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第三章 暴風のコロッセオ
第150話 工学科の初回授業
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アルフェと二人きりで久しぶりにゆっくりと過ごした翌週、いよいよ専攻に基づく選択授業の初回授業日を迎えた。
午前中は今迄通りの共通授業というのは特に変わりがないが、午後から軍事科はタヌタヌ先生、魔法科はマチルダ先生、工学科はE組担任のプロフェッサーが担当することが改めて告げられた。
工学科が専門とする錬金術と魔導工学は共通授業の科目ではないので、工学科の生徒はE組を除いてプロフェッサーとはほぼ初対面ということになる。
入学式の教員紹介では、アルバート・アンピエールという名を名乗っていたように思うが、生徒のみならず先生方も彼のことをプロフェッサーと呼んでいるらしい。シャツにネクタイ、センタープレスのついたスラックスにジャケットではなく白衣を合わせた出で立ちが特徴的なその先生は、アルカディア帝国最高の頭脳の持ち主という噂もあるほどだ。
だが、優れた頭脳の持ち主が優れた教師であるとも限らず、E組では空気のような存在という話なので、結局どういった授業をする人物なのかまではわからない。
とはいえ、工学科に進もうとする貴族出身の生徒は少なく、あえてこの分野に進む貴族は知識欲が高いので、親の階級や身分が色濃く成績に反映されるという噂の軍事科や、持って生まれた魔力が原因で亜人と人間の差が殊更に取り上げられる魔法科よりは過ごしやすいだろう。
昼食ののち、割り当てられた実験室と呼ばれる広い教室に入ると、錬金術や魔導工学に必要な道具が潤沢に揃えられていることが一目で見て取れた。
様々な素材だけでなく、ある程度形の整った金属の部品まで並べられているところを見るに、かなり実践的な授業が行われているような気がするな。
教室の机はいわゆる作業台と呼ばれる大きなもので、そこに背もたれのない簡易な丸椅子が几帳面に並べられている。
専攻別の選択授業は、全学年合同で行われるのだが、高学年の生徒はすでに定位置と思しき席に着いており、僕たち一年生が入ってくるのを興味津々と言った様子で眺めている。
別段声をかけてくるというわけではないが、どうやら歓迎されているのだとわかる和やかな雰囲気だ。
僕は目立たないように教室の一番奥の席に座り、前方に固まっている上級生たちの様子をそっと窺うことにした。
上級生たちの席には、昨年の授業か春休みの課題で作られたと思しき魔導器が置かれている。馴染みのある乾燥魔導器や、録音魔導器などが目立つところを見ると、生活に関する魔導器を作るという授業が行われたのだろうな、と想像できた。
アイザックとロメオ、その他に見知ったF組の生徒もやってきて、それぞれ席に着く。僕は会釈する程度の挨拶をし、プロフェッサーの登場を待った。
始業を知らせる鐘が鳴ったが、プロフェッサーはなかなか姿を現さない。
授業が始まって十分ほどして、分厚い本を小脇に抱えたプロフェッサーがぼさぼさの黒髪を掻きながら姿を現した。
「……ようこそ、工学科へ。この科目を専攻する一年生の諸君は、錬金術および魔導工学に並々ならぬ興味と探究心を持っているものと承知しています。そこで、今回の授業では君たちが持っている知識を用い、魔導器を作ることを課題とします。二年生三年生の諸君は、春休みの課題の最終仕上げに費やして頂いても構いません」
授業の開始早々に、魔導器を作るという課題が出され、一年生の間にざわめきが広がる。午後の授業時間を全て使ったとして、三時間程度だが、その時間で完成出来る物となるとかなり限られているだろう。一方の上級生は、慣れた様子で手許の魔導器を評しあっている。
「一年生はゼロから作ることになりますが、教室内にはあらかじめ必要であろう材料と資料を用意してあります。私の論文や私物の研究書を含め、どれでも自由に使うことができます」
「……魔導器であれば、なんでもいいんですか?」
挙手と同時に声を上げたのは、同じクラスのロメオだ。
「もちろん。それには魔導器の定義を改めて見直す必要もあるかもしれませんね」
なるほど、なかなか面白い授業の運び方だ。
魔導工学における魔導器は、エーテルを流すことで稼働する物体と定義されている。実生活で使用されているものは、ほとんど機械なのだが、魔導器の定義を改めて振り返ると、機械であることは必須ではない。
例えば、僕の真なる叡智の書はエーテルを流すことでその力を発揮するため、これも魔導器ということになる。つまり、紙の本であってもエーテルによって稼働するという条件を満たせば、魔導器と称されるのだ。
同様に、物体の大きさも定義されていない。子供の手のひらほどの大きさの玩具や、もっと小型で耳の穴に入れられるほどの大きさの集音魔導器もあれば、人間が中に乗り込み、エーテルを与えることで起動する機兵や従機も大型魔導器と位置づけられた魔導器だ。
とはいえ、三時間ほどで設計から完成まで持って行くとなると、かなり頭を使う必要があるだろうな。
プロフェッサーの様子を窺ってみると、ブツブツ言いながら、小脇に抱えて持ってきた本の続きを読み進めている。あくまで監督、という立場なのだろう。その代わりに上級生たちが一年生に材料や資料を融通してくれるのが見て取れた。アイザックとロメオもその話に加わり、機兵や従機の資料を好んで選択しているようだ。
もしかすると、エーテルで動く機兵の玩具を作るのかもしれないな。作業台の上に、機兵や従機の外装とそっくりの小さな部品があるので、短時間でも作りやすそうだ。
上級生たちは春休みの課題の改善点を互いに話し合い、それを改良することにしたようだ。ゼロからなにかを作ろうとしている生徒もいないわけではないが、二人ないし三人のグループで分担作業が出来ないか先生に打診したりしている。
和気藹々としていて、かなり過ごしやすそうな雰囲気だ。
それにしても、自由にと言われると何を作るべきか迷うな。ひとまず参考になりそうな資料を読んでおこうか。そう考えて論文が置かれた一角に移動すると、一番上に置かれたプロフェッサーの論文が目に入った。
目立たせようという意図があるわけではなく、アルバート・アンピエールという名前だから、必然的に一番上にくるのだろうな。
午前中は今迄通りの共通授業というのは特に変わりがないが、午後から軍事科はタヌタヌ先生、魔法科はマチルダ先生、工学科はE組担任のプロフェッサーが担当することが改めて告げられた。
工学科が専門とする錬金術と魔導工学は共通授業の科目ではないので、工学科の生徒はE組を除いてプロフェッサーとはほぼ初対面ということになる。
入学式の教員紹介では、アルバート・アンピエールという名を名乗っていたように思うが、生徒のみならず先生方も彼のことをプロフェッサーと呼んでいるらしい。シャツにネクタイ、センタープレスのついたスラックスにジャケットではなく白衣を合わせた出で立ちが特徴的なその先生は、アルカディア帝国最高の頭脳の持ち主という噂もあるほどだ。
だが、優れた頭脳の持ち主が優れた教師であるとも限らず、E組では空気のような存在という話なので、結局どういった授業をする人物なのかまではわからない。
とはいえ、工学科に進もうとする貴族出身の生徒は少なく、あえてこの分野に進む貴族は知識欲が高いので、親の階級や身分が色濃く成績に反映されるという噂の軍事科や、持って生まれた魔力が原因で亜人と人間の差が殊更に取り上げられる魔法科よりは過ごしやすいだろう。
昼食ののち、割り当てられた実験室と呼ばれる広い教室に入ると、錬金術や魔導工学に必要な道具が潤沢に揃えられていることが一目で見て取れた。
様々な素材だけでなく、ある程度形の整った金属の部品まで並べられているところを見るに、かなり実践的な授業が行われているような気がするな。
教室の机はいわゆる作業台と呼ばれる大きなもので、そこに背もたれのない簡易な丸椅子が几帳面に並べられている。
専攻別の選択授業は、全学年合同で行われるのだが、高学年の生徒はすでに定位置と思しき席に着いており、僕たち一年生が入ってくるのを興味津々と言った様子で眺めている。
別段声をかけてくるというわけではないが、どうやら歓迎されているのだとわかる和やかな雰囲気だ。
僕は目立たないように教室の一番奥の席に座り、前方に固まっている上級生たちの様子をそっと窺うことにした。
上級生たちの席には、昨年の授業か春休みの課題で作られたと思しき魔導器が置かれている。馴染みのある乾燥魔導器や、録音魔導器などが目立つところを見ると、生活に関する魔導器を作るという授業が行われたのだろうな、と想像できた。
アイザックとロメオ、その他に見知ったF組の生徒もやってきて、それぞれ席に着く。僕は会釈する程度の挨拶をし、プロフェッサーの登場を待った。
始業を知らせる鐘が鳴ったが、プロフェッサーはなかなか姿を現さない。
授業が始まって十分ほどして、分厚い本を小脇に抱えたプロフェッサーがぼさぼさの黒髪を掻きながら姿を現した。
「……ようこそ、工学科へ。この科目を専攻する一年生の諸君は、錬金術および魔導工学に並々ならぬ興味と探究心を持っているものと承知しています。そこで、今回の授業では君たちが持っている知識を用い、魔導器を作ることを課題とします。二年生三年生の諸君は、春休みの課題の最終仕上げに費やして頂いても構いません」
授業の開始早々に、魔導器を作るという課題が出され、一年生の間にざわめきが広がる。午後の授業時間を全て使ったとして、三時間程度だが、その時間で完成出来る物となるとかなり限られているだろう。一方の上級生は、慣れた様子で手許の魔導器を評しあっている。
「一年生はゼロから作ることになりますが、教室内にはあらかじめ必要であろう材料と資料を用意してあります。私の論文や私物の研究書を含め、どれでも自由に使うことができます」
「……魔導器であれば、なんでもいいんですか?」
挙手と同時に声を上げたのは、同じクラスのロメオだ。
「もちろん。それには魔導器の定義を改めて見直す必要もあるかもしれませんね」
なるほど、なかなか面白い授業の運び方だ。
魔導工学における魔導器は、エーテルを流すことで稼働する物体と定義されている。実生活で使用されているものは、ほとんど機械なのだが、魔導器の定義を改めて振り返ると、機械であることは必須ではない。
例えば、僕の真なる叡智の書はエーテルを流すことでその力を発揮するため、これも魔導器ということになる。つまり、紙の本であってもエーテルによって稼働するという条件を満たせば、魔導器と称されるのだ。
同様に、物体の大きさも定義されていない。子供の手のひらほどの大きさの玩具や、もっと小型で耳の穴に入れられるほどの大きさの集音魔導器もあれば、人間が中に乗り込み、エーテルを与えることで起動する機兵や従機も大型魔導器と位置づけられた魔導器だ。
とはいえ、三時間ほどで設計から完成まで持って行くとなると、かなり頭を使う必要があるだろうな。
プロフェッサーの様子を窺ってみると、ブツブツ言いながら、小脇に抱えて持ってきた本の続きを読み進めている。あくまで監督、という立場なのだろう。その代わりに上級生たちが一年生に材料や資料を融通してくれるのが見て取れた。アイザックとロメオもその話に加わり、機兵や従機の資料を好んで選択しているようだ。
もしかすると、エーテルで動く機兵の玩具を作るのかもしれないな。作業台の上に、機兵や従機の外装とそっくりの小さな部品があるので、短時間でも作りやすそうだ。
上級生たちは春休みの課題の改善点を互いに話し合い、それを改良することにしたようだ。ゼロからなにかを作ろうとしている生徒もいないわけではないが、二人ないし三人のグループで分担作業が出来ないか先生に打診したりしている。
和気藹々としていて、かなり過ごしやすそうな雰囲気だ。
それにしても、自由にと言われると何を作るべきか迷うな。ひとまず参考になりそうな資料を読んでおこうか。そう考えて論文が置かれた一角に移動すると、一番上に置かれたプロフェッサーの論文が目に入った。
目立たせようという意図があるわけではなく、アルバート・アンピエールという名前だから、必然的に一番上にくるのだろうな。
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