164 / 396
第三章 暴風のコロッセオ
第164話 生徒会長エステア・シドラ
しおりを挟む
生徒会長のエステアとの決闘は、貴族寮にある練武場で行われることになった。
イグニスの取り巻きに、エステアの取り巻きが加わり、貴族寮からかなりの人数の生徒が集まってきている。決闘の噂はたちまち広がり、練武場に直接脚を運ばないにせよ、貴族寮の廊下から決闘を一目見ようと多くの生徒が詰めかけているのが見えた。
「すごい注目だね……」
成り行きでついてきてくれたアルフェが、好奇の目にさらされて少し怯えたように首を竦めている。
「にゃはっ。完全に敵側って感じだよなぁ」
ファラが苦笑を浮かべる隣でヴァナベルが珍しく無言で頷き、ヌメリンも注意深く周囲の様子を探るように首を動かしている。
「心配することはありません。イグニスに勝った以上、あなた方の権利を脅かすことはないのです。私がこれから行う決闘は、生徒会の評判を維持するため」
僕たちの呟きを聞き取ったのか、先を行くエステアが振り返る。
「ですから、安心して負けてください」
優美な笑みの中に、確固たる自信が窺える。二年生にして生徒会会長を務めるエステアの実力は本物だ。
「イグニスのような戦いをするつもりはありません。どうぞご心配なく」
ホムも負ける気はないようで、強く拳を握りしめてエステアに並んだ。
「あら、ではゆめゆめ油断せずに参らなくてわね」
エステアは微笑み、腰に提げている刀に触れる。
「私は、この魔法剣を使います。あなたも好きな武器をお好きなように使いなさい」
エステアはそう宣言すると、円形の武舞台に悠々とした足取りで上った。人垣でほとんど見えなかったが、武舞台を囲むように観覧席のようなものが設けられており、既にたくさんの生徒たちが着席してエステアとホムの動向を見守っている。
当たり前だが一般寮の生徒の姿はなく、僕たちは好奇の視線にさらされた。
「はぁ、ここでも亜人差別か……」
ヴァナベルが舌打ちしながら、武舞台から少し離れた場所に腰を下ろす。
「オレはここに陣取らせてもらうぜ」
「ベル~。そんなとこに座ってたら危ないよぉ~」
「元はと言えば、オレのせいだぜ。遠巻きに応援するみたいな変な真似できるかよ」
まあ、ヴァナベルの気持ちはわからなくもないが、武舞台からは距離を取った方が、ホムもやりやすいだろうな。
「「我々F同盟は運命共同体というわけだな」」
なぜだか一緒についてきていたリリルルが妙に感じ入った様子で頷くと、ヴァナベルの後ろに立って揃って腕を組んだ。
「「リリルルもここで戦いの行く末を見守ろう」」
そう言いながら、リリルルが風魔法でカーテンのような防御結界を展開する。
「じゃあ、僕たちも便乗させてもらおうか。ホム、自分が思うように戦っておいで」
「行って参ります、マスター」
僕に送り出されたホムは緊張した面持ちで武舞台の上に跳躍した。それだけ目の前のエステアの能力が卓越したものであると、その佇まいから感じ取っているのかもしれないな。
「リリルルちゃんは、どうしてついてきたの?」
アルフェが僕の手を握りながら、リリルルにそっと話しかける。リリルルは揃ってエステアを指差し、淡々と述べた。
「「同じ風魔法の使い手を、間近で見極めるいい機会だ」」
リリルルの言葉にエステアがぴくりと反応し、こちらの方に視線を寄越す。
「ダークエルフのお嬢さんたちには、どうやらお見通しのようね」
エステアが刀を抜き放つ。その瞬間、冷たい刃のような風が吹き抜け、新緑色に輝く風の刃が刀身に宿った。
「カナド流刀剣術、旋煌刃。私はこちらの技でお相手します。いつでもかかって来なさい」
ホムが険しい表情で頷き、首から提げていた飛雷針を握りしめた拳を武装錬成で固める。
「参ります!」
ホムは初手からエステアとの距離を一息に詰め、その懐に飛び込んだ。
「果敢ね!」
エステアはホムの打撃を躱し、宙に身体を躍らせると素早く背後に回った。
「ホム!」
背中をとられたホムは咄嗟に体勢を低くする。エステアの一太刀が逃げ遅れたホムの髪を薙ぎ、白髪が宙に散る。
「壱ノ太刀『颯』!」
エステアの叫びは詠唱となり、素早く引かれた刀に旋風のような刃が重なる。エステアが踏み出すその一呼吸の間に突風が吹き抜けたかと思うと、ホムの正面を十字の風が引き裂いた。
「武装錬成!」
ホムは拳を固めていた籠手を肥大させ、胸から上をガードするが、エステアの攻撃はそれを一撃で貫き、二撃目がホムを捉えた。
「はぁああっ!」
ホムが飛雷針を使って雷撃を繰り出し、風の刃の軌道を反らす。だが、攻撃の威力を相殺するには至らず、武舞台の上に叩き付けられた。
