上 下
234 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第234話 対エステア用機兵

しおりを挟む
----ホム視点----

 マスターの氷魔法が大闘技場コロッセオの中心を十字に区切った。

 わたくしとエステア様は必然的に実況席の前へと押しやられたが、セレーム・サリフはそれすら想定していたかのように刀を振るい続ける。

「さあ、これで二人きりですね」

 チームメイトから隔てられたことを寧ろ喜ぶようにエステア様が声を発する。イグニスの邪魔が入る余地がないというのは、彼女にとって朗報なのだろう。

「お互い、周囲を気にしなくて済みそうです」
「ええ」

 風の刃をまとった刃をエステア様のセレーム・サリフが軽やかに操る。

「セレーム・サリフ! 風の魔剣晴嵐せいらんを華麗に操り、アルタードに一騎打ちを挑んでいるぅうううううううっ!!!!」

「参ります」

 エステア様の声が聞こえた次の瞬間には、もう目の前にその一太刀が迫っていた。

「……くっ!」

 アルタードの手甲の装甲板で受け止め、機体を屈めて衝撃を緩和しながら右脚を突き出す。

「良い機体ね。でも、私のセレーム・サリフについてこられるかしら?」

 ――あなたの本気はこんなものではないでしょう?

 エステア様の口調は、アルタードの本質を見抜いている。だが、今はまだ奥の手を使うわけにはいかない。もっとエステア様の手の内を見なければならない。注意深く目を凝らし、針の穴のようなその一瞬の隙を見つけなければならない。

「エステア! エステア!」
「エステア! エステア!」

 会場の魔導映像盤の映像が追いついたのか、観客たちの大歓声が響き渡る。

「エステアの目にも留まらぬ斬撃が続いているぅううううううっ!!! しかぁああああしぃいいいいいい!!! アルタードも負けじと打撃で応戦を続けておりまぁああああああす……! 両者一歩も譲らない!!!! 剣術と打撃の応酬はぁあああああっ! 果たしてぇえええええ!!!! どちらにッ!!! 軍配が上がるのでしょうかぁああああああっ!!!!!????」

「さすがだわ」

 エステア様には私の動きを賛美する余裕すらある。一撃一撃は素早く重くアルタードの装甲板に響くのに、その動きは舞うように優美だ。美しくありながら全く隙がない。右からの斬撃が降ったかと思えば、アルタードが受け止めたその衝撃さえ利用して返す刀で下から上へと薙いでくる。

 わたくしはそれを注意深く受け止めながら、多段蹴りを繰り出し、セレーム・サリフの胴と脚部を狙い続ける。

「随分腕を上げたようね」
「この二ヵ月、あなたに勝つことだけを考えて鍛錬してきました。あの時の雪辱を晴らさせていただきます!」

 渾身の力を込めてアルタードの拳を突き出す。エステアはそれを刀の柄で受け流そうとしたものの、勢いに押されて一歩後退した。

旋煌刃せんこうじん、壱ノ太刀――はやて!」

 ――来る……!

 両腕を機体の前で構え、しっかりと脇を締める。この技で二連撃がくることはわかっている。それを防げるようにアルタードの装甲はしっかりと対策されている。

「出たぁああああああああっ! エステアの旋煌刃せんこうじんッ!!! 激しい二連撃がアルタードの腕の装甲を破壊――」

「していない!」

 司会が言葉を失い、エステアが動揺の声を上げた。アルタードの両腕は、盾に匹敵する防御に特化した装甲で覆われている。この装甲はマスターが錬成した強靱な錬金金属イシルディンで出来ている。アルタードで最も頑丈な部位なのだ。

「なぁああああんとぉおおおおおおおおっ!!! エステアの二連撃を耐え忍んだぁあああああっ!!! 素晴らしい防御力ッ!!! まさに規格外の機兵だぁああああああっ!!!!!!!」

 そう、この装甲であればエステア様の攻撃を受け流すことが出来る。それがたとえ、彼女の得意とする旋煌刃せんこうじんであっても、受け止め、次の一手を放つことが出来る。

ノ太刀――清龍舞せいりゅうまい!」
「させません!」

 エステア様が連撃を繰り出すことは想定していた。アルタードの魔晶球メインカメラによる視覚補正が繰り出される風の刃を機兵に備えた第三の目で捉えさせてくれる。

 ――見えます、あなたの動きが!

 以前は動きを追うことすら困難だったエステア様の剣技の軌跡を、わたくしはしっかりと捉え、装甲でその連撃を受け流す。それと同時に腕部装甲を展開し、手甲に内蔵された噴射推進装置バーニアを噴射させ、鋭い打撃を放った。

「!!」

 エステア様のセレーム・サリフが素早く反応し、刀を構える。けれど、機兵頭部への打撃は囮だ。わたくしが狙っていたのはこの一瞬の隙。

「はぁあああああっ!!!」

 軸足に力を込め、回し蹴りを繰り出す。

 ――捉えた!!

 アルタードの右脚がセレーム・サリフの胴部に命中し、薙ぐ。セレーム・サリフは後方に吹き飛ぶが、わたくしの感じた打撃の感触は驚くほど軽かった。

「素晴らしいわ」

 セレーム・サリフの機体を風が包み込んでいる。旋煌刃せんこうじんの応用で自ら機体を後方に飛ばし、衝撃を逃がしたのだ。だが、その間合いは、わたくしにとって好機でしかない。

雷鳴瞬動ブリッツレイド!」

 プラズマバーニアで機体を加速させ、鋭く蹴りを放つ。けれど、それはエステア様も全く同じ考えだったようだ。

ノ太刀――空破烈風くうはれっぷう!」

 噴射推進装置バーニアで速度を上げながらエステア様が斬撃を繰り出す。わたくしの蹴りと斬撃は空中で激突し、激しい衝撃とともに反対方向に弾かれた。

「まだです!」

 体勢を崩したセレーム・サリフに追撃すべく、プラズマバーニアで一気に距離を詰める。

 アルタードは、エステア様に勝つためだけにマスターが用意してくれた機体だ。

 ――戦える。

 わたくしは確信していた。このアルタードなら彼女と互角に戦えることを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

愛されなかった私が転生して公爵家のお父様に愛されました

上野佐栁
ファンタジー
 前世では、愛されることなく死を迎える主人公。実の父親、皇帝陛下を殺害未遂の濡れ衣を着せられ死んでしまう。死を迎え、これで人生が終わりかと思ったら公爵家に転生をしてしまった主人公。前世で愛を知らずに育ったために人を信頼する事が出来なくなってしまい。しばらくは距離を置くが、だんだんと愛を受け入れるお話。

処理中です...