175 / 396
第三章 暴風のコロッセオ
第175話 僕の武器
しおりを挟む
「じゃあね、ししょー! 『煌く星空の指輪』も待ってるからね~!」
僕に『煌く星空の指輪』の念押しをしながら、メルアが大きく手を振って貴族寮の方へと帰っていく。メルアはこの後、エステアとの日課であるカフェで夕食前のティータイムを過ごすらしい。
騒々しいくらいに明るく賑やかなメルアがいなくなると、辺りが急に静かになったような気がした。
「……なんだか凄い時間だったね」
メルアを手を振って見送っていたアルフェが、その姿が見えなくなってから静かに息を吐く。親しみやすいとはいえ、師弟関係の師である僕と、生徒に当たるアルフェでは、メルアとの接し方は随分と異なるのだろうな。
「やっていけそうかい、アルフェ?」
「うん。今日は教えてもらった多層術式 を、下位魔法は無詠唱で出来るように復習する!」
そう言いながらアルフェは無詠唱でクリエイト・ウォーターを発動させ、手のひらに水の珠を浮かべてみせた。
「戦うってことは、戦況に合わせて動くってこと――練習でも訓練でもないって難しいよね」
前世で人魔大戦という戦争を経験した身だからわかるが、戦場には予定調和なんてないし、安全どころか命の保証すらない。
そうした意味では、かなりマイルドに表現されてはいたが、メルアの言っていたことは平和に慣れてしまっている僕たちの気を引き締めるものになった。
とはいえ、アルフェなりに自分の言葉に咀嚼してきちんと理解しているのは凄いことだな。小さい頃――それこそ、グーテンブルク坊やに浄眼のことでからかわれて泣いていたアルフェが、『戦う』ことを選択する未来が来るなんて思ってもみなかった。
それに、もうアルフェには自分のコンプレックスを乗り越える準備がある。メルアに指摘されるまでそれに気づかなかったのは、僕としては不覚だったな。
「角膜接触レンズの卒業、おめでとう。強くなったね、アルフェ」
夕闇の中で、一際明るく見えるアルフェの金色の浄眼は本当に綺麗だ。その美しさと眩さに目を細めて見上げると、アルフェは困ったように眉を下げて首を横に振った。
「ううん、違うよ。弱いから強くなりたいの。メルア先輩やエステアさんとあれだけ対等に話が出来るリーフ、凄く格好良かった。ワタシも、それくらい自信が持てるようになりたい」
「……アルフェ」
僕が彼女たちと対等に話しているように見えるのは、多分僕が前世の記憶を持っているからだ。僕がもしもアルフェと同じで、前世の記憶を持っていなかったなら、メルアの言っていることは多分わからなかったし、エステアに対しては感情のままに怒っていただろう。
そういう意味では、僕は今世でリーフとして果たして成長出来ているのだろうか。新しい知識を得ていても、前世の僕を越えることはまだ出来ていない。
「僕もね、まだまだだよ。学ぶべきことはたくさんあるし、解決すべき問題も、取り組むべき作業も山とある」
だからこのカナルフォード学園で学び、さらに高みを目指しているのだ。もしかすると、武侠宴舞で生徒会に勝つという目標は、僕自身のためになるのかもしれないな。ホムの自信を取り戻し、アルフェの強さを見出していくことは、僕にしか出来ないことではあるけれど、決して容易ではない。
「頑張ろうね、武侠宴舞」
アルフェの言葉に僕は頷き、彼女の手を取った。少しひんやりとして、でもどこか温かいアルフェの手は、こうして繋いでいるだけで僕の心を穏やかにしてくれる。
「大変なことも少なくないけれど、一緒なら乗り越えられるはずだよ」
「うん」
アルフェが確かめるように僕の手を握り返す。前世の僕にはあり得なかった他人を信頼するという行為が、今の僕にはとても心地良い。力を合わせれば大丈夫だという信頼関係は、どれだけ僕に勇気を与えてくれただろう。
だから、もし、武侠宴舞・カナルフォード杯で優勝することが出来たのなら、僕は前世の僕を越える一歩を踏み出したことになるのかもしれない。
女神たちのせいで、幸福に生きることばかりに目を向けていたけれど、幸せを知った今は、それを護る力が必要だとわかった。だから僕は、僕の武器で、戦わなければならないんだろうな。
僕に『煌く星空の指輪』の念押しをしながら、メルアが大きく手を振って貴族寮の方へと帰っていく。メルアはこの後、エステアとの日課であるカフェで夕食前のティータイムを過ごすらしい。
