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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第334話 混沌の焼き菓子

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 カオス焼きから柔らかな湯気が昇っている。ソースの上では干し魚を薄く削ったものが湯気と風に遊ばれるように踊り、美味しそうな匂いが食欲をそそった。



「熱々だから気をつけ――」
「は、はふっ……ん~~っ!」

 ヴァナベルの忠告も虚しく、一口でカオス焼きを頬張ったハーディアが足をばたばたとさせながら身悶えている。

「はははっ! 焼きたては熱いんだよ! おい、ヌメ、飲み物持っていってやれ!」
「は~い。さっき差し入れでもらったやつね~」

 ヌメリンがトレイに並べられた飲み物を僕たちに差し出す。ハーディアは真っ先にそれを受け取ると、一息にそれを半分ほど飲み干した。

「はーーーー。驚いた……だが、しかし美味じゃ! こんな旨いものにありつけるとは思わなかったぞ」

 機嫌良く笑いながら、ハーディアが残りの飲み物をちびちびと飲む。

「この飲み物も果汁の旨味がはじけるようじゃ。この街の者は洒落たものを好むのじゃな」
「この飲み物は~、ライルとジョストくんのアイディアなんだよ~。さっき差し入れでもらったの~」
「それなら、いつかトーチ・タウンの方でも飲めるかもね」
「まことか!?」

 アルフェの言葉に、ハーディアが嬉しそうに目を輝かせる。

「うん。ライルくん、ゆくゆくはお家を継ぐみたいだし、そうしたら綿飴と一緒に楽しめたりするかなって」

 あまりグーテンブルク坊やの進路について考えたことはなかったが、確かにその可能性はあるだろうな。このカナルフォード学園で生徒会として得た経験が、トーチ・タウンの催し事や祭礼にも活かされるかもしれない。

「それはいいな。ライルと言えば、グーテンブルク家か。奴等の統治はわらわも一目置いておる……」
「知っているのかい?」
「まあな」

 人のことを言えた義理ではないが、こんな少女が貴族の統治にまで注目するものなのだろうか。少し不思議に思ったが、ハーディアは尊大な態度で頷いただけだった。


 カオス焼きを食べ終えた後、綿飴屋の店主が差し入れたという綿飴をヴァナベルが僕たちに融通してくれた。

「……はあ、わらわは満足じゃ。綿飴まで献上されるとは、思い残すことはなにもない……」
「ははっ、よかったな! ちなみに、おっさんが言ってたんだけど、リーフの名を出せば幾らでも出すってさ!」
「ほうほう! それは良いことを聞いた。わらわも使わせてもらうとするかの」

 うっとりと綿飴を堪能していたハーディアが、ヴァナベルの入れ知恵に目を輝かせる。僕としてはちょっと気が引けるところなのだが、店主のおじさんがそうしたいというなら、止めない方がいいんだろうな。

 またなにか新しいアイディアを思いついたら、届けてあげよう。ヴァナベルとヌメリンによると、例のクリーパー粉を作った焼き菓子屋は大人気で早くも完売してしまったらしいし、綿飴とクッキーを組み合わせた新しいスイーツを考えてみても良さそうだ。

「混んでてどうしようと思ったけど、ハーディアちゃんが満足できて良かったね」
「そうですね。わたくしたちも、色々と頂けましたし」

 アルフェとホムも空腹が満たされて、かなり満足げだ。

「しかし、あのカオス焼きは癖になるな。次はどんな味だろうか想像するのも楽しければ、また同じ具が食べたいと思ったのに終ぞ当たらず、次の一皿とまた手が伸びる……なかなか上手い商売だ。トーチ・タウンで店を開けば繁盛するであろう」
「ふふっ。ワタシも地元でも食べられたらいいなって思ってた」

 ハーディアの感想に相槌を打ちながら、アルフェが嬉しそうに僕へと視線を移す。

「そうだね。綿飴屋のおじさんがとヌメリンが話してたから、もしかすると来年あたりに出店してくれるかもしれない」
「そうなったら、また献上してもらわねばな」

 僕たちの他愛もない会話にハーディアが大人びた笑顔を浮かべて言い添える。見た目は少女なのに、尊大な態度は相変わらずだ。

 先ほどアイザックに令嬢ではないと強めに否定していたところを見るに、もしかするとお忍びでやってきたどこかの令嬢なのかもしれないな。でも、僕としては訪れた人みんなにこの建国祭を楽しんでもらいたいと思っているので、余計な詮索は無用だろう。

