気づいたが、どうもこのヤクトレーヴェもまた、生徒の中から適性者を探すという、格納庫の中で眠っていたアルフェのレムレスと同じ扱いのようだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

処理中です...