122 / 396
第三章 暴風のコロッセオ
第122話 1年F組
しおりを挟む1年F組の教室に入ってすぐ、これまで引っかかっていたものの正体が明らかになった。
「亜人の子ばっかりだね……」
「どうやらそのようだ」
さすがのアルフェも気づいたらしく、教室の入り口でぽつりと呟いた。かくいうアルフェもハーフエルフで、ホムに到ってはホムンクルスだ。僕は人間ではあるけれど、エーテル過剰生成症候群のせいで普通ではない身体になってしまっている。
前日の夕食時にファラが言っていたように入学式では亜人が多いという印象はなかったので、現実には亜人は少数派なのだろう。だが、その少数派がこのクラスに集中していることは一目瞭然だ。
「もうすぐホームルームの時間だし、席に着いて待とうか」
「そうだね」
アルフェが頷き、階段状になっている座席の後方を見る。と、先ほどまでは誰もいなかった窓際の席で、双子のダークエルフの姉妹が水晶球を浮かべていた。
褐色の肌で、銀髪サイドテールのダークエルフは、恐らく、リリ・ラス・エルマとルル・ラス・エルマの姉妹だろう。同じ苗字の生徒がいたので覚えていたが、どうやら一卵性の双子らしく全く見分けがつかないな。
「ダークエルフちゃんがいるね。可愛いなぁ」
「そうだね」
姉妹の手許で、水晶球が滑らかに動いている。どうやら占いをしているらしく、水晶球の中にはこの教室が投影されている。
「確か、リリちゃんとルルちゃんだよね。どっちがどっちなんだろう?」
アルフェは小声で呟いたのだが、その声に反応したようにエルマ姉妹の耳が動き、二人揃って席を立った。
「「……お困りかな、白い肌の見知らぬ人」」
二人が声を揃えて言い、アルフェと僕を真っ直ぐに見つめる。
「こそこそ話しててごめんね」
アルフェは素直に謝罪すると、人懐っこい笑みを浮かべて彼女たちに近づいた。
「ワタシもハーフだけどエルフだから、ダークエルフちゃんに会えたのが嬉しくて」
アルフェが横髪を持ち上げ、自らの尖った耳を見せる。高校生になってアルフェの耳は、すっかりエルフのそれと相違なくなっている。
「「おお」」
エルマ姉妹が驚きで目を丸くし、声を重ねる。タイミングも声も全く同じなのが興味深い。
「なるほど。それでは、教えて差し上げよう。白い肌の見知らぬエルフの人」
「わたしがリリだ」
そう言いながらエルマ姉妹の片方が、右のサイドテールにつけた紫色のリボンを指差す。
「わたしがルルだ」
もう一人が左のサイドテールにつけたピンクのリボンを指差した。
「君たちが来るのは、この占いでわかっていた」
エルマ姉妹が同時にアルフェの手を取り、にこやかに微笑みかける。
「「白い肌の見知らぬエルフの人。リリルルは、この運命的な出会いを祝して、ここにエルフ同盟を締結する」」
一語一句間違わずに声が重なる。ここまでくると、驚異的なシンクロ率だ。
リボンと結び方を変えたらどちらがどちらかわからないし、リリとルル二人セットで覚えておいた方がいいだろうな。本人たちが自称しているように、リリルルと呼んでおこう。
「あ、ありがとう。ワタシはアルフェ」
「「教えてくれて感謝する。白いエルフの人」」
微笑むリリルルはそのままアルフェと手を繋いで、くるくると踊りながら廊下に出て行く。その様子を他の亜人の生徒たちが興味深げに目で追っている。
やれやれ、目立つつもりはなかったが、この調子だとなかなかに難しそうだな。
それにしても、リリルルは今まで出逢ったことのないタイプだな。アルフェはもう楽しそうに踊っているけれど、僕が同じように振る舞えるかといえば全く自信がない。
「……マスター」
廊下に出てもなお踊り続ける三人を遠巻きに見ていると、ホムがおずおずと口を開いた。
「どうした、ホム?」
「ダークエルフは、同盟を結ぶときに踊るものなのでしょうか?」
ああ、僕自身もそういえばダークエルフを見るのは初めてだ。
「いや、あれは多分リリルルのオリジナルだ。全部がそうだと思わない方がいい」
「承知しました」
ホムが合点がいった様子で頷き、改めてクラスを見回す。危害を加える人物がいないか警戒している様子だが、今のところその心配もなさそうだ。
ホームルームの開始時刻が迫っていることもあり、クラスには人が増えてきた。こうしてみると、犬の亜人に代表される獣牙族、鼠人族、馬人族や魚人族など、かなり珍しい亜人が集まっているな。
「……やはり、グーテンブルク坊やの成績順という話は当てにならなさそうだ」
「マスターとアルフェ様の成績でしたら、A組以外に有り得ません」
僕の呟きに、ホムが憤慨した様子で返してくる。
「多分ね。さて、アルフェの様子を見に行こうか」
「はい」
教室と廊下を隔てる窓ガラスには、くるくると踊り続けている三人の影が見えている。その影を手掛かりに廊下に出ると、獣牙族の狐がかなり焦った様子で走ってくるのが見えた。
「遅刻遅刻でござる! 急ぐでござるよ、ロメオ殿!」
耳慣れない言葉で喋りながら走ってくる生徒の背中では、ふさふさした狐の尻尾が忙しなく揺れている。長めの金髪で顔が隠れてあまり見えないが、チェック柄の着物を着ているということは、カナド地方の出身なのだろうか。そうなると、腰に差しているのは木刀なのかもしれない。
「待てよ、アイザック。廊下は走るなって――」
獣牙族の生徒に遅れて走ってきたのは、白衣を着た丸眼鏡のかなり小柄の生徒だ。几帳面に短く刈り上げられた襟足が特徴の黒髪は、カナド地方の子供に良く見られるぼっちゃん刈りと呼ばれる髪型だったはずだ。白衣も間近で見ると、随分とぶかぶかだな。この年齢でこの体格ということは、恐らく小人族だろう。
「拙者走ってはおらぬ! これは縮地でござるよ、ロメオ殿!」
「滅茶苦茶言うなよ、アイザック――」
そこまで言って、ロメオと呼ばれていた生徒は急に立ち止まり、僕をまじまじと凝視した。
「ご、ごめん……」
