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第二章 誠忠のホムンクルス

第92話 奥義修得

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 マスターである僕がそばにいると、ホムの正確な判断を鈍らせるという指摘を受けて、夕方からの特別修行は僕抜きで行われることとなった。

 思いがけず一人の時間が出来たので、カナド大通りで行われる夕市を見て回ることにした。夕市にくるのは初めてだが、女主人が言っていたとおり、露店に並ぶものがとにかく安いな。行商人が自分たちの家や店に持って帰る手間や労力よりも、安く売る方を選んでいるらしい。

 そう考えると、品物が決まっていないのなら、夕市をざっと眺めて歩くのも悪くないな。子供だけだと、この前の人さらいのこともあって、やや不安はあるものの、目に付く場所に警察が何人も控えているので、よほどのことがない限りは大丈夫そうだ。

 まあ、軍や警察の目が元々行き届いているわけだし、トーチ・タウン自体、そこまで治安の悪い都市ではないからな。良く見ると、警察以外に軍人も警邏に出ているようで、夕市はカナド文化の異国情緒溢れる雰囲気を満喫できるほどには平和だ。

 女主人が名物だと言っていた叩き売りや、値切りの声もあまりなく、半額以下に値引きされた品を、人々が物珍しそうに眺めている。ほとんどは僕と同じで、目的の品を探しているわけではない観光客のようだ。

 せっかく来たのだし、両親にお土産を買うのもいいな。夏休みを返上して付き合ってくれているアルフェにも、なにかお礼がしたい。

 そんなことを考えていると、アルフェが武装錬成で見せてくれた籠手についていた花に似た髪飾りが目に留まった。鮮やかに着色されているが、どうやら革製のようだ。長く使えそうだしアルフェが好きそうなデザインだな。

 アルフェのことだから、僕とお揃いがいいと言い出しそうだし、ホムにもなにかあった方が自然だから三つ買っておくか。

 そう考えながら手を伸ばしたところに、狂雷獣きょうらいじゅうの革が売られているのが目に入った。

 狂雷獣というのは、頭部に常に帯電している六本の角を持つ大型魔獣だ。帯電によって変質した骨や角は、非常に硬く、綺麗に澄み切った蒼に染まっていることから、かなりの高値で取引されている。その肉は食用に適しており、それなりに流通しているため、副産物である革は魔獣が大型であることから比較的安価で取引されている。

 分厚いゴム質の革は、耐電性があるし、なめしてある上に、かなりの安価だから手に入れておいて損はなさそうだな。

「あの、この狂雷獣の革なんですが――」
「おお、お嬢ちゃん! お目が高いな! こりゃとっても珍しい素材でなぁ!」

 切り出した僕に、店主が前のめりに売り込んでくる。

「……ここだけの話、知り合いの冒険者が討伐した素材を譲ってくれたんだよ。どうだい? 重けりゃ、家まで届けてやるぜ!」

 少量を買おうと思ったのだが、店主の口ぶりだと、どうもこの一巻きを全部売りたいらしい。もしかして、この値段は、この一巻き分の値段なのかもしれないな。だったら、母のお土産にもなるだろうし、お小遣いで手に入るならかなり良い買い物な気もする。

「確認したいのですが、これ全部でこの値段なのでしょうか?」
「ははははっ! いいよ、いいよ。そうしよう!」

 値段は僕の勘違いだったようだけれど、店主は赤字で書かれていた値段で快く狂雷獣の革を売ってくれ、僕たちが宿泊している宿屋まで届けてくれると約束してくれた。

 想定外の買い物になったが、ホムに持たせれば大丈夫だろう。そういえば、耐電性があるのだから、ホムが奥義を修得できたら、この革で靴を作ってやるのがいいだろうな。速く走ったり、滞空時間を長く出来るように工夫してやろう。きっと役に立つはずだ。


   * * *


「リーフ、おかえり! 見て、見て!」

 買い物を終えて宿屋に戻ると、アルフェが満面の笑みで僕を迎え、庭へと急かした。

 庭ではホムとタオ・ランが軽い手合わせを行っていたが、僕が戻って来たことに気づくと、ホムはすぐにその場に跪いた。

「おかえりなさいませ、マスター」
「ただいま、ホム。奥義はどうだい?」

 薄明かりの中でも、ホムの姿が薄汚れているのがわかる。きっと、この短時間でアルフェとかなり集中して奥義修得を目指したのだろう。

「……それが、まだわたくしも合否については知らされていないのです」
「大丈夫だよ。ホムちゃん、すっごくがんばったんだもん! ねっ! おじいちゃん!」

 まだ不安げなホムとは反対に、アルフェは自信たっぷりに主張している。タオ・ランは柔和に頷いて、僕を真っ直ぐに見つめた。

「ほっほっほ。アルフェ嬢ちゃんの言う通りじゃな。だが、合否を決めるのはわしでもない――お主に決めてもらおうかの、リーフ嬢ちゃん」
「……つまり、ホムは雷鳴瞬動が使えるようになったのですね、老師」

「左様。アルフェ嬢ちゃんのお陰じゃな」
 タオ・ランが長い髭を揺らして何度も頷き、アルフェを示す。僕はその場にいなかったが、アルフェはどうやってホムを雷鳴瞬動の成功に導いたのだろうか。