「おやすみにはまだ早いわ」
「……っ!」
距離を詰めるエステアに反応したホムが、すぐに武装錬成で籠手を再生して飛び起きる。両脚を揃えて投げ出すような蹴りを浴びせたホムに、エステアは咄嗟に数歩後退した。
「私を下がらせるなんて、なかなかやるのね」
体勢を立て直したホムを、エステアが楽しげに見つめている。次の瞬間、激しい攻守の戦いを固唾を呑んで見守っていた生徒たちの歓声が、湧き起こった。
「エステア! エステア!」
「エステア! エステア!」
生徒会長であるエステアの名を叫ぶ生徒たちの声は、次第に熱を帯びて行く。
ホムを応援する声はひとつもない。僕たちが声を張り上げたところで、掻き消されてしまうほどの大声援が嵐のように激しくなる。だが、武舞台上のホムは、そんな声など届いていないかのように、エステアをただ真っ直ぐに見つめていた。
イグニスの取り巻きに、エステアの取り巻きが加わり、貴族寮からかなりの人数の生徒が集まってきている。決闘の噂はたちまち広がり、練武場に直接脚を運ばないにせよ、貴族寮の廊下から決闘を一目見ようと多くの生徒が詰めかけているのが見えた。
「すごい注目だね……」
成り行きでついてきてくれたアルフェが、好奇の目にさらされて少し怯えたように首を竦めている。
「にゃはっ。完全に敵側って感じだよなぁ」
ファラが苦笑を浮かべる隣でヴァナベルが珍しく無言で頷き、ヌメリンも注意深く周囲の様子を探るように首を動かしている。
「心配することはありません。イグニスに勝った以上、あなた方の権利を脅かすことはないのです。私がこれから行う決闘は、生徒会の評判を維持するため」
僕たちの呟きを聞き取ったのか、先を行くエステアが振り返る。
「ですから、安心して負けてください」
優美な笑みの中に、確固たる自信が窺える。二年生にして生徒会会長を務めるエステアの実力は本物だ。
「イグニスのような戦いをするつもりはありません。どうぞご心配なく」
ホムも負ける気はないようで、強く拳を握りしめてエステアに並んだ。
「あら、ではゆめゆめ油断せずに参らなくてわね」
エステアは微笑み、腰に提げている刀に触れる。
「私は、この魔法剣を使います。あなたも好きな武器をお好きなように使いなさい」
エステアはそう宣言すると、円形の武舞台に悠々とした足取りで上った。人垣でほとんど見えなかったが、武舞台を囲むように観覧席のようなものが設けられており、既にたくさんの生徒たちが着席してエステアとホムの動向を見守っている。
当たり前だが一般寮の生徒の姿はなく、僕たちは好奇の視線にさらされた。
「はぁ、ここでも亜人差別か……」
ヴァナベルが舌打ちしながら、武舞台から少し離れた場所に腰を下ろす。
「オレはここに陣取らせてもらうぜ」
「ベル~。そんなとこに座ってたら危ないよぉ~」
「元はと言えば、オレのせいだぜ。遠巻きに応援するみたいな変な真似できるかよ」
まあ、ヴァナベルの気持ちはわからなくもないが、武舞台からは距離を取った方が、ホムもやりやすいだろうな。
「「我々F同盟は運命共同体というわけだな」」
なぜだか一緒についてきていたリリルルが妙に感じ入った様子で頷くと、ヴァナベルの後ろに立って揃って腕を組んだ。
「「リリルルもここで戦いの行く末を見守ろう」」
そう言いながら、リリルルが風魔法でカーテンのような防御結界を展開する。
「じゃあ、僕たちも便乗させてもらおうか。ホム、自分が思うように戦っておいで」
「行って参ります、マスター」
僕に送り出されたホムは緊張した面持ちで武舞台の上に跳躍した。それだけ目の前のエステアの能力が卓越したものであると、その佇まいから感じ取っているのかもしれないな。
「リリルルちゃんは、どうしてついてきたの?」
アルフェが僕の手を握りながら、リリルルにそっと話しかける。リリルルは揃ってエステアを指差し、淡々と述べた。
「「同じ風魔法の使い手を、間近で見極めるいい機会だ」」
リリルルの言葉にエステアがぴくりと反応し、こちらの方に視線を寄越す。
「ダークエルフのお嬢さんたちには、どうやらお見通しのようね」
エステアが刀を抜き放つ。その瞬間、冷たい刃のような風が吹き抜け、新緑色に輝く風の刃が刀身に宿った。
「カナド流刀剣術、旋煌刃。私はこちらの技でお相手します。いつでもかかって来なさい」
ホムが険しい表情で頷き、首から提げていた飛雷針を握りしめた拳を武装錬成で固める。
「参ります!」
ホムは初手からエステアとの距離を一息に詰め、その懐に飛び込んだ。
「果敢ね!」
エステアはホムの打撃を躱し、宙に身体を躍らせると素早く背後に回った。
「ホム!」
