上 下
278 / 396
第四章 絢爛のスクールフェスタ

第278話 感謝の祈り

しおりを挟む
 結論から言えば、アルフェの悩みは歌唱そのものではなく、自分の感情の込め方というなんとも繊細なところにあった。

 人一倍想像力の豊かなアルフェを悩ませている『感謝の祈り』の歌詞を、今一度振り返ってみると、単に楽曲として聞いていた時とは違う印象を持った。

 アルフェとひとつひとつ紐解くために『感謝の祈り』の歌詞を書き起こしてみる。

『感謝の祈り』

目覚めてから 探し始めた
ワタシはダレ?
そんなの誰も おしえてくれない

不安抱えて 夜を過ごした  
ねえ誰か 私をここから連れ出して

逃げ出した先で 偶然出会った
貴方はダレなの?
私がダレか おしえて

貴方の言葉 不安を紡ぎ
だけど私の全て思い出させる

だから私は歌い続ける 貴方と出会えた喜び噛み締めて

こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない

不安に抱かれて 闇が堕ちる
ねえ誰か  このまま消しさってよ
逃げられないのは知ってる

答えのない自問自答が続く
貴方にだけは 私の全て 知っててほしい
貴方の言葉は不安を拭い そして私の未来を書き換えてゆく

だから私は歌い続ける
貴方と出会えた 喜びを今

貴方の優しさに 抱かれて
昨日までの涙を振り払って

私は真っ直ぐに 踏み出して
新しい明日を迎えるの

愛する事を知った 喜びを
翻弄する運命への 怒りを
願っても届かない 哀しみを
貴方と過ごした 楽しさを さぁ 

こんな過去なら 欲しくなかった
ワタシはなに?
そんなの誰も 望んでない

それら全てとの出会いに 精一杯の感謝を込めて君に伝えたい

私は歌い続けるよ


 こうして書き出してみると、感情に訴えかける歌声だと思っていたが、そもそも感情について強く訴えているのだということがわかる。

 これだけ喜怒哀楽を、流し聞いただけではそれと感じさせずに情感豊かに歌い上げているのは歌い手のずば抜けた歌の才能あってのことだろう。

 アルフェの話によると、この歌の歌詞は歌い手であるニケーの人生を歌い上げたものらしい。だが、それはアルフェの人生とは掛け離れている。自分が何者かについて疑問を抱いたことはもちろんないし、それについて不安を抱えたこともないのだから、それは当然だろう。

「……ニケーさんじゃないワタシは、どうやって感情を表現したらいいんだろう。想像出来ないわけじゃないの。だけど、想像だけじゃ本物には勝てない。薄っぺらいものになっちゃう。ワタシもね、歌が好きだよ。だから、本気で表現したいの」
「言いたいことはわかるよ、アルフェ」

 アルフェのもどかしそうな表情と言葉を聞けば、表に全部出さなくてもアルフェがどれだけ悩んでいるかはわかる。

「少しニケーについての情報を整理してみようか」

 提案しながら、僕はニケーの人生に関する情報を辿った。

 何度も出てくる「私はダレ?」の問いかけは、ニケーが記憶喪失の旅芸人であったことに由来する。彼女は、劇団で歌を歌う中で一人の男性に恋をし、その恋を通じて記憶を取り戻す。だが、その記憶は彼女にとって喜ばしいものではなかった。

 歌詞に繰り返し登場する苦悩の言葉は、過去の自分を受け入れられず苦しむ姿だ。だが、歌は感謝の祈りを込めて続いて行く。それは、彼女が恋人に愛を教えられたことで過去と自分に与えられた運命を乗り越え、また歌を愛することができたという喜びに繋がるのだ。

「……だからニケーさんは、この歌をみんなに届けたいって、そういう気持ちを込めて歌い上げてるんだよね」

 ひとつひとつの情報を二人で辿ることで、アルフェの想像が次第に膨らんでいく予感があった。

 僕自身は想像力が豊かな方ではないけれど、だけどニケーの歌詞には共感出来る部分がかなりあるな。

 幸か不幸か僕は記憶を失ったことはないし、前世の記憶を持って生まれたことで、いかに自分が幸福を知らなかったかということを思い知らされ続けてきたわけだが、今はもうそれを乗り越えた場所にいる気分だ。

 たとえるなら、自分の前世を俯瞰して、高いところから見ている――そうした感覚に似ているのかもしれない。

 問題はアルフェにそれをどう、自分のことのように想像させてあげられるかってことだな。まさか僕の前世のことを言うわけにもいかないし、今世で起きたことと結びつけてあげるのがいいかもしれない。

「……僕とアルフェは、小さい頃からずっと一緒だったよね。アルフェは覚えていないかもしれないけど、僕はアルフェのお陰で自分のことが好きになれた。今の僕があるのはアルフェのお陰なんだ……。だから、この歌詞の意味が僕には少しわかるよ」

 かなりぼかした言い方だが、アルフェは僕の言葉に真剣に耳を傾け、それから頬を薔薇色に染めて目を潤ませて頷いた。

「アルフェも! アルフェも、小さいころはライルくんにいじめられたりして、弱くて、すぐ泣いちゃって……。だから強くなりたくて、武侠宴舞ゼルステラでそれをリーフに絶対見せたいって……だから、だから……っ」

 アルフェが感極まって声を詰まらせている。でも、言いたいことが通じたのが、はっきりとわかった。

「うん、アルフェが言いたいこと、わかるよ。この歌はね、ニケーみたいに波瀾万丈な人生を送っている人にしか歌えないわけじゃない。大切な人を想って、強くありたいと願う自分を誇るために歌う歌なんだ」
「リーフのことを想ったら、歌える! ワタシにとっての『貴方』はリーフだから!」

 アルフェが潤んだ瞳を輝かせて僕を真っ直ぐに見つめる。ああ、いつだってアルフェは想像力豊かで、真っ直ぐで、本当に綺麗だ。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

処理中です...