「……アルフェ。一体どうやって、ホムの恐怖を取り除いたんだい?」
「あのね。ワタシ、考えたんだ。恐怖はなくならないし、取り除けるものじゃないと思う。だけど、ホムちゃんが、ワタシをしっかり信頼できるようにはできるんじゃないかなって」

 アルフェの答えは明確でわかりやすく、僕の凝り固まった前提を打ち砕いた。
 ああ、そうか。僕は本当に根本から間違っていたんだな。

 不要なものは取り除くなんて、相手がアルフェだったら絶対に考えないはずだし、僕自身もそんなことはできないというのに。どうして、ホムにならそれが出来ると思っていたんだろう。

「……アルフェはすごいね」

 アルフェが一人でそれを考え、ホムのためになにかをしてくれたことがただ嬉しくて、僕はアルフェを抱き締めた。

「すごいのはリーフだよ。ワタシ、リーフがいなかったら、なにもできないままだった」

 すっかり僕よりも大きくなったアルフェが、優しく、でも力強く僕を抱き締めてくる。そういえば、僕たちは小さな頃からこうして何度も抱き合って、触れ合って、お互いの仲を確かめ合ったりしたっけ。赤ん坊の頃は、アルフェにこうしてあげると落ち着くから、なんて思っていたけれど、今は……逆だな。

 ――アルフェに、こうして抱き締められると心から安心する。

「……そうか……。そうなんだな、ホム……」

 アルフェに抱き締められながら目を開くと、視線の先でホムがゆっくりと頷いた。表情はほとんど変わらなかったが、目許が少しだけ穏やかなように感じられた。

 アルフェはきっと、ホムが安心出来るように、時間をかけてホムと向き合って優しく抱き締めたんだろう。それは、僕が赤ん坊の頃から今までの経験に深く刻まれた幸せな記憶だ。アルフェの抱擁がそれを呼び起こし、ホムが恐怖を克服するための力になったはずだ。

「ありがとう、アルフェ。ホムのこともこうして抱き締めてくれて」
「……なんでわかったの?」

 そっと抱擁を解いたアルフェが、不思議そうに目を瞬く。

「だって、アルフェにこうされているときの僕は、凄く安心して満たされた気持ちになる。だから、僕の記憶を持つホムにも、その気持ちを実際に経験させてくれたんだろなって」
「うん。ワタシ、ホムちゃんのこともリーフと同じように好きだよ。一番はもちろんリーフなんだけど」

 僕に見抜かれたのが恥ずかしかったのか、アルフェの顔が少し赤い。アルフェの告白を改めて聞いて頬が熱くなっているから、きっと僕も同じように顔が赤くなっているんだろうな。でも、それを幸せだと思うこの気持ちは、大事にしたい。だからこそ、この幸せな生活を失いたくない。

「マスター」

 僕の考えていることが伝わったのか、錬武場の中心に立ったホムが声を発する。僕を呼ぶその声の響きだけで、ホムの覚悟が伝わったような気がした。

「……どうやら、ホム嬢ちゃんの準備が出来たようじゃな」
「ワタシは、いつでも大丈夫だよ、ホムちゃん」

 アルフェが錬武場の手前に歩を進め、目を閉じる。僕はタオ・ランと共に二人がよく見える位置まで下がった。

「……鋼の身体よ、武威を示せ。武装錬成アームド

 ホムの武装錬成の詠唱とともに、その手足が武具で包まれる。ホムは滑らかな動きで全身に力を入れ、一歩踏み込むと同時に声を発する。

「我が元に来たれ、軌道レール

 岩を破って二本の鋼鉄製の軌道レールがせりあがり、ホムはその間で射出に備えた前傾姿勢を取る。

 間髪入れずに、アルフェが付与魔法エレメントエンチャントで雷魔法を発動させ、軌道に電流を流していく。迸る電流の光は次第に大きくなりホムの足元に収束したかと思うと、二人が同時に鋭く前を見据えた。

「「雷鳴瞬動ブリッツレイド」」

二人の声が重なり、迸る雷魔法をその身にまとったホムが一瞬で宙に消える。その蹴りが放たれると同時に、空気を破る激しい音が鼓膜を震わせた。

 ――――!!

 空に浮かんでいた夏雲が散り散りになって消え、衝撃波が辺りを震わせる。その威力はタオ・ランが見せたもの以上だった。

「ありがとうございます、アルフェ様」

 地上に戻ってきたホムが、アルフェに深々と頭を下げている。たった数時間で、この奥義を自分のものにしてみせるなんて、致命的な欠陥があったというのに驚異的な成長だ。

 ――ホム……。

 なにか言ってやらなければと思ったのに、声にならなかった。信じられないくらい僕は、ホムとアルフェが見せてくれた奥義に心を震わされていた。

「さて、どうだったかの、リーフ嬢ちゃん」
「申し訳ありませんが、老師――」

 参ったな。こんなことで目頭が熱くなるなんて、僕も随分心が豊かになってしまった。

「僕には、合格以外の選択肢が見つかりません」

 僕の答えにタオ・ランは、深い皺の刻まれた顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。

「わしもじゃ」

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