上 下
91 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第91話 感情抑制の影響

しおりを挟む
 遊泳区から戻ってすぐに、僕たちはタオ・ランにホムの奥義修得についての提案を伝えた。

「ほうほう……。付与魔法エレメント・エンチャントとな……」

 アルフェのアイディアはかなり良い案だと思っていたのだが、タオ・ランの反応はあまり芳しいものとはいえなかった。

「……難しいでしょうか?」

 歯切れの悪さを感じながら、その真意を探ってみる。僕の不安が伝わったのか、タオ・ランはすぐに笑顔で首を横に振った。

「いや、アルフェ嬢ちゃんの魔法技術をもってすれば造作もないことじゃろう。ホム嬢ちゃんも軌道レールと武装錬成には成功しておる。タイミングさえ合わせれば、すぐにでも習得出来るじゃろうな」
「そのタイミングが問題になりそうだよね、おじいちゃん」

 アルフェが両手で拳を作り、意気込みを見せている。タオ・ランは柔和に同意を示した後、ホムへと視線を移した。

「そのとおりじゃ。だが、ホム嬢ちゃんは、雷を怖がっておる。アルフェ嬢ちゃんの付与魔法エレメント・エンチャントへの反応は、本能的に遅れるじゃろう」
「お言葉ですが、老師。ホムは、自分で雷属性の魔法を使えないというだけではありませんか?」

 僕の解釈とタオ・ランの見解の相違に気づき、口を挟む。タオ・ランは僕の発言に、やや厳しい視線を向けた。

「……リーフ嬢ちゃん。ホムンクルスの感情抑制は、人間からはほとんどわからんよ。たとえマスターであろうともな」

 ひょっとして僕が子供だからといって、マスターの適性を疑われているのだろうか。タオ・ランには、僕のグラスとリーフ、二人の人生を足しても経験において全く及ばないと思うが、ホムンクルスに関しては僕の方が詳しいはずだ。

「しかし、ホムは老師の雷鳴瞬動らいめいしゅんどうを目の当たりにしても、微動だにしなかったではありませんか」
「……微動だにせぬということが、恐怖の反応を示していないと、どうして断定できる?」

 食い下がる僕に、タオ・ランは憐れむような視線を向けた。どうしてそんな反応を示すのかわからないまま、僕は質問に答えた。

「怯えているのならば、本能的な防衛反応が働くからです」

 たとえば、熱いものに触れたならば反射的に手を引っ込めるような反応が、起こるはずなのだ。現にホムは、自身が雷属性の魔法を行使することを恐怖している。それと同じ反応を、タオ・ランの奥義の前でも、アルフェの魔法の前でも見せてはいない。そのことは確認済みだと主張したが、タオ・ランは哀しげな表情を変えなかった。

「……ホム嬢ちゃん、本当にそう思うかの?」
「……いいえ」

 タオ・ランの問いかけに、ホムは迷いながら首を横に振った。

「それはどうしてだい、ホム?」

 ホムの反応は意外だった。どうしてなのか、早く理由を知らなければ。

「あのとき、わたくしが取るべき行動は、いつでもマスターとアルフェ様をお守り出来るように、防御の姿勢を取ることでした。わたくしには、それができていませんでした……」

 ホムの告白は、僕のなかにあった前提条件を揺るがした。ホムの感情抑制は確かに働いていて、ホムは常に雷の恐怖と戦っていたのだ。

「自分のことがよくわかっておる。客観視出来る目を持っているということは、良いことじゃ」

 タオ・ランがホムの告白を肯定するように頷いている。あの一連の発言は、僕に釘をさすためのものだったのだ。僕と同じくホムのことを誤解していたアルフェも、表情を強ばらせて口を開いた。

「じゃあ、やっぱり、ワタシが協力しても奥義は――」
「いいえ、アルフェ様。わたくしは必ず克服してみせます。奥義の修得なくして、この合宿を終えるわけには参りません」

 アルフェの言葉を遮り、その厚意を無駄にしたくないとホムが主張する。

「リーフ……」

 タオ・ランの分析とホムの現状を知って、アルフェは困惑した様子で僕を見つめた。

「……ホムがそう言ってるんだ。協力してくれるかい、アルフェ?」

 だが、ホムと同じく僕も奥義の習得は必須と考えている。だから、この流れですぐにアルフェの協力を取り下げることはできない。

「……リーフが望むなら、ワタシ、やるよ。でも、ホムちゃん、ひとつだけ教えて」

 アルフェは覚悟を決めたように何度か頷いてから答えると、ホムの手を取ってその目を真っ直ぐに見つめた。

「どうしてそこまで奥義にこだわるの? あの人さらいのおじさんたちみたいな悪者からは、ワタシたち子供は逃げればいいんだよ。タオ・ランおじいちゃんみたいな人が、絶対助けてくれるから」
「仰るとおりです、アルフェ様。ですが、そのような目が届かない場所でも、わたくしにはマスターとアルフェ様をお守りする使命があります。この命に替えても」
「……それは、ホムンクルスだから……?」

