上 下
211 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第211話 大闘技場のバックヤード

しおりを挟む
 迎えた大会当日――

 ホムとアルフェとともに一般開場の二時間前に大闘技場コロッセオへ向かうと、バックヤードの僕たちの機兵の前に既に二人の人影があった。

「アイザック様とロメオ様が待機していらっしゃいます」
「どうやらそのようだね」

 暗がりでもアイザックの耳と尻尾は特徴的だし、そうでなくても興奮を隠しきれずに左右にぶんぶんと大きく揺れている様はいかにもアイザックらしい。小人族のロメオはアイザックと並んでいると遠目からでも彼だと理解できた。

「おはよう。開場までまだ時間があるのに、随分と早いね」
「これはこれはリーフ殿! 待ちわびていたでござるよ~!」
「メカニックとして指名を受けたからには、遅刻するわけにはいかないよ」

 背後から声を掛けた僕を、アイザックとロメオが嬉しそうに振り返る。その目は僕たちを通り越して、あちこちに駐機されている機兵へと熱っぽく注がれているのだった。

「早くに会場に入れば、それだけ機兵を間近で眺める機会にも恵まれるだろうからね」
「リーフ殿にはお見通しでござったか~」

 武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯では、バックヤード――つまり、闘技場と併設された駐機場、選手控え室をはじめとした設備に入ることが出来る人物が参加選手とメカニックと呼ばれるサポーター、それに運営関係者に制限されている。

 もちろん、不正が行われないように厳重な警備が行われているので、大会関係者であっても他の機兵に不必要に近づくことさえ許されないのだが、それでも近くで一流の機体を眺められるだけでも二人は大いに満足しているようだ。

「ちゃんとやることもやってあるよ。整備は万全だし、あとは開場一時間前までに起動テストと最終調整を行えば、いつでも戦えるはずだよ」
「なにからなにまで済まないね」
「メカニックとして当然の仕事でござる。そうでなければ、何のためにここにいるかわからないでござるよ~」

 そうは言いながらも、アイザックは興奮を隠しきれずにぶんぶんと尻尾を振り続けている。機兵オタクとしては、この場所に居られること自体がこの上ない幸せなのだろうなと、ふと彼らの幸せを感じ取った。

「あとは僕が主導して出来るから、ひとまず自由に過ごしていていいよ。調整が必要な時は声をかける」
「合点承知でござる!」
「ありがとう、リーフ!」

 僕の言葉にアイザックとロメオがこの上なく嬉しそうな笑顔を見せる。

「ちょうどエステアさんのセレーム・サリフにインタビューが来てるんだよね。事前の写真撮影に便乗させてもらってくる!」
「ロメオ殿、拙者も行くでござるよ~!」

 首からなにか提げていると思ったけれど、小型の写真魔導器だったようだ。お揃いのところを見るに、もしかするとこの日のために自分たちで作ったのかもしれないな。

「……すごく活き活きしてるね。アイザックくんとロメオくん」
「そうだね。大体機兵を前にしているとあんな感じだけど、今日は特別嬉しそうだ」

 アルフェにもはっきりとわかるくらいだから、きっと相当嬉しいのだろうな。僕が感じた彼らの幸せというのは、あながち間違っていなさそうだ。この数ヶ月で、僕も他人の喜びを推し量れるようになったのかもしれない。前世では他人には全く興味がなかっただけに、これは大きな成長だろうな。

 そんなことを考えながらふと隣を見ると、ホムがエステアのセレーム・サリフを食い入るように見つめているのが目に入った。

「ホムも見に行くかい? まだ時間はあるよ」
「……いえ」

 ホムは少しだけ頭を振って僕の提案を断ったが、それでもセレーム・サリフから視線を外そうとはしなかった。

「なにか気になるのかな?」

 ホムがこの大会における自身の最大の敵と認めているエステアの機体だ。気にならないはずはない。けれど、それを指摘してホムに余計なプレッシャーを与えたくはなかった。かといって無視することもできずに問いかけると、ホムは少し考えるように目を瞬き、それから静かに口を開いた。

「取材陣が注目しているのが、専らエステア様の機体だけだと思っただけです」
「ああ、そういえば……」

 身元を証明する腕章を着けた取材陣がちらほらと入ってくるが、その誰もが真っ直ぐにエステアのセレーム・サリフを目指して移動してくる。

 先日のエキシビションマッチで鮮烈な勝利を収めた機体だからということもあるだろうけれど、それにしてもかなりの注目度だ。

「やはり、この学園随一の戦力であることが大きく関わっているのでしょうか」
「それは間違いないだろうね」

 ホムの呟きに応えながら、僕はアーケシウスの点検を開始する。

 アイザックとロメオがほぼ完璧に整備してくれていたお陰で、ほとんど触るところはないのだけれど、自分の目で相棒である機体の調子を確認することは僕自身の落ち着きにも繋がる。

 武侠宴舞ゼルステラでは、機体の稼働時間を操手の魔力に依存させ、持久力を測る側面もあるため、慣れ親しんだ液体エーテルのタンクがない姿には、まだ少し慣れないな。

「……わたくしのアルタードと、アルフェ様のレムレスも機兵評価査定ではほぼ似たような点数なのに……」

 ホムの微かな呟きが聞こえ、僕は耳をそばだてた。僕の方を見ているわけではないので、きっとホムの独り言なのだろう。でも、僕の作った機兵が、もっと評価されてほしいと願うホムの気持ちが嬉しくて、思わず微笑んだ。

「ワタシたちが勝てば、リーフが凄いんだよって証明になるよ。頑張ろうね、ホムちゃん」
「この日のために全てを捧げてきました。マスターのためにも全力を尽くします」

 アルフェの励ましに、ホムが振り返って力強く頷く。

「そう気負わなくても、二人とも自分の力を信じて自分のために戦うんだよ。そうすれば、判断を誤らなくて済む」

 ――万が一、僕になにかあったとしても。
 僕のなかにある、拭うことのできない懸念はそれだ。どうか伝わってほしいと願いながら二人を見つめると、僕の想いが通じたのか二人とも笑顔で頷いてくれた。

「自分のために戦うことが、リーフのためになる――」
「理解しました、マスター」

 アルフェは付き合いが長い分、ホムは僕の思考を共有している分、理解が早くて助かるな。

「ありがとう。僕たちは、最高のチームだ」
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

処理中です...