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第三章 暴風のコロッセオ

第243話 決着

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-----ホム視点-----


 ――真っ暗で、何も見えない。

 全身が悲鳴を上げて、刺すような痛みがわたくしを蝕んでいる。

「アルタード! アルタード!」
「アルタード! アルタード!」

 観客席の声援が遠く聞こえてくる。エステア様と激戦を繰り広げているはずなのに、F組の姿が目の前を過り、ファラ様たちに笑いかけられたような気がした。

「ホム! 戻ってこい!」
「負けるんじゃねぇ! 諦めんなよ!!」
「ここで終わりじゃないよぉ~!」

 温かい声が耳に届くと、痛みを少しだけ忘れることが出来た。

「エステア! エステア!」
「エステア! アルタード!」

 エステア様への声援が聞こえてくる。
 わたくしは今、一体どこにいるのだろう。

 身体の感覚がほとんどない。今いるこの空間が現実なのか夢なのかわからない。

 アルフェ様はどこだろう。

 マスターはまだ大闘技場コロッセオに残っていらっしゃるのだろうか。

 首を巡らせたところで、アルフェ様の甘い香りが鼻先に触れたような気がした。

「ホムちゃん!」
「ホム!」

 アルフェ様とマスターの声が聞こえた気がして、わたくしは目を見開いた。

 薄くぼんやりとした霧の中に、お二人の姿が見えたような気がする。その背後には刀を構えたセレーム・サリフが浮かび上がる。

「マス……ター……?」

 こんなところに生身のマスターがいるはずがない。だとすれば、わたくしは夢を見ているのだろうか。決勝戦は一体どうなったのだろう。わたくしは最後の力を振り絞って、それで――

『ホム!!』

 耳に衝撃を感じると同時に、マスターの激励が届いた。

「マスター!!」

 重い頭を起こし、首を巡らせる。

 わたくしはまだ、大闘技場コロッセオの中心にいる。

 ――戦いはまだ続いている!

 身体はもう魔力切れ寸前なのだ。ほんの数秒、意識が飛んだのだと理解するのと同時に、わたくしは左手を右腕の操縦桿に添えた。操縦桿は、今のわたくしにとって動かし難いほど固く重くなってしまっている。

 満身創痍のアルタードは、黒血油こっけつゆがもう枯渇してしまっている。あと一歩で拮抗しているセレーム・サリフを破ることが出来るのに。失血死なんて終わりは迎えたくない。もう一矢報いたい。

「動いて――動いてください、アルタード!」

 腕の骨が軋むほど強くわたくしは全身の力を込めて操縦桿を押し込んだ。わたくしの想いが通じたのか、操縦桿が前に倒れる。

雷鳴瞬動ブリッツレイド!!」

 帯電布に残された雷のエーテルがわたくしの叫びに反応する。正真正銘これが最後の加速だ。

「うぅ、あぁっ、ああああああ!」

 全身が悲鳴を上げている。びりびりと空気が震えているのは、わたくしとエステア様の力が勢いを増して激突しているからだ。

「負けない! あなたの全力を私は超える、超えてみせる!」

 エステア様の声が響いてくる。確固たる意思に支えられた強い声だ。わたくしはもう力を尽くす以外になにも考えられない。吹き荒れる暴風――風の刃が容赦なくアルタードを切り刻む。でも、わたくしは諦めない。やり遂げると決めて大闘技場ここに立っている。

 打ち破らせてください、どうか。

 届いて、

 届いて、

 届いて――

「届けぇぇぇええええええ!!!」

 アルタードと同調している脚が燃えるように熱い。もう限界だ。けれど、それはエステア様も同じ。

 刀に罅が入る音が、はっきりと耳に届いた。

「はぁああああああ!!!!」

 もうこれで最後。わたくしはきっと立ち上がることはできない。でも、それでいい。

 音を立ててセレーム・サリフの刀が砕け、拮抗していた力のバランスが崩れる。

 刀を失ったセレーム・サリフの左半身をアルタードの脚が見事に撃ち抜いた。

「……はぁっ、はあっ……」

 セレーム・サリフの機体を蹴り抜いたアルタードは、辛うじて着地する。頭がくらくらして、口の中が血の味でいっぱいになっている。

 なんの音も聞こえない。

 大闘技場コロッセオに集まった大観衆は、水を打ったように静まり返っている。司会ですら、マイクを持ったまま動きを止めてしまっていた。

「…………――」

 微かに、ほんの微かにセレーム・サリフの拡声器がエステア様の声を拾った。だが、それがなにか聞き取る前に、エステア様のセレーム・サリフがゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 泥の中に膝をついて、白い機体が埋もれていく。その機体の上に、拳を振り上げたような影が落ちて長く伸びた。

「あ……」

 この影はアルタードの腕だ。
 わたくしは、無意識にアルタードの拳を空に向けて掲げていた。

「セレーム・サリフ、操手気絶につき、撃墜判定!! よってぇえええええええええ、勝者ぁああああああああああ、アルターーーーーーーーーーーーーーーードォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 司会がわたくしの勝利を宣言している。
 魔力切れ寸前で、意識が飛びそうで、なんだか夢を見ているようだ。

「とんでもない試合ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!! まさに! まさに! 決勝戦に相応しい死闘ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! こんな試合が武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯で見られるとはぁああああああああっ!! 誰が予測出来たでしょうかぁあああああああ!!!!」

 激戦の間呼吸を忘れていたかのように、司会が活き活きと実況を始める。喜びを爆発させるその声が、わたくしの意識をこの場に繋ぎ留めてくれている。

「私はぁあああああああ、今、猛烈に感動しているぅうううううううううううう!!!! 生きてて良かった!!! 武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯のぉおおおおおおお本年度の優勝者はぁああああああ!!! この感動を与えてくれたッ!! リインフォーーーーーーーーーーーーーーーーーースゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!」
「アルタード! アルタード!」
「リインフォース! リインフォース!」

 大闘技場コロッセオの観客たちが立ち上がってわたくしたちの名を呼んでいる。大歓声と割れんばかりの拍手が、降り注ぐ。

 それなのに、わたくしには全ての声が、音が遠く聞こえた。

「マスター」

 マスターのお姿を見つけることが出来たから。

 『おめでとう、ホム』

 どんなに小さな声でも、わたくしは大好きなマスターの声を決して聞き逃さない。

 アーケシウスは泥の中に半分以上浸かっていたけれど、マスターはずっと傍でわたくしを見守っていてくれたのだ。

「ありがとうございます、マスター」

 あたたかい気持ちで胸が一杯になる。もう一歩も動けないと思っていたけれど、マスターのもとへと機体を歩ませる力はどこからか湧いてきそうな気がした。
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