「……さて、お前たち。わらわの案内、ご苦労だったな。お陰で楽しめたぞ。あのカオス焼きの店主にも礼を言ってくれ」

 ハーディアがわざわざ僕たちに伝言を頼むほど、カオス焼きは繁盛している。どうやら僕たちが来たときに空いていたのは、たまたま生地を焼くのに時間がかかるから人が離れていただけのことだったようだ。

「ワタシたちこそ、ありがとう。ハーディアちゃんの感想、新鮮ですごく楽しかったよ。良かったら、この後も――」

 アルフェの言葉を遮り、ハーディアは首を横に振った。

「いや、いい。この後は用事があるのであろう? わらわにはお見通しじゃ。Re:bertyリバティとやらのライブをするそうではないか?」
「うん、そうなの! ワタシがボーカルだから、見に来て!」
「……気が向いたらな」

 ハーディアはそう言うとベンチから立ち上がり、僕たちに背を向けた。

「さらばじゃ。まあ、また明日もどこかで会うだろうがな」
「そうだね。バイバイ、ハーディアちゃん!」

 アルフェの挨拶に合わせて、僕とホムも手を振る。ハーディアは僕たちを振り返らずに建国祭で賑わう人ごみのなかに消えていった。

「……行っちゃったね」

 エーテルの流れを追っているのか、アルフェがまだハーディアの後ろ姿を追うように向こうを見つめている。それにしても、突然現れた割に僕たちをかなり信頼していたようだし、今にして思えば初めて逢った気がしないな。あんな特徴的な姿なら、一度見たら忘れないだろうけれど。

「そうだね。まあ、迷子ではないみたいだし、大丈夫だと思うよ」
「……うん」

 相槌を打ちながら、アルフェはまだハーディアの気配を探しているようだ。

「どうかしたのかい、アルフェ?」
「ううん。あの子も不思議なエーテルだったなって思って。リーフとちょっと似てた」
「……じゃあ、子供扱いするなと怒ったのは、僕と同じだったのかもしれないね」

 もしそうなら、僕のエーテル過剰生成症候群について気づいたような口調だったのも、理解出来るような気がした。

「そうかもしれませんね。それにしても不思議な御方でした」

 ホムも同じように感じていたようで、もう見えなくなったハーディアの気配を追うように人の流れに目を凝らしている。

「明日また会えたらいいね」

 アルフェがぽつりと呟いたその時、ヴァナベルの声が頭上から降った。
「……おっ。あの女の子、帰っちまったのか?」
「うん。でも、カオス焼き美味しかったって」

 露店が一段落したのか、両手に袋をぶら下げて姿を現したヴァナベルは、得意気に胸を張った。

「だろうな! すっげー旨そうに喰うから嬉しくてさ! 土産にしてやろうって焼いたんだけど」

 耳をぴくぴくと動かしているのは、ヴァナベルなりにハーディアの気配を追おうとしているのだろう。それを感じ取ってか、アルフェが笑顔で付け加えた。

「明日も来るみたいだよ」
「そっか。なら、これをさ、リリルルに届けてやってくれないか?」
「リリルルちゃんに?」

 差し出されたカオス焼きはまだ温かい。

「そっ。商業区の広場で占い小屋やってんだけど、なんか繁盛しちゃってるらしくて客に伝言頼んで来たんだよ。多い分にはあいつらも喰うだろうからさ。あ、でっかい目印があるからすぐにわかると思うぜ」
「うん、わかった」

 アルフェがヴァナベルから受け取った袋を、僕もひとつ持つ。普段ならそこで手を差し伸べるホムが眉を下げて言いにくそうに切り出した。

「……あの、マスター……」
「もう時間かい、ホム?」

 時計はないが、そろそろRe:bertyリバティのリハーサルをする約束の時間が近いのは確かだ。僕が確かめると、ホムは笑顔を見せた。

「いえ、それにはまだ少し時間があるのですが、わたくし、時間前にもう少しだけ練習をしたくて……。お先にエステアと合流しても宜しいでしょうか?」
「構わないよ。エステアもきっと喜ぶだろうし。僕もアルフェとこれを届けたら、すぐに行くよ」
「えっ。リーフ、付き合ってくれるの?」

 僕がホムと生徒会の本部テントに戻ると思ったのか、アルフェが驚いた声を出す。僕がアルフェを置いていくことなんてないよ、と伝えたくて僕はアルフェに微笑みかけた。

「もちろん。リリルルの占い小屋も見ておかないとね」
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