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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第284話 メルアの過去

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 錬金釜を魔素液化触媒である錬金水で満たして五属性の魔石を溶かし込む作業も、これで三回目だ。現代では錬成を自動化されているというブラッドグレイルだが、仮に前世の知識がなかったとしても全自動化ではなく、手作業での錬成に拘るだろうな。

 全自動化は目的である人工魔石、ブラッドグレイルの錬成は出来ても、それ以上のことは望めない。だが、手作業での錬成は、その過程を自身の頭で考え、手に覚えさせる作業なのだ。

 ここでの小さな気づきを突き詰めていくことで、錬金術は進化していく。アルビオンが残した複雑な簡易術式を読み解くこと、魔墨の代わりに使う血を魔獣のものではなく女神アウローラのエーテルを浴びてエーテル過剰症候群になった僕の血を使うことが僕の気づきだ。

 まあ、僕の血というのが規格外で早々手に入るものではないのだけれど。

 出来上がった錬成液に以前の追試実験からもう少しだけアレンジした術式を描きながら、メルアの様子を窺う。大量の簡易術式を掘る大変な作業だが、メルアは根気強く作業をしている。

「……は~、やっと二枚~……」
「いいペースだよ。僕もあと一息だ」

 メルアが宙を仰いだので、僕も作業の手を止めて声をかけた。

「いやいやいや! ししょーのペースには負けるって! なんでアルビオンの複雑怪奇な簡易術式をオリジナルアレンジした上に、そんなスピードで描けるのか意味わかんないし!」

 手の緊張を解そうとしてか、メルアが左手で右手を揉んでいる。

「これでもアルフェの魔導杖と追試実験、それに今回で三回目になるしね。慣れもあると思うよ」

 実際慣れてきたので、メルアが必要とするなら量産も可能かもしれない。そういう意味で言ったのだが、メルアはいやいやと首を横に振った。

「う~。慣れって言うけどさぁ……」

 もしかして、やはり慣れない作業はかなり辛いのかもしれないな。メルアの意向を確認しておいた方がいいのかもしれない。

「……先に手が空くようなら手伝おうか?」
「えあっ!?」

 僕の問いかけにメルアが突然素っ頓狂な声を上げた。

「なにかまずかったかい?」

 さすがにちょっと僕の想像では補い切れないので直接聞いてみる。メルアは僕の書いた簡易術式の設計図に視線を落とし、小さく唸った。

「うーーーーー。その気持ちは滅茶苦茶嬉しいけど、頑張る」

 そう話すメルアは笑みを浮かべて僕を見つめている。どうやら僕は選択を間違えた訳ではないらしい。

「どうしてか聞いてもいいかい?」
「もちろん。だってさ、うちだって、マリーにあげるものだから良いものにしたいし、ししょーに頼り切りにしたら、うちからのプレゼントになんないじゃん」
「材料は提供してくれてるよ。プレゼントを買うよりはずっと労力を使っているんじゃないかな?」

 そもそもプレゼントなのだ。マリーの注文に律儀に応えるのはメルアの善意でしかないのではないだろうか。そう思って問いかけると、メルアは困ったように眉を下げた。

「そりゃそうだよ。だけど、それだけじゃ、錬金術師としてビミョーなんだよねぇ。いや、ししょーのアイディアをうちが聞いて短期間で実現出来るってわけじゃないから、手伝ってもらって大正解だし、ししょーの凄さを目の当たりにして益々やる気が出てるってのはすっごくいいことなんだけど」

 メルアはそこまで早口で言ったあと、思い出したように深呼吸した。

「だからほんとーにありがとう! ししょーの弟子でめっちゃ幸せだよ」
「……それならよかった。もし、僕が出しゃばり過ぎてしまっているなら教えて欲しいな」

 メルアの口からこうして幸せだと聞くとは思わなかったので、少し不意を突かれてしまったが、一応自分の意思も伝えておく。

「そんなことは、ぜーったいにない! ししょーはもっとグイグイ前に出て、厳しくバンバン教育してくれてもいいぐらいだよ! もー、ほんと優しすぎるし、うちは恵まれてるって!」
「……僕としても君を弟子に持てたのは幸運だね」

 感謝の気持ちを伝えておきたくてそう言うと、メルアは不思議そうに目を瞬いた。

「どうして?」
「君は頼るところは頼る、自分でやることはやるってしっかりと考えられてる。それが僕にはすごくいい勉強になるんだ」
「……ししょーも勉強になること、あるんだ……」

 ――さすがにそれは僕を買いかぶり過ぎているよ、メルア。そう思ったけれど、少し言葉を変えて彼女に伝えることにした。僕はきっと自分の欠点を上手く人に見せられていないから。

「年齢的にも下だし、僕は人に頼ったりするのが苦手だからね。メルアはすごいと思うよ」
「そう? んー、でも、今のうちがあるのってエステアとマリーのお陰もあるんだよね。入学した当初はさ、実家の財産のこともあったし、天才錬金術師って肩書きみたいのがあったから、平民なのに貴族寮に入れられて、周りからの嫌がらせが酷かったし」

 話しながらメルアが簡易術式を彫る作業をゆっくりと再開する。僕もメルアに続いて、錬成陣を書く作業に戻った。

「……でも、エステアとはルームメイトだったんだろう?」
「実はその前にもルームメイトはいたんだ。でも、なんか合わなくて……」

 詳細を言いたくなさそうなので僕としても聞かないが、メルアの表情から察するにかなりの嫌がらせを受けた様子だ。

「で、そんなうちのことを、差別しないでフツーに接してくれたのがエステアとマリーなんだよね。エステアはうちのために部屋を変えてルームメイトになってくれた」

 ああ、メルアとエステアは元々のルームメイトではなかったのか。メルアが語ってくれなかったら知らないままだったな。エステアの口からは聞くこともなかっただろうし。

「だけど、二人ともやっぱり凄いから、陰口は止まらなくて。うちのために二人まで悪く言われるのは嫌だからさ、絶対周りのやつを見返してやるって、だから特級錬金術師の資格を取ったんだよね」

 なんだか不思議な言い方だった。てっきりメルアは特級錬金術師を目指してこの学園に入ったものとばかり思っていたけれど、もしかして違うのだろうか。

「……特級錬金術師の資格は、元々取る気はなかったのかい?」
「卒業するまでに取れたらってぐらいの感覚だったんだよね。在学中は資格っちゅー肩書きよりもさ、なんか錬金術を極めたいみたいなところがあって。だけど、貴族寮に入って思い知らされた。この世界って地位も名誉もないと、とことん差別される」
「……まあ、そうだろうね」

 悔しげなメルアに僕は苦く笑って相槌を打った。実際問題、亜人差別の渦中にいるF組の僕としても、メルアの感じていた問題は強く実感している。

「しかもさ、天才錬金術師なんてもてはやされてたはずなのに、いざ特級錬金術師を取るって言ったら、応援してくれる人がほとんどいなかったのが、また痛かったんだよね」
「……理由を聞いてもいいかな?」

 苦々しく呟くメルアだが、その視線は簡易術式を彫る手元に真摯に注がれている。それがメルアの当時の決意を物語っているようで、少し安心して続きを聞くことが出来た。

「だって、在学中のしかも一年生が特級錬金術師に合格っていうのは前代未聞だもん。もし試験に落ちたら『天才錬金術師』ってうちに期待してくれてた人の評判はがた落ちだし、責任問題みたいなのもあるじゃない? 学園に紹介してくれた人もさ、もっとゆっくりでいいんじゃないかって何度も説得してきたんだけど、エステアとマリーが絶対大丈夫だからって、太鼓判を押してくれてどうにか推薦にこぎつけたんだよね」
「……そんな話、聞かなかったけど?」
「いやいや、実は反対してたなんて、うちが合格したところで言うわけないでしょ! むしろ『やっぱり合格すると思っていました』とか『天才錬金術師を見抜いた私の目に狂いはなかった』とか、手のひらくるーってなるに決まってるじゃん!」

 ああ、なるほど。そういう保守的なところは錬金学会もあまり変わっていないようだな。いつの時代も地位と名誉を手に入れた者が考えそうなことではある。

「まあ、うちもさ、もし落ちたら……とか思うと正直怖くて仕方なかった。けど、エステアとマリーが絶対合格するって信じてくれて、だから、うちも自分を信じられたんだよね。なんといっても、天才美少女錬金術師メルアちゃんですから!」
「うん、そうだね」

 話を聞きながら、簡易術式を描き終えたので、筆を置く。

「……術式起動」

 詠唱とともに錬成液に手を翳してエーテルを流すと、錬成液は金色の煌めきを伴ってざわめき、ゆっくりと宙に浮かび上がった。

「へっ!?」

 僕の詠唱に反応したメルアが驚きの声を上げる。

「も~! 真の天才に『天才美少女錬金術士メルアちゃん』を肯定されたところで、説得力全然ないんですけど~」

 術式とエーテルに反応して凝固した錬成液は、紫色の丸い宝石となって僕の手のひらに収まっている。

「それで、続きを聞いてもいいかい?」

 このままだとメルアにまた褒めちぎられそうなので、話を戻すと、メルアはふっと笑って息を吐いた。
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