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第四章 絢爛のスクールフェスタ
第278話 感謝の祈り
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結論から言えば、アルフェの悩みは歌唱そのものではなく、自分の感情の込め方というなんとも繊細なところにあった。
人一倍想像力の豊かなアルフェを悩ませている『感謝の祈り』の歌詞を、今一度振り返ってみると、単に楽曲として聞いていた時とは違う印象を持った。
アルフェとひとつひとつ紐解くために『感謝の祈り』の歌詞を書き起こしてみる。
『感謝の祈り』
目覚めてから 探し始めた
ワタシはダレ?
そんなの誰も おしえてくれない
不安抱えて 夜を過ごした
ねえ誰か 私をここから連れ出して
逃げ出した先で 偶然出会った
貴方はダレなの?
私がダレか おしえて
貴方の言葉 不安を紡ぎ
だけど私の全て思い出させる
だから私は歌い続ける 貴方と出会えた喜び噛み締めて
こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない
不安に抱かれて 闇が堕ちる
ねえ誰か このまま消しさってよ
逃げられないのは知ってる
答えのない自問自答が続く
貴方にだけは 私の全て 知っててほしい
貴方の言葉は不安を拭い そして私の未来を書き換えてゆく
だから私は歌い続ける
貴方と出会えた 喜びを今
貴方の優しさに 抱かれて
昨日までの涙を振り払って
私は真っ直ぐに 踏み出して
新しい明日を迎えるの
愛する事を知った 喜びを
翻弄する運命への 怒りを
願っても届かない 哀しみを
貴方と過ごした 楽しさを さぁ
こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない
それら全てとの出会いに 精一杯の感謝を込めて君に伝えたい
私は歌い続けるよ
こうして書き出してみると、感情に訴えかける歌声だと思っていたが、そもそも感情について強く訴えているのだということがわかる。
これだけ喜怒哀楽を、流し聞いただけではそれと感じさせずに情感豊かに歌い上げているのは歌い手のずば抜けた歌の才能あってのことだろう。
アルフェの話によると、この歌の歌詞は歌い手であるニケーの人生を歌い上げたものらしい。だが、それはアルフェの人生とは掛け離れている。自分が何者かについて疑問を抱いたことはもちろんないし、それについて不安を抱えたこともないのだから、それは当然だろう。
「……ニケーさんじゃないワタシは、どうやって感情を表現したらいいんだろう。想像出来ないわけじゃないの。だけど、想像だけじゃ本物には勝てない。薄っぺらいものになっちゃう。ワタシもね、歌が好きだよ。だから、本気で表現したいの」
「言いたいことはわかるよ、アルフェ」
アルフェのもどかしそうな表情と言葉を聞けば、表に全部出さなくてもアルフェがどれだけ悩んでいるかはわかる。
「少しニケーについての情報を整理してみようか」
提案しながら、僕はニケーの人生に関する情報を辿った。
何度も出てくる「私はダレ?」の問いかけは、ニケーが記憶喪失の旅芸人であったことに由来する。彼女は、劇団で歌を歌う中で一人の男性に恋をし、その恋を通じて記憶を取り戻す。だが、その記憶は彼女にとって喜ばしいものではなかった。
歌詞に繰り返し登場する苦悩の言葉は、過去の自分を受け入れられず苦しむ姿だ。だが、歌は感謝の祈りを込めて続いて行く。それは、彼女が恋人に愛を教えられたことで過去と自分に与えられた運命を乗り越え、また歌を愛することができたという喜びに繋がるのだ。
「……だからニケーさんは、この歌をみんなに届けたいって、そういう気持ちを込めて歌い上げてるんだよね」
ひとつひとつの情報を二人で辿ることで、アルフェの想像が次第に膨らんでいく予感があった。
僕自身は想像力が豊かな方ではないけれど、だけどニケーの歌詞には共感出来る部分がかなりあるな。
幸か不幸か僕は記憶を失ったことはないし、前世の記憶を持って生まれたことで、いかに自分が幸福を知らなかったかということを思い知らされ続けてきたわけだが、今はもうそれを乗り越えた場所にいる気分だ。
たとえるなら、自分の前世を俯瞰して、高いところから見ている――そうした感覚に似ているのかもしれない。
問題はアルフェにそれをどう、自分のことのように想像させてあげられるかってことだな。まさか僕の前世のことを言うわけにもいかないし、今世で起きたことと結びつけてあげるのがいいかもしれない。
「……僕とアルフェは、小さい頃からずっと一緒だったよね。アルフェは覚えていないかもしれないけど、僕はアルフェのお陰で自分のことが好きになれた。今の僕があるのはアルフェのお陰なんだ……。だから、この歌詞の意味が僕には少しわかるよ」
かなりぼかした言い方だが、アルフェは僕の言葉に真剣に耳を傾け、それから頬を薔薇色に染めて目を潤ませて頷いた。
「アルフェも! アルフェも、小さいころはライルくんにいじめられたりして、弱くて、すぐ泣いちゃって……。だから強くなりたくて、武侠宴舞でそれをリーフに絶対見せたいって……だから、だから……っ」
アルフェが感極まって声を詰まらせている。でも、言いたいことが通じたのが、はっきりとわかった。
「うん、アルフェが言いたいこと、わかるよ。この歌はね、ニケーみたいに波瀾万丈な人生を送っている人にしか歌えないわけじゃない。大切な人を想って、強くありたいと願う自分を誇るために歌う歌なんだ」
「リーフのことを想ったら、歌える! ワタシにとっての『貴方』はリーフだから!」
アルフェが潤んだ瞳を輝かせて僕を真っ直ぐに見つめる。ああ、いつだってアルフェは想像力豊かで、真っ直ぐで、本当に綺麗だ。
人一倍想像力の豊かなアルフェを悩ませている『感謝の祈り』の歌詞を、今一度振り返ってみると、単に楽曲として聞いていた時とは違う印象を持った。
アルフェとひとつひとつ紐解くために『感謝の祈り』の歌詞を書き起こしてみる。
『感謝の祈り』
目覚めてから 探し始めた
ワタシはダレ?