騒々しいくらいに明るく賑やかなメルアがいなくなると、辺りが急に静かになったような気がした。
「……なんだか凄い時間だったね」
メルアを手を振って見送っていたアルフェが、その姿が見えなくなってから静かに息を吐く。親しみやすいとはいえ、師弟関係の師である僕と、生徒に当たるアルフェでは、メルアとの接し方は随分と異なるのだろうな。
「やっていけそうかい、アルフェ?」
「うん。今日は教えてもらった多層術式 を、下位魔法は無詠唱で出来るように復習する!」
そう言いながらアルフェは無詠唱でクリエイト・ウォーターを発動させ、手のひらに水の珠を浮かべてみせた。
「戦うってことは、戦況に合わせて動くってこと――練習でも訓練でもないって難しいよね」
前世で人魔大戦という戦争を経験した身だからわかるが、戦場には予定調和なんてないし、安全どころか命の保証すらない。
そうした意味では、かなりマイルドに表現されてはいたが、メルアの言っていたことは平和に慣れてしまっている僕たちの気を引き締めるものになった。
とはいえ、アルフェなりに自分の言葉に咀嚼してきちんと理解しているのは凄いことだな。小さい頃――それこそ、グーテンブルク坊やに浄眼のことでからかわれて泣いていたアルフェが、『戦う』ことを選択する未来が来るなんて思ってもみなかった。
それに、もうアルフェには自分のコンプレックスを乗り越える準備がある。メルアに指摘されるまでそれに気づかなかったのは、僕としては不覚だったな。
「角膜接触レンズの卒業、おめでとう。強くなったね、アルフェ」
夕闇の中で、一際明るく見えるアルフェの金色の浄眼は本当に綺麗だ。その美しさと眩さに目を細めて見上げると、アルフェは困ったように眉を下げて首を横に振った。
「ううん、違うよ。弱いから強くなりたいの。メルア先輩やエステアさんとあれだけ対等に話が出来るリーフ、凄く格好良かった。ワタシも、それくらい自信が持てるようになりたい」
「……アルフェ」
僕が彼女たちと対等に話しているように見えるのは、多分僕が前世の記憶を持っているからだ。僕がもしもアルフェと同じで、前世の記憶を持っていなかったなら、メルアの言っていることは多分わからなかったし、エステアに対しては感情のままに怒っていただろう。
そういう意味では、僕は今世でリーフとして果たして成長出来ているのだろうか。新しい知識を得ていても、前世の僕を越えることはまだ出来ていない。
「僕もね、まだまだだよ。学ぶべきことはたくさんあるし、解決すべき問題も、取り組むべき作業も山とある」
だからこのカナルフォード学園で学び、さらに高みを目指しているのだ。もしかすると、武侠宴舞で生徒会に勝つという目標は、僕自身のためになるのかもしれないな。ホムの自信を取り戻し、アルフェの強さを見出していくことは、僕にしか出来ないことではあるけれど、決して容易ではない。
「頑張ろうね、武侠宴舞」
アルフェの言葉に僕は頷き、彼女の手を取った。少しひんやりとして、でもどこか温かいアルフェの手は、こうして繋いでいるだけで僕の心を穏やかにしてくれる。
「大変なことも少なくないけれど、一緒なら乗り越えられるはずだよ」
「うん」
アルフェが確かめるように僕の手を握り返す。前世の僕にはあり得なかった他人を信頼するという行為が、今の僕にはとても心地良い。力を合わせれば大丈夫だという信頼関係は、どれだけ僕に勇気を与えてくれただろう。
だから、もし、武侠宴舞・カナルフォード杯で優勝することが出来たのなら、僕は前世の僕を越える一歩を踏み出したことになるのかもしれない。
女神たちのせいで、幸福に生きることばかりに目を向けていたけれど、幸せを知った今は、それを護る力が必要だとわかった。だから僕は、僕の武器で、戦わなければならないんだろうな。
0
お気に入りに追加
794
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))
書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
紙杯の騎士
信野木常
ファンタジー
ちょっと違った歴史を歩んだ現代の地球世界で、人間&妖精VSクトゥルー神話生物!
