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第二章 誠忠のホムンクルス
第78話 ホムの献身
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夢を見るのが怖くて、あれから一睡も出来なかった。両親を心配させないように、いつもの起床時間までは自室で過ごし、鏡で自分の顔を確かめてから部屋を出た。
「おはようございます、マスター」
命令通り部屋を出て行ったホムが、廊下を掃除する手を止めて、深々と頭を下げた。良く見ると、家のあちこちがぴかぴかに磨かれている。もしかして、僕が部屋を追い出してからずっと掃除をしていたのだろうか。
「おはよう、リーフ。見てこれ、凄いわよね。朝起きたら家中がぴかぴかになっていたのよ」
「……そのようですね」
母に倣って廊下からリビングに移動しながら、ホムの『仕事』を実感する。掃除を命じたわけでもないのに、ホムは自分の役割から最適な行動を選んでくれたようだ。
「ホムは偉いわね。ママ、びっくりしちゃった」
「お役に立てたなら、何よりです。ナタル様」
母が僕にするように、ホムの頭を撫でる。ホムはそれに恐縮したように畏まり、首を縮めるような仕草をした。
「リーフも褒めてあげて」
「はい。……偉いぞ、ホム」
僕の思考や行動原理を予測し、リビングで寝るというような安易な行動はせず、家の仕事をしてくれたという点では高い評価を出してやりたいところだ。頭をなでてやると、ホムは安心したように薄く目を閉じた。
「本当に助かっているわ。ありがとう。そろそろ朝ごはんにしましょうね……、っ、げほげほっ」
朗らかに笑っていた母が、急に咳き込みはじめる。その咳はなかなか止まらず、母は身体を折って苦しげに何度も息を吐いた。
「……大丈夫ですか、母上」
「少し風邪気味みたい。最近急に寒くなったせいね。……大丈夫、大したことないわ……っ、げほっ、げほっ……」
話している間にも、母の苦しげな咳が混じる。無理はさせたくないので、僕は母にソファに座るように促し、あたたかい飲み物を用意した。
「朝食は僕が用意しますから、母上は休んでいてください。……手伝ってくれ、ホム」
「かしこまりました、マスター」
ホムを従えて台所に入る。風邪気味というなら、身体に良さそうなものがいいだろう。
冷蔵魔導器の中を覗くと、卵の買い置きが目に入った。卵は栄養があるし、使いたいな。確か余熱で火を通した鶏の胸肉があるから、それもなにかに使えそうだ。
さすがに肉は消化にあまり良くないだろうから、出汁だけを使おう。同じ鶏だし、卵にも合うだろう。それから麦を水で戻したものがあるから、出汁と一緒に炊いておこう。
卵はスクランブルエッグの要領で溶いて、煮立ったスープに入れて火を通すのはどうだろうか。塊で食べるよりも、幾分か食べやすいだろうし、吸収もよくなるはずだ。味付けは塩と、身体が温まるように、香辛料も少し入れておこうかな。
考えながら小鍋に麦と鶏の出汁を入れて柔らかく炊いて味付けし、溶き卵を回し入れる。料理の手伝いを頼まれたホムは、僕が指示する前に適宜洗い物を始めてくれた。記憶同調の効果なんだろうけれど、普段から僕がやっていることを目の前でなぞられるのは、複雑な気分だな。
だが、お陰で料理に集中出来るのは有り難い。母上から見た僕も、このような感じなのだと良いのだけれど。
そうして仕上がった麦と鶏出汁、卵のスープを母は喜んで食べてくれた。少し休んでもらったことで、咳も幾分か落ち着き、心なしか顔色も良くなったようだ。
「身体がとても温まるわ。もう元気になってきたみたい」
「無理は禁物ですよ、母上。家のことは僕とホムに任せて休んでください。父上も仕事でいないのですから」
父は、僕たちが眠っている間に夜勤のため家を出ている。確か帰って来るのは三日後だ。
「……そうね。じゃあ、甘えさせてもらうわ。ありがとう、リーフ、ホム」
母は微笑んで頷くと、僕とホムの頭を左右の手で優しく撫でた。
「……ところで、ホムはこれからどうするの?」
「まだ決めていないのですが、家の手伝いをするのが楽しいようですし、このまま家の手伝いをさせようかと――」
「リーフ」
僕の発言を、母が鋭く遮る。叱られるかと思ったが、母は申し訳なさそうな顔をして続けた。
「気持ちは嬉しいけれど、リーフがマスターなのだから、傍にいさせてあげて」
ああ、もしかして僕が母の体調を気遣っていると思われたのかな? それもあるけれど、あまり馴れ合いたくないというのが本音なのだが……。
でも、変にここで頑なに家に置いておくと言えば、どうしてホムンクルスを作ったのかという根本的な面も含めて、心配されることにもなりかねないな。差し迫った危険があるわけじゃないし、護衛のために作った話を切り出すわけにもいかないし、ここは言う通りにしておこう。
「……わかりました。では、学校が始まったら、一緒に連れて行きましょう。ホムもそれでいいかな?」
言葉は普通だが、僕の発言はホムにとっては『命令』になる。
「もちろんです、マスター」
当然、予測通りの答えが返ってきた。
「おはようございます、マスター」
命令通り部屋を出て行ったホムが、廊下を掃除する手を止めて、深々と頭を下げた。良く見ると、家のあちこちがぴかぴかに磨かれている。もしかして、僕が部屋を追い出してからずっと掃除をしていたのだろうか。
「おはよう、リーフ。見てこれ、凄いわよね。朝起きたら家中がぴかぴかになっていたのよ」
「……そのようですね」
母に倣って廊下からリビングに移動しながら、ホムの『仕事』を実感する。掃除を命じたわけでもないのに、ホムは自分の役割から最適な行動を選んでくれたようだ。
「ホムは偉いわね。ママ、びっくりしちゃった」
「お役に立てたなら、何よりです。ナタル様」
母が僕にするように、ホムの頭を撫でる。ホムはそれに恐縮したように畏まり、首を縮めるような仕草をした。
「リーフも褒めてあげて」
「はい。……偉いぞ、ホム」
僕の思考や行動原理を予測し、リビングで寝るというような安易な行動はせず、家の仕事をしてくれたという点では高い評価を出してやりたいところだ。頭をなでてやると、ホムは安心したように薄く目を閉じた。
「本当に助かっているわ。ありがとう。そろそろ朝ごはんにしましょうね……、っ、げほげほっ」
朗らかに笑っていた母が、急に咳き込みはじめる。その咳はなかなか止まらず、母は身体を折って苦しげに何度も息を吐いた。
「……大丈夫ですか、母上」
「少し風邪気味みたい。最近急に寒くなったせいね。……大丈夫、大したことないわ……っ、げほっ、げほっ……」
話している間にも、母の苦しげな咳が混じる。無理はさせたくないので、僕は母にソファに座るように促し、あたたかい飲み物を用意した。
「朝食は僕が用意しますから、母上は休んでいてください。……手伝ってくれ、ホム」
「かしこまりました、マスター」
ホムを従えて台所に入る。風邪気味というなら、身体に良さそうなものがいいだろう。
冷蔵魔導器の中を覗くと、卵の買い置きが目に入った。卵は栄養があるし、使いたいな。確か余熱で火を通した鶏の胸肉があるから、それもなにかに使えそうだ。
さすがに肉は消化にあまり良くないだろうから、出汁だけを使おう。同じ鶏だし、卵にも合うだろう。それから麦を水で戻したものがあるから、出汁と一緒に炊いておこう。
卵はスクランブルエッグの要領で溶いて、煮立ったスープに入れて火を通すのはどうだろうか。塊で食べるよりも、幾分か食べやすいだろうし、吸収もよくなるはずだ。味付けは塩と、身体が温まるように、香辛料も少し入れておこうかな。
考えながら小鍋に麦と鶏の出汁を入れて柔らかく炊いて味付けし、溶き卵を回し入れる。料理の手伝いを頼まれたホムは、僕が指示する前に適宜洗い物を始めてくれた。記憶同調の効果なんだろうけれど、普段から僕がやっていることを目の前でなぞられるのは、複雑な気分だな。
だが、お陰で料理に集中出来るのは有り難い。母上から見た僕も、このような感じなのだと良いのだけれど。
そうして仕上がった麦と鶏出汁、卵のスープを母は喜んで食べてくれた。少し休んでもらったことで、咳も幾分か落ち着き、心なしか顔色も良くなったようだ。
「身体がとても温まるわ。もう元気になってきたみたい」
「無理は禁物ですよ、母上。家のことは僕とホムに任せて休んでください。父上も仕事でいないのですから」
父は、僕たちが眠っている間に夜勤のため家を出ている。確か帰って来るのは三日後だ。
「……そうね。じゃあ、甘えさせてもらうわ。ありがとう、リーフ、ホム」
母は微笑んで頷くと、僕とホムの頭を左右の手で優しく撫でた。
「……ところで、ホムはこれからどうするの?」
「まだ決めていないのですが、家の手伝いをするのが楽しいようですし、このまま家の手伝いをさせようかと――」
「リーフ」
僕の発言を、母が鋭く遮る。叱られるかと思ったが、母は申し訳なさそうな顔をして続けた。
「気持ちは嬉しいけれど、リーフがマスターなのだから、傍にいさせてあげて」
ああ、もしかして僕が母の体調を気遣っていると思われたのかな? それもあるけれど、あまり馴れ合いたくないというのが本音なのだが……。
でも、変にここで頑なに家に置いておくと言えば、どうしてホムンクルスを作ったのかという根本的な面も含めて、心配されることにもなりかねないな。差し迫った危険があるわけじゃないし、護衛のために作った話を切り出すわけにもいかないし、ここは言う通りにしておこう。
「……わかりました。では、学校が始まったら、一緒に連れて行きましょう。ホムもそれでいいかな?」
言葉は普通だが、僕の発言はホムにとっては『命令』になる。
「もちろんです、マスター」
当然、予測通りの答えが返ってきた。
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