 そうだ、僕がホムのことをそう運命づけたから。
 ホムは絶対にそれに逆らうことはできない。

「……いいえ」

 アルフェの問いかけに、ホムは首を横に振った。

「わたくしにとって、マスターとアルフェ様がかけがえのない存在だからです」

 ホムのその答えには、僕が驚かされた。その言葉は、僕がアルフェに抱く感情と酷似していたからだ。ホムは僕の記憶からそれを読み取り、僕だけではなくアルフェにもその感情を当てはめてみせたのだ。

「……ワタシにとっても、ホムちゃんは大事な友だちだよ。だから、命はかけてほしくないな……」
「アルフェ様の望まないことは致しません。そのためにも、この奥義を修得する必要があるとわたくしは考えます」

 今ここで、タオ・ランから奥義の修得ができなければ、ホムは多分後悔するのだろう。かといって、ホムが強い恐怖を覚えるとわかっている雷属性の魔法を無理強いすべきかといえば、なにかが違うような気がした。おそらく、アルフェが迷っているのもその一点だろう。

 アルフェはともかく、僕も子供だった。グラスとリーフ、二人分の人生を生きたはずなのに、自らが生み出したホムンクルスの内情すら正確に推しはかることさえ出来なかったのだから。

 ホムが奥義を修得したがっているのは、果たしてホムの本当の意思なのだろうか? 僕はそれに甘んじていても良いのだろうか?

「……ほっほっほ。ホム嬢ちゃんの決意は揺るがない様子じゃのう。では、こうしよう――」

 ホムの覚悟に答えることができないでいる僕もアルフェに代わって、タオ・ランが口を開いた。

「ホム嬢ちゃんは感情を表に出すことができん。ならばそれを、このわしの目で見抜こうではないか」
「老師様。それは、わたくしがほんの少しでも恐怖の反応を示したら、奥義の伝授を取りやめるということでしょうか?」

 ホムが切実さを秘めた目でタオ・ランに訴えかけている。出来ることなら止めてほしくないという意思が、そこには宿っていた。

「まあ、そういうことになるかのう。ホム嬢ちゃんや、その志は見事じゃが、もっと『普通』に生きることも大切じゃ。この星から命を授けられたなら、誰にでも幸せになる権利がある……そう思わんかね、リーフ嬢ちゃん?」

 老師の言葉は優しかったが、正論を向けられた僕は頷く以外になにもできなかった。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話

嵐華子
ファンタジー
【旧題】秘密の多い魔力0令嬢の自由ライフ。 【あらすじ】 イケメン魔術師一家の超虚弱体質養女は史上3人目の魔力0人間。 しかし本人はもちろん、通称、魔王と悪魔兄弟(義理家族達)は気にしない。 ついでに魔王と悪魔兄弟は王子達への雷撃も、国王と宰相の頭を燃やしても、凍らせても気にしない。 そんな一家はむしろ互いに愛情過多。 あてられた周りだけ食傷気味。 「でも魔力0だから魔法が使えないって誰が決めたの?」 なんて養女は言う。 今の所、魔法を使った事ないんですけどね。 ただし時々白い獣になって何かしらやらかしている模様。 僕呼びも含めて養女には色々秘密があるけど、令嬢の成長と共に少しずつ明らかになっていく。 一家の望みは表舞台に出る事なく家族でスローライフ……無理じゃないだろうか。 生活にも困らず、むしろ養女はやりたい事をやりたいように、自由に生きているだけで懐が潤いまくり、慰謝料も魔王達がガッポリ回収しては手渡すからか、懐は潤っている。 でもスローなライフは無理っぽい。 __そんなお話。 ※お気に入り登録、コメント、その他色々ありがとうございます。 ※他サイトでも掲載中。 ※1話1600〜2000文字くらいの、下スクロールでサクサク読めるように句読点改行しています。 ※主人公は溺愛されまくりですが、一部を除いて恋愛要素は今のところ無い模様。 ※サブも含めてタイトルのセンスは壊滅的にありません(自分的にしっくりくるまでちょくちょく変更すると思います)。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)

音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。 魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。 だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。 見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。 「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

処理中です...