上 下
63 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第63話 和解の申し出

しおりを挟む
 入学式はアルフェの立派な挨拶ではじまり、つつがなく幕を閉じた。

「……んー、やっぱり緊張して、ちょっと噛んじゃった……」

 新入生――しかも、セント・サライアス初の小中連続しての特待生代表というアルフェの挨拶は、詩的でとにかく情感に溢れた素晴らしいものだった。

「全然そんなふうには聞こえなかったよ」

 この僕の想像力を以てしても、美しい花の舞う希望に溢れた景色が見えるようだったのだから、驚きだ。

「……でも、リーフの時みたいに泣いてる人、居なかったし……」
「アルフェの挨拶は希望に溢れたものだったからね。胸が弾むことはあっても、苦楽を思い出して泣くってことにはならないんじゃないかな?」

 だが、当のアルフェはどうも納得していないようだ。ここは、黙っておくつもりだった一言を伝えておいたほうが良いのかもしれない。

「……アルフェの代表挨拶は、本当に素晴らしかったよ」
「……本当に? どれくらい?」

 アルフェの目がキラキラしているところを見ると、自分を卑下しているわけではなくて、どうやら僕に褒められたいだけのようだ。

「……そうだな。アルフェの声は歌うように心地良くて、聞き惚れてしまったんだよ。アルフェが言う、希望の三年間……そのイメージが僕の頭にも浮かんでくるようだった……」
「リーフ……」

 アルフェが驚いたような声を漏らす。

「上手く言えていないかもしれないけれど、伝わるかな、アルフェ?」

 アルフェのように詩的な表現が浮かばなかったので、思ったままのことを伝えたつもりなのだが、直接すぎてわざとらしく聞こえてしまっただろうか……。

「ううん。すごく嬉しい……。リーフのエーテル、キラキラして……なんだか喜んでるみたい」
「そうなんだ……」

 思いがけないところで、僕のエーテルの状態を教えてもらったな。もしかして、感情とも関連があるのかもしれないな。

「きっと、みんなもそう思ったんじゃないかな」
「……そうだったら、嬉しいな」

 そうしてアルフェを労いながら教室に向かう途中、聞き覚えのある声が僕たちを呼び止めた。

「なあ! お前たち!」

 面倒臭そうな雰囲気を感じ取ったので、振り返らずに横目で見るだけにした。どうやら、あのグーテンブルク坊やだ。たくさんいたはずの取り巻きが、一人だけになっている。

「おい、待てよ! 俺を無視するなよ!」
「リーフ……」

 僕の視線に気づいたわけではないだろうが、グーテンブルク坊やが声を荒らげる。アルフェが怯えたような声を出し、僕の腕に抱きついた。

 やれやれ、フェアリーバトルでやられたのを忘れたわけじゃないだろうに。

「……誰かと思えば、グーテンブルク坊やじゃないか。なにか用かい?」

 ゆっくりと振り返り、余裕を持ってグーテンブルク坊やに対応する。振り返った僕とアルフェに、グーテンブルク坊やは称賛の目を向けた。

「アルフェのさ、さっきのあいさつ。すごかった……。お前の――いや、リーフの卒業の挨拶も良かったけどさ、なんていうか……」

 だが、彼の賛辞には僕もアルフェも興味がない。さっさと切り上げて教室に行くとするか。

「それはどうも」
「ま、待て。まだ話の途中だ」

 話を切り上げて踵を返そうとすると、グーテンブルク坊やが慌てた様子で呼び止めた。

「……まだなにか?」
「そ、その……さ。いつものヤツらが同じクラスに入れなくて、今はこの従者っていうか、ジョストしかいねぇんだよ。だから、これからはその……」

 どうやら、他の取り巻きは成績の問題で同じクラスにはなれなかったらしい。けれど、従者を伴うことができるなんて、そういう制度があったんだな。

「……と、とにかく、そういう訳だから、仲良くやろうぜ。今日はそれを言いにきた」
「わざわざどうも。けど、そもそも君が勝手に敵対してきただけで、僕はなんとも思っていないよ」
「……アルフェも」

 僕個人としては、心の底からどうでも良かったので適当に答えた。アルフェも同意を示したが、声の響きから察する限り、仲良くする気はないだろう。

「……そ、そうか……。じゃあ、良かった……」

 拍子抜けしたような声で呟き、グーテンブルク坊やがジョストと呼んだ従者と去って行く。ジョストだけが数歩進んでから振り返り、深々と頭を垂れると、急いでグーテンブルク坊やの方を追っていった。

「……なんだか雰囲気が変わったね……」

 アルフェがぽかんとしながらグーテンブルク坊やの背中を見つめている。

「まあ、僕たちに手出ししてこないなら、別に」
「そうだね」

 小学校で浄眼を揶揄された傷が癒えていないのか、アルフェは安堵に顔を綻ばせると、その場に少し屈んで、僕の頬に頬を寄せた。

「少しだけ、このままでいさせて、リーフ……」

 アルフェの声が少しだけ震えている。

「アルフェに嫌なことをするヤツは、もういないよ。だから大丈夫……」

 僕はかつてそうしたように、アルフェの髪を撫で、その下にある尖った耳を指先でなぞった。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

幻想美男子蒐集鑑~夢幻月華の書~

紗吽猫
ファンタジー
ーー さぁ、世界を繋ぐ旅を綴ろう ーー 自称美男子愛好家の主人公オルメカと共に旅する好青年のソロモン。旅の目的はオルメカコレクションー夢幻月下の書に美男子達との召喚契約をすること。美男子の噂を聞きつけてはどんな街でも、時には異世界だって旅して回っている。でもどうやらこの旅、ただの逆ハーレムな旅とはいかないようでー…? 美男子を見付けることのみに特化した心眼を持つ自称美男子愛好家は出逢う美男子達を取り巻く事件を解決し、無事に魔導書を完成させることは出来るのか…!? 時に出逢い、時に闘い、時に事件を解決し… 旅の中で出逢う様々な美男子と取り巻く仲間達との複数世界を旅する物語。 ※この作品はエブリスタでも連載中です。

けだものだもの~虎になった男の異世界酔夢譚~

ちょろぎ
ファンタジー
神の悪戯か悪魔の慈悲か―― アラフォー×1社畜のサラリーマン、何故か虎男として異世界に転移?する。 何の説明も助けもないまま、手探りで人里へ向かえば、言葉は通じず石を投げられ騎兵にまで追われる有様。 試行錯誤と幾ばくかの幸運の末になんとか人里に迎えられた虎男が、無駄に高い身体能力と、現代日本の無駄知識で、他人を巻き込んだり巻き込まれたりしながら、地盤を作って異世界で生きていく、日常描写多めのそんな物語。 第13章が終了しました。 申し訳ありませんが、第14話を区切りに長期(予定数か月)の休載に入ります。 再開の暁にはまたよろしくお願いいたします。 この作品は小説家になろうさんでも掲載しています。 同名のコミック、HP、曲がありますが、それらとは一切関係はありません。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...