シスコン気味の少年が少女型妖精種(ブリカス畜生)の口車に乗せられて、魔法の剣もとい人型武装祭器を駆って神話生物と戦うお話です。
未曽有の大災害"大海嘯"によって、沿岸都市の多くが海の底に沈んだ世界。かろうじて生き残った人類は、海より空より顕れ出でた敵性神話生物群、通称"界獣"の襲撃によって絶滅の危機に瀕していた。
そんな人類に手を差し伸べたのは、ミスティック・レイス。かつて妖精、妖怪、半神として神話や伝説、おとぎ話に語られてきたものたち。
立ちはだかる強大な理不尽を前にして、膝を折りかける少年。彼に、湖の貴婦人は選択を迫る。
「選んで、少年。この剣を手に、今を斬り拓くか、否かを」
2021年1月10日(日)全編公開完了。完結しました。
カクヨム、ノベルアップ+でも公開しております。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます
ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。
何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。
生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える
そして気がつけば、広大な牧場を経営していた
※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。
7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。
5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます!
8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!
もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~
ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆
ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。
最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。
この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう!
……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは?
***
ゲーム生活をのんびり楽しむ話。
バトルもありますが、基本はスローライフ。
主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。
カクヨム様にて先行公開しております。
前世は婚約者に浮気された挙げ句、殺された子爵令嬢です。ところでお父様、私の顔に見覚えはございませんか?
柚木崎 史乃
ファンタジー
子爵令嬢マージョリー・フローレスは、婚約者である公爵令息ギュスターヴ・クロフォードに婚約破棄を告げられた。
理由は、彼がマージョリーよりも愛する相手を見つけたからだという。
「ならば、仕方がない」と諦めて身を引こうとした矢先。マージョリーは突然、何者かの手によって階段から突き落とされ死んでしまう。
だが、マージョリーは今際の際に見てしまった。
ニヤリとほくそ笑むギュスターヴが、自分に『真実』を告げてその場から立ち去るところを。
マージョリーは、心に誓った。「必ず、生まれ変わってこの無念を晴らしてやる」と。
そして、気づけばマージョリーはクロフォード公爵家の長女アメリアとして転生していたのだった。
「今世は復讐のためだけに生きよう」と決心していたアメリアだったが、ひょんなことから居場所を見つけてしまう。
──もう二度と、自分に幸せなんて訪れないと思っていたのに。
その一方で、アメリアは成長するにつれて自分の顔が段々と前世の自分に近づいてきていることに気づかされる。
けれど、それには思いも寄らない理由があって……?
信頼していた相手に裏切られ殺された令嬢は今世で人の温かさや愛情を知り、過去と決別するために奔走する──。
※本作品は商業化され、小説配信アプリ「Read2N」にて連載配信されております。そのため、配信されているものとは内容が異なるのでご了承下さい。
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
貴方へ愛を伝え続けてきましたが、もう限界です。
あおい
恋愛
貴方に愛を伝えてもほぼ無意味だと私は気づきました。婚約相手は学園に入ってから、ずっと沢山の女性と遊んでばかり。それに加えて、私に沢山の暴言を仰った。政略婚約は母を見て大変だと知っていたので、愛のある結婚をしようと努力したつもりでしたが、貴方には届きませんでしたね。もう、諦めますわ。
貴方の為に着飾る事も、髪を伸ばす事も、止めます。私も自由にしたいので貴方も好きにおやりになって。
…あの、今更謝るなんてどういうつもりなんです?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる