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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第260話 初詣の願い

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「おいしーい! 甘酸っぱい苺の味がする~!」

 竜堂の脇にある長椅子ベンチに並んで腰かけ、店主からもらった綿飴を一口食べたアルフェが嬉しそうに足を揺らしている。

 苺のピンク、葡萄の紫、レモンの黄色、メロンの緑色と見た目にも鮮やかな綿飴は、口許に近づけただけで新鮮な果物の香りが柔らかく甘く漂う。

「こちらのレモンも美味しいです。今朝頂いた柚子と風味が似ていますね」
「同じ柑橘類に属しているのよ。柚子は苦みがあるから、基本的には香り付けなのだけれど」

 アルフェに相槌を打ったホムに、エステアが補足する。ちょうど今朝お雑煮を食べたばかりということもあり、エステアの説明も興味深い。エステアはメロン味の綿飴に舌鼓をうち、顔を綿飴で汚さないよう器用に食べ進めて行く。

 僕もエステアを真似て葡萄の綿飴を一口かじった。甘いものは苦手だと思っていたが、葡萄の酸味と爽やかな香りが加わったことで、綿飴への印象が一変した。

 同じ砂糖菓子でもただの飴とは違って、加熱して綿状にしていることで、口当たりも軽い。どうして子ども達が自分の顔よりも大きい綿飴を求めて行列を成しているのか昔は不思議に思っていたが、今はその並んででも食べたいという気持ちがわかる気がした。

 しかもそれが僕の呟きを拾って、こうしてあるのだというのも感慨深い。あの店主は本当にひたむきにこの綿飴の開発に打ち込んでくれたのだろう。子どもの戯れ言だと笑うこともなく、真剣に向き合ってくれたのだと、この味を知って強く実感した。

「……リーフ、どうしたの?」

 考えごとをしているうちに、綿飴を食べ進める手が止まっていたらしい。あっという間に苺の綿飴を食べ終えたアルフェに顔を覗き込まれて、僕は苦笑を浮かべた。

「いや、自分がただ呟いただけのものが、こうして形になるのは面白いなと思って――」
「ただ呟いただけじゃないよ。リーフのあれは、立派なアイディアだったもん! 本当にあったら素敵だなってあのおじさんも思ったから、こうして作ってるんだよ」

 僕の発言にアルフェが真剣に反論してくる。

「ねえ、ホムちゃん!」
「ええ。さすがです、マスター」

 アルフェに同意を求められて、ホムも強く頷く。情報として記憶を同期させているホムには、その時の記憶を客観的に思い出すことが出来るはずだ。

 やれやれ、ホムにまでそう言われたのなら、アルフェの指摘はもっともなんだろうな。ここは僕も素直に喜んでおくべきところなのだろう。

「……そういえば、錬金術でもそうではないの?」

 エステアに不思議そうに問いかけられて、どうして今の自分がそう感じたのかわかった気がした。

「それを形にするのはいつでも自分だからね」
「誰かに託すのも悪くないんじゃないかしら」

 要するにそういうことなのだろう。僕は前世の影響で他人を信頼していないところがある。だから、屋台でほんの一瞬だけ関わったあの店主にここまでの影響を与えていたことが信じられなかったのだ。

 でも、今は違う。アルフェとホム、それにエステアのお陰で他人に期待してもいいのだと思えてきた。

 こういうアドバイスをさりげなく出来るあたり、エステアは他人のことを良く見ているな。僕ももう少し他人に対して踏み込んでもいいのかもしれない。もっとも無意識でやっているところがあるので、この先は意識的に働きかける必要があるのだろうけれど。

「……調子が戻ってきたみたいだね、エステア」
「甘い物を食べると、なんだか元気が出るみたいね」

 軽口を叩くように微笑むエステアは、少し気分を持ち直した様子だ。けれど、気を遣って無理をしている感じも否めないのは、やはり彼女の弱みを見せようとしない性格によるものなんだろうな。

 悩みがあること自体は打ち明けてくれたわけだし、ここで聞き出すより、エステアが話してくれるのを待ってみることにしよう。


 綿飴を食べたあと、アルフェの希望であの店に戻り、店主から黒竜神にお供えする用の綿飴を人数分買い求めてお参りをした。

 竜堂には黒竜神へのお供え物が溢れ、色鮮やかに積み上げられている。

「ここで手を合わせて、願いごとを言うの。きっと叶えてくれるよ」

 エステアに作法を教えながらアルフェがお手本を示す。エステアがそれに倣うのを見届け、僕とホムも黒竜神に新年の願いごとをした。

「さっ、戻ろっか」

 顔を上げたアルフェがくるりと背を向け、僕たちを促す。次の参拝客のために竜堂の脇に逸れると、笑顔のアルフェが僕と手を繋いできた。

「リーフはなにをお願いしたの?」
「僕は、アルフェとホムの願いが叶うようにお願いしたよ」
「じゃあ、きっと叶うね!

 アルフェが嬉しそうに僕と指を絡めて手を繋ぎ直す。

「ワタシ、リーフと一緒にいられますようにってお願いしたんだもん」
「わたくしもマスターと一緒にいられますよう、お願いいたしました」

 アルフェの言葉にホムが続き、僕に寄り添う。この流れだと、エステアの願いを聞けるかもしれないな。さて、どう切り出したものか――

「エステアはなんとお願いしたのですか?」

 僕が思案しているうちに、ホムがエステアに訊ねた。

「……私?」

 エステアは驚いたようだが、嫌な顔はしなかった。そういえば、昨晩二人で出かけてから、エステアとホムの距離が縮まったような気がする。以前は「エステア様」と敬称で呼んでいたホムだったが、今は敬称をつけずに呼びかけている。

「……学園に混乱や争いが起こらず、よりよい方向に向かっていくように」

 個人の願いというよりは、生徒会長としての願いごとだった。自分のために願わないあたりはエステアらしいな。けれど、どうしてそんな願いごとをしたのだろう。

「……混乱や争い……穏やかではないね。なにか心当たりでもあるのかい?」

 聞くなら今しかないと思い、思い切って訊ねてみた。

「ええ……」

 エステアは頷くと、周囲を気にしてか竜堂の人だかりから少し距離を取るように後退し、声をひそめた。

「実は、二月中旬に行われる生徒会総選挙のことで悩んでいるの。今回は前回ほど自分に票が集まらないかもしれない……」

 明言を避けたが、武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯で僕たちに負けたのが主な原因だろう。そもそも、エステアが生徒会長に抜擢されたのは、昨年度の武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯の優勝がきっかけなので、その悩みも頷ける。だとすると、エステアの剣の迷いというのも、ホムに負けたことに起因しているのかもしれないな。

 そうなると、学園の混乱や争いにかかわってくるのはイグニスしかいない。前回の選挙でエステアに負けたイグニスは、これを機に生徒会長の座を奪いにくるだろう。そうなれば、エステアが目指している差別のない学園とは対極へと向かってしまう。大きな混乱や争いが起こるのは目に見えている。

「味方は多いし、君がイグニスに負けるとは思えないけれど」
「……ありがとう。強い助っ人も戻ってはくるのよ。だけど、それはそれで悩みの種ではあるの……」

 そう切り出したエステアの説明によると、現在は休学しているマリアンネ・フォン・ベルセイユというベルセイユ伯爵家の令嬢が三学期に合わせて戻ってくるらしい。

 このマリアンネはマリーという愛称を持ち、エステアとは幼馴染みなのだが、常識と落ち着きに欠けており、訓練も兼ねて帝国軍で勤めることになったようだ。

「元々はマリーも書記で生徒会にいたのよ。でも、イグニスとの折が合わなさすぎて、あのままいけば学園はマリーとイグニスで貴族派閥の全面戦争になっていたかも……」

 当時のことを思い出しているのかエステアの顔が強ばっている。強い助っ人であり、悩みの種というのもその表情がなによりも雄弁に物語っていた。

「イグニスは武侠宴舞ゼルステラで負けていますが……」
「だからよ。きっとどんな汚い手でも使ってくるわ。そんな相手に負けるわけにはいかないの。でも、私も負けている身だから……」

 武侠宴舞ゼルステラの話題を意図的に避けようとしていたエステアだったが、ホムからイグニスの話題として触れられたのを無視するわけにはいかなかったのだろう。けれど、そこまで言って口を閉ざしてしまった。

「……武侠宴舞ゼルステラが理由だったら、大会で優勝したワタシたちにはかなりの影響力があるってことだよね? エステアさんの力になれないかな?」

 沈黙を破ったのはアルフェだった。僕にも納得出来るし、エステアとホムを傷つけない優しい言い方を選択出来るあたりは、さすがアルフェだな。

「……影響力で言えばそうかもしれないね。亜人差別は、僕たち1年F組にも直接関わりのあることだし、放ってはおけない」

 けれど、僕たちに出来ることはなんだろうか。立候補なんて目立つ真似は絶対に出来ないし、したくない。

 そこまで考えて、生徒会は総選挙によって選ばれることに改めて気づいた。総選挙ということは、投票前に選挙期間があるはずだ。

「ねえ、エステア。君さえよければ、僕たちで選挙活動を手伝う、というのはどうかな?」
「……手伝ってくれるの?」

 不意を突かれたように驚くエステアに向かって、アルフェとホムがほとんど同時に手を挙げた。

「もちろん! エステアさんを応援する!」
「わたくしも全力で応援します、エステア!」

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