上 下
71 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第71話 新年に向かう街

しおりを挟む
 新年を控えた黒竜教の教会が、色とりどりの造花で飾られている。

 下校中、休憩を兼ねて立ち寄った教会の片隅で、僕とアルフェは温かな飲み物の施しを受けて、一息吐いた。

 黒竜神が甘い物を好むという言い伝えに合わせてか、飲み物にも甘味が足されている。あまり飲んだことのない飲み物は、街の西側にあるカナド人街で好まれている香茶というものらしい。

「甘くて美味しいね、リーフ」
「そうだね」

 飲み物のせいだけでなく、吐く息が白くなっている。やれやれ、こんな寒い日にアルフェには回り道をさせてしまって申し訳ないな。

「付き合わせて悪いね、アルフェ」
「ううん。リーフといつもより長く一緒にいられて嬉しいよ」

 冬休みを控えて、学校に置いておいた荷物を引き上げることにしたまでは良かったが、自分が成長しない身体だということを失念していた。一般的な中学生の荷物は、幼女の姿のままの僕には多すぎたし重すぎたのだ。

「……それなら良かった」

 スカートからのぞくアルフェの膝が、かじかんで赤くなっている。やはり寒いのか、アルフェが香茶のカップを太腿に押し当てながら少し笑った。白い吐息が零れて、風に流れていくのをぼんやりと眺めながら、僕もアルフェにならった。

「さて、温まったことだしそろそろ行こうか」
「もう……?」

 アルフェが、まだ少しだけ残っている香茶をちびちびと飲みながら僕を見つめる。

「別に急いで帰らなければならない用事があるわけじゃないけど、ここは寒いし、温かい家に帰った方がいいよ。風邪を引いたら、新年のお参りに行けなくなるからね」

 新年のお参りというのは、黒竜教の参拝のことだ。今居るこの教会――黒竜教では竜堂と呼ばれる建物が飾られているのも、その参拝に備えての準備の一環だ。トーチ・タウンに住む人々は、大切な人と共にこの竜堂を訪れ、無事と平安を祈願する。

 年が明ければ僕とアルフェが座っているこの長椅子がある一画も、黒竜神に捧げる菓子を売る屋台が所狭しと建ち並ぶ。子供たちにとっては、黒竜神へのお供え物という名目とともに、普段はあまり口に出来ないような高級な菓子を食べられる良い機会でもあるのだ。

「……一緒に行ってくれる?」
「もちろん。今年食べ損なった雲みたいなお菓子も食べないとね」

 アルフェがそう返すことはわかっていたので、新年の記憶を交えて頷いた。雲のような菓子というのは、砂糖を溶融させ、ごく細い糸状にしたもの綿状に絡めた菓子のことだ。

「……えへへ、リーフが覚えてくれてたの、嬉しいな」

 安価で子供のお小遣いでも手に入るこの菓子が売り切れていたのが、アルフェはやはり心残りだったようだ。

「少し早起きして行こうか。それとも新年だし夜に行くべきかな?」

 新年のこの日ばかりは子供も夜更かしを許される。冬休みにホムンクルスの錬成計画を立てていることもあり、僕はきっと夜遅くまで起きているだろう。

「リーフは忙しくなりそうだけど、平気?」
「新年にアルフェと過ごせる時間くらいは確保するよ。それに、材料はもうほとんど揃っているし」

 懸念していた飼育用の試験管は、リオネル先生経由で学校から貸与を受けられることになったし、学校での研究に協力してもらう予定があるという名目で、魔導培養液アムニオス流体も用意してもらえることになった。

 いずれも明日、父に頼んで学校から自宅に運搬することになっている。

「優秀な人材に相応の研究設備や備品を提供するのも、この学園の務め……か」

 ふと思い出してリオネル先生の言葉を繰り返す。アルフェが笑顔で頷き、僕の身体を優しく包み込むようにして抱き締めた。

「リーフはすごいよ。アルフェにはずっとキラキラして見えてるんだ」
「ありがとう、アルフェ」

 それがエーテルによるものなのか、それともアルフェの憧憬によるものかは水を差すから聞かないでおこう。間近にあるアルフェの顔を見上げて微笑み返すと、頬に冷たいものが落ちた。

「あ、雪……」

 アルフェが呟いて宙を仰ぐ。細かな雪がゆっくりと空から降ってくるのが見えた。

「本格的に降る前に、早く帰ろう」
「うん」

 アルフェが頷き、空になったコップを引き取って竜堂の端にあるゴミ箱に入れに行く。その間、僕は引き上げてきた荷物をひとつひとつ腕や肩にかけていった。

 少し休んだおかげで、なんとか家に帰ることが出来そうだ。この先も荷物が増えるだろうから、なにか対策を考えておいた方がいいだろうな。

「……ワタシ、なにか持とうか?」
「大丈夫だよ。アルフェだって大荷物なんだし」

 体格差もあって僕ほどではないにしても、アルフェも魔法学の授業で作った創作物などでかなりの荷物だ。

「……そっか、お揃いだね」

 アルフェは僕と自分の荷物を見比べて笑い、ゆっくりと歩き始める。雪を眺めながら歩いていると、竜堂の敷地を出たところで、運河を進む大きな資材船に出くわした。

 西側の軍港に向かっているところを見ると、魔導研究施設の建築用の資材なのかもしれない。このところ、トーチ・タウンの西側にある山間部には、皇帝の勅令で次々と魔導研究施設が建築されている。

 今度で七つ目になるだろう研究施設は、しかし、なんの研究をしているのかまでは明かされておらず、トーチ・タウンの住民の中でも時折噂になっている。単なる魔導研究施設というわけではなく、軍の管轄に入っていることも、気になるところだ。

 軍の機密があるだろうから、父に聞いてもなにもわからないだろうけれど、この平和が続くことを祈るばかりだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました

魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」 8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。 その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。 堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。 理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。 その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。 紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。 夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。 フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。 ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...