そんなの誰も おしえてくれない
不安抱えて 夜を過ごした
ねえ誰か 私をここから連れ出して
逃げ出した先で 偶然出会った
貴方はダレなの?
私がダレか おしえて
貴方の言葉 不安を紡ぎ
だけど私の全て思い出させる
だから私は歌い続ける 貴方と出会えた喜び噛み締めて
こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない
不安に抱かれて 闇が堕ちる
ねえ誰か このまま消しさってよ
逃げられないのは知ってる
答えのない自問自答が続く
貴方にだけは 私の全て 知っててほしい
貴方の言葉は不安を拭い そして私の未来を書き換えてゆく
だから私は歌い続ける
貴方と出会えた 喜びを今
貴方の優しさに 抱かれて
昨日までの涙を振り払って
私は真っ直ぐに 踏み出して
新しい明日を迎えるの
愛する事を知った 喜びを
翻弄する運命への 怒りを
願っても届かない 哀しみを
貴方と過ごした 楽しさを さぁ
こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない
それら全てとの出会いに 精一杯の感謝を込めて君に伝えたい
私は歌い続けるよ
こうして書き出してみると、感情に訴えかける歌声だと思っていたが、そもそも感情について強く訴えているのだということがわかる。
これだけ喜怒哀楽を、流し聞いただけではそれと感じさせずに情感豊かに歌い上げているのは歌い手のずば抜けた歌の才能あってのことだろう。
アルフェの話によると、この歌の歌詞は歌い手であるニケーの人生を歌い上げたものらしい。だが、それはアルフェの人生とは掛け離れている。自分が何者かについて疑問を抱いたことはもちろんないし、それについて不安を抱えたこともないのだから、それは当然だろう。
「……ニケーさんじゃないワタシは、どうやって感情を表現したらいいんだろう。想像出来ないわけじゃないの。だけど、想像だけじゃ本物には勝てない。薄っぺらいものになっちゃう。ワタシもね、歌が好きだよ。だから、本気で表現したいの」
「言いたいことはわかるよ、アルフェ」
アルフェのもどかしそうな表情と言葉を聞けば、表に全部出さなくてもアルフェがどれだけ悩んでいるかはわかる。
「少しニケーについての情報を整理してみようか」
提案しながら、僕はニケーの人生に関する情報を辿った。
何度も出てくる「私はダレ?」の問いかけは、ニケーが記憶喪失の旅芸人であったことに由来する。彼女は、劇団で歌を歌う中で一人の男性に恋をし、その恋を通じて記憶を取り戻す。だが、その記憶は彼女にとって喜ばしいものではなかった。
歌詞に繰り返し登場する苦悩の言葉は、過去の自分を受け入れられず苦しむ姿だ。だが、歌は感謝の祈りを込めて続いて行く。それは、彼女が恋人に愛を教えられたことで過去と自分に与えられた運命を乗り越え、また歌を愛することができたという喜びに繋がるのだ。
「……だからニケーさんは、この歌をみんなに届けたいって、そういう気持ちを込めて歌い上げてるんだよね」
ひとつひとつの情報を二人で辿ることで、アルフェの想像が次第に膨らんでいく予感があった。
僕自身は想像力が豊かな方ではないけれど、だけどニケーの歌詞には共感出来る部分がかなりあるな。
幸か不幸か僕は記憶を失ったことはないし、前世の記憶を持って生まれたことで、いかに自分が幸福を知らなかったかということを思い知らされ続けてきたわけだが、今はもうそれを乗り越えた場所にいる気分だ。
たとえるなら、自分の前世を俯瞰して、高いところから見ている――そうした感覚に似ているのかもしれない。
問題はアルフェにそれをどう、自分のことのように想像させてあげられるかってことだな。まさか僕の前世のことを言うわけにもいかないし、今世で起きたことと結びつけてあげるのがいいかもしれない。
「……僕とアルフェは、小さい頃からずっと一緒だったよね。アルフェは覚えていないかもしれないけど、僕はアルフェのお陰で自分のことが好きになれた。今の僕があるのはアルフェのお陰なんだ……。だから、この歌詞の意味が僕には少しわかるよ」
かなりぼかした言い方だが、アルフェは僕の言葉に真剣に耳を傾け、それから頬を薔薇色に染めて目を潤ませて頷いた。
「アルフェも! アルフェも、小さいころはライルくんにいじめられたりして、弱くて、すぐ泣いちゃって……。だから強くなりたくて、武侠宴舞でそれをリーフに絶対見せたいって……だから、だから……っ」
アルフェが感極まって声を詰まらせている。でも、言いたいことが通じたのが、はっきりとわかった。
「うん、アルフェが言いたいこと、わかるよ。この歌はね、ニケーみたいに波瀾万丈な人生を送っている人にしか歌えないわけじゃない。大切な人を想って、強くありたいと願う自分を誇るために歌う歌なんだ」
「リーフのことを想ったら、歌える! ワタシにとっての『貴方』はリーフだから!」
アルフェが潤んだ瞳を輝かせて僕を真っ直ぐに見つめる。ああ、いつだってアルフェは想像力豊かで、真っ直ぐで、本当に綺麗だ。
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