進路を邪魔したつもりはなかったが、邪魔だったに違いない。廊下の端に避けると、近くで踊っていたリリルルとアルフェもぴたりと動きを止めた。
「「これはこれは、見知らぬルナールの人と見知らぬ小人族の人」」
リリルルが芝居がかった仕草で教室にアイザックとロメオを誘導する。
「ど、どうも……」
二人は面食らったように顔を見合わせると、先ほどまでの勢いが嘘のように大人しく教室に入っていった。
「マスター、あのロメオとやらは顔見知りでしょうか?」
「いや? どうしてそう思うんだい?」
「マスターの方をかなり気に掛けているようです」
そう言えばまだチラチラとこちらを見ているな。もしかすると、小人族と間違われたのかもしれない。
「まあ、気にする必要は――」
「げげっ!」
僕の声が嫌そうな声に遮られる。誰かと思えば、背後にヴァナベルとヌメリンがいた。
「お前、マジで高等部だったのかぁ!? しかも同じクラスかよ!」
「……残念ながらそのようだね」
ここまで露骨に本音を吐露してくるとは、やはりまともに相手にするのは面倒だな。
「なんだよ、残念ながらって! オレが同じクラスで文句あんのかよ!?」
先に突っかかってきたくせに、なんで文句を言っているのか意味がわからないな。ここは無視を決め込むしかないか……。
「まあまあ、みんな仲良くしようよ~」
ヌメリンがおっとりとした調子でヴァナベルを宥めていると、予鈴が校舎に響いた。
「予鈴が鳴り終わる前に席に着くんだぞ」
名簿らしき黒い冊子を手に現れたのは、頭部が狸の獣牙族の男性だ。帝国の軍服を着ているところを見るに軍人であることは明らかなので、恐らく軍事科の教師なのだろう。
「いいか、オレはまだお前をクラスメイトだと認めてないからな」
「…………」
ヴァナベルが吐き捨てるように言ってくるが、意味がわからないので、無視を決め込んで教室に入る。
「……ちっ! なんとか言いやがれ」
「ベル~、着席しないと遅刻だよ~」
「わぁってる!」
背後で相変わらずヴァナベルが騒いでいたが、もう放っておこう。
予鈴が鳴り終わり、全員が着席したのを待ってから先ほどの先生が自己紹介を始めた。
「さて、揃ったな。わしは、タヌティウス・タヌタルド。この1年F組を担当する。わしのことは、タヌタヌ先生と呼んで――」
「担任まで亜人とは、徹底してやがる……」
話の途中でヴァナベルが大きな独り言を挟んだ。
「ヴァナベル、話の途中だ。私語は慎むように」
注意を受けたヴァナベルは怯むどころか立ち上がり、悪びれもせず机を叩いた。
「だってそうだろ! F組に亜人ばっか集めやがって。聞けばこの差別は去年かららしいじゃねぇか」
ヴァナベルの突然の剣幕に、教室全体にざわめきが広がる。ほとんど全員が亜人ということは、教室を見渡せばすぐにわかる事実だ。だが、タヌタヌ先生は、ざわめきが落ち着くのを待ってから、落ち着いた様子で答えた。
「……誤解のないように言っておくが、全員が亜人というわけではないぞ」
「はぁ!? これの、どこがだよ!」
ヴァナベルが片眉を持ち上げ、両手を広げて教室の生徒たちを示す。クラスメイトたちはひそひそと囁き合っていたが、その視線は次第に僕に集中した。
「マスター」
ホムがどうすべきか迷った様子で指示を仰ぐ。僕は挙手して立ち上がると、クラスメイトたちの好奇の視線を甘んじて受けた。
「僕は人間だ。とある事情があって、この姿のまま成長しなくなっている」
「ほら、人間っていってもこのちんちくりんだけだろ?」
「ちんちくりんとはなんだ!」
鼻で笑ったヴァナベルに激昂した様子で言い返したのは、先ほどの小人族のロメオだ。
「なにか訳アリでござろう? 他人の容姿をとやかく言うのはよすでござる」
小人族に対する差別発言と捉えたのか、顔が真っ赤なロメオに代わり、アイザックがフォローを入れる。さすがにまずいと気がついたのか、ヴァナベルも素直に謝罪した。
「……悪かったよ。けどさ――」
なおも言い足りなさそうなヴァナベルを諫めるように、タヌタヌ先生がコツコツと黒板を叩く。
「雑談は終わりだ。自己紹介の後、クラス委員長を決めるぞ」
黒板には、いつの間にか自己紹介とクラス委員長と書かれていた。
0
お気に入りに追加
794
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました
魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」
8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。
その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。
堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。
理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。
その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。
紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。
夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。
フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。
ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
★小説家になろう様でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる