上 下
134 / 396
第三章 暴風のコロッセオ

第134話 久々の孤独

しおりを挟む

「よーし、じゃあ、今日も始めんぞ!」

 A組とのクラス対抗模擬演習を目前に、今日もヴァナベル主導による作戦会議が熱心に行われている。

「そろそろ行こうか、ホム」
「かしこまりました、マスター」

 始めのうちは教室に残っていたものの、空気のように扱われることと、それによってアルフェやファラ、リリルルとアイザック、ロメオ、ギードからの不安げな視線を向けられることもあり、僕とホムはこの時間から寮に戻ることにしていた。

「模擬戦まであと三日だ。そこで、今日はそれぞれの持ち込み武器を確認しようじゃないか!」

 ヴァナベルの大声が、教室のみならず廊下に出ても聞こえてくる。
 実戦形式の模擬戦は、模擬と言いながらも相手側クラスの攻撃でダメージを受けた者は退場し、相手が全滅するか降参宣言を出すかによって勝者が決定されるという仕様だ。

「マスターの真なる叡智の書アルス・マグナも、武器に入るのでしょうか?」
「ああ、リリルルは魔力を増幅する魔法の杖を持ち込むそうだし、特に制限はなさそうだね」

 ダークエルフの村に代々受け継がれている魔法の杖は、歴史で言えばグラス真なる叡智の書アルス・マグナと相違ない。もっと言えば、ヌメリンの戦斧のような殺傷性の高い武器の持ち込みさえ許されているので、制限がないというのは本当だろう。

「とはいえ加減が必要だから、いざという時まで使わないつもりだけれどね」

 模擬戦には、マチルダ先生を始めとした医療班が待機しているので、腕や脚の一本や二本が千切れたところで元通りにできることが確約されている。ただ、死者を蘇らせることが出来ないため、頭や心臓などの急所を狙った攻撃を行った者は失格となる。

 さすがに入学して初めての模擬戦で相手を深く傷つけるような行動を取るとは思えないが、念のため防御魔法の復習をしておいた方が良いかもしれないな。

「おお、リーフにホムじゃないか。今日も早帰りか?」

 模擬戦でどう振る舞うべきか考えながら廊下を歩いていると、タヌタヌ先生に声を掛けられた。

「はい。今のところ僕は人数合わせで充分なようですので」

 角が立たないように当たり障りない言葉を選んで返す。僕自身も積極的に働く気はなかったので、ヴァナベルからの扱いはそれほど居心地の悪いものではない。

「持病のおかげで体力に不安はあるだろうが、お前もわしの自慢の生徒だぞ。本番では自信を持って動いてくれると嬉しい」
「アルフェやホムが傷つけられることがないよう、振る舞おうと思います」
「マスターは命に替えてもわたくしがお守り致します」

 タヌタヌ先生の発言に僕とホムの声が重なる。

「はっはっは! その意気だ! 何せ時間は充分にあるからな。若者は焦って攻撃に行きがちだが、全体の戦局を見極めてからが本番だ」

 快活に笑うタヌタヌ先生は、今かなり大切なことを伝えてくれた気がする。軍人ということもあり、集団での戦い方というものをかなり心得た者の発言だ。しかも、僕は断片的にしか把握していないが、ヴァナベルの先手必勝な作戦を踏まえているようだな。

「そうですね。ヴァナベルは猪突猛進なきらいがあるので、僕は数歩引いて全体を見ようと思います。ありがとうございます」

 タヌタヌ先生のおかげで、僕の振るまい方が見えてきた。

「ヴァナベルは、血の気が多い上にせっかちだからな。自信があるように振る舞っているが、これまでにない差別を受けてかなり打ち拉がれているだろう。今回の勝利で、このクラスがひとつになることを、わしは強く望む」

 タヌタヌ先生が目を細めて僕を見下ろす。

「孤立を恐れず、常に冷静に振る舞うお前はその鍵となるかもしれないな」

 タヌタヌ先生の褐色の瞳に見つめられると、僕の本当の実力を見透かされているような気持ちになる。軍事訓練でも魔法学の授業でも、その成績からごく平凡な生徒であると示されているはずなのに。

 それに孤立を恐れないのは、前世の僕グラスが生涯誰も信じず誰からも愛されず孤独を孤独とも思わぬ生き方をしていたからだ。

「……ありがとうございます。僕にはもったいない言葉です」

 僕は複雑な気分でタヌタヌ先生に返すと、ホムと共に寮の部屋へと戻った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...