背中をとられたホムは咄嗟に体勢を低くする。エステアの一太刀が逃げ遅れたホムの髪を薙ぎ、白髪が宙に散る。
「壱ノ太刀『颯』!」
エステアの叫びは詠唱となり、素早く引かれた刀に旋風のような刃が重なる。エステアが踏み出すその一呼吸の間に突風が吹き抜けたかと思うと、ホムの正面を十字の風が引き裂いた。
「武装錬成!」
ホムは拳を固めていた籠手を肥大させ、胸から上をガードするが、エステアの攻撃はそれを一撃で貫き、二撃目がホムを捉えた。
「はぁああっ!」
ホムが飛雷針を使って雷撃を繰り出し、風の刃の軌道を反らす。だが、攻撃の威力を相殺するには至らず、武舞台の上に叩き付けられた。
「おやすみにはまだ早いわ」
「……っ!」
距離を詰めるエステアに反応したホムが、すぐに武装錬成で籠手を再生して飛び起きる。両脚を揃えて投げ出すような蹴りを浴びせたホムに、エステアは咄嗟に数歩後退した。
「私を下がらせるなんて、なかなかやるのね」
体勢を立て直したホムを、エステアが楽しげに見つめている。次の瞬間、激しい攻守の戦いを固唾を呑んで見守っていた生徒たちの歓声が、湧き起こった。
「エステア! エステア!」
「エステア! エステア!」
生徒会長であるエステアの名を叫ぶ生徒たちの声は、次第に熱を帯びて行く。
ホムを応援する声はひとつもない。僕たちが声を張り上げたところで、掻き消されてしまうほどの大声援が嵐のように激しくなる。だが、武舞台上のホムは、そんな声など届いていないかのように、エステアをただ真っ直ぐに見つめていた。
0
お気に入りに追加
793
あなたにおすすめの小説
おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~
暇人太一
ファンタジー
大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。
白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。
勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。
転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。
それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。
魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。
小説家になろう様でも投稿始めました。
異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか
片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生!
悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした…
アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか?
痩せっぽっちの王女様奮闘記。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
男装の皇族姫
shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。
領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。
しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。
だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。
そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。
なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。
神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく
霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。
だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。
どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる