59 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス
第59話 家族との時間
しおりを挟む
真実とともに本心を伝えたことでアルフェは落ち着いたものの、やはり不安げな表情が気になったので、家に泊まりに来るようにと促してみた。
アルフェは驚きながらも、僕の提案に笑顔で頷き、今度は嬉しくて泣き出した。
そういう経緯で、今僕は母と一緒に台所に立っている。急遽三人分の夕食を用意することになった母は、笑顔でアルフェのことを受け入れてくれた。
「不安な時に、傍に居てほしいと思える人がいるのは、心強いものよ」
どちらかと言えば、僕とアルフェは立場が逆なんだけどな。でも、母が納得しているならと頷いておく。
「あともう一品ほしいところね」
「そうですね。僕が作りましょう」
相槌を打ちながら冷蔵魔導器を覗くと、卵とバターが目に入る。スクランブルエッグなら、僕でも失敗せずに作れそうだ。
「ありがとう、リーフ。でも、無理はしないでね」
「大丈夫です。小学校でも料理の基本は習いましたから」
家での手伝いは、周りとの成長を比較しながらかなり慎重に行ってきたが、もうすぐ中学生だ。それを考えれば、グラスの頃に培った独り暮らしの技術や知識を披露したところで、全く問題はないだろう。
「えへへ。リーフの作ったお料理、ワタシ大好き」
台所に立つ僕の姿を、アルフェが嬉しそうに眺めている。
「そんな大したものが作れるわけじゃないけれどね」
そう言いながら、僕はアルフェの好きな卵料理を作っていく。とき卵に塩胡椒を振り、バターをたっぷり溶かしたフライパンでゆっくりと火を通す。グラスだった僕が一人で食べる分には卵の殻が入ろうが、焦げ付こうが気にならなかったが、アルフェと母が食べるのだと思うと、少し緊張した。
――ああ、これが本当の料理か……。
こうして誰かのために料理をすることで、改めて思う。グラスが作っていたのは、『食べられる』ものだ。料理とは、きっと食べる人を想って作って初めて完成するものなのだろうな。そう思うと、改めて母が愛情を込めて作る料理に興味を持った。
両親のために料理をするのも、悪くないな。まともな料理が作れるようになれば、かなり早い段階で恩返しができるかもしれない。
「いただきまーす!」
手を合わせるなり、アルフェが真っ先にフォークを伸ばしたのは、僕が作ったスクランブエッグだった。アルフェの好みに合わせて、ペースト状のトマトソースに砂糖を足したものをかけてあるが、どうだろうか……。
「アルフェ、美味しい?」
「卵がふわふわで、とっても美味しい! ワタシ、これ大好き!」
僕の問いかけに、アルフェが満面の笑みで答える。もう中学生になるというのに、唇の端にトマトソースをつけたままというあたり、よほど食べるのに夢中になっているみたいだ。
「ソースがついてるよ、アルフェ」
手布を取り、隣に座るアルフェの唇の端を拭う。
「ありがとう、リーフ」
アルフェは恥ずかしそうに微笑むと、僕の手ごと手布を下げて、舌先で唇の端を舐めた。
「このソースもとっても美味しいから、拭っちゃうのは勿体ないな」
「アルフェの好きな味になっていたかい?」
「うん、とっても! やっぱり、リーフがワタシのためにアレンジしてくれたんだね」
やっぱり、ということは、どうやらアルフェは僕の工夫に気づいていたようだ。自分から言い出さなくて良かったと思いながら、僕は表情を崩した。
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」
「リーフのこと、大好きなんだもん。大好きなリーフが作ったお料理は、ワタシにはご馳走だよ」
アルフェが恥ずかしげもなく自分の想いを伝えてくる。
「アルフェがそうなら、僕もアルフェの作った料理を食べたら、そんな気持ちになれるのかもしれないな」
つられて本音を零してしまったが、アルフェは困ったような顔をして僅かに顔を曇らせた。
「……なれるかなぁ……?」
肯定の言葉が返ってくるとばかり思っていたので、完全に不意を突かれてしまう。
「……どうしたの、アルフェ?」
「ワタシ、ママみたいにお料理上手じゃないから……」
ああ、なんだそういう理由か。理由がわかった途端に安堵の息が漏れた。
「ふふふ、ジュディさんの腕前なんて誰にでも到達出来るレベルじゃないわ」
落ち込んだ様子のアルフェを励ますように、母が明るい声を出す。思っていたことを母が代弁してくれたので、僕も力強く頷いた。
「僕もそう思う。アルフェの料理も、今度食べさせてほしいな」
「……うん」
アルフェの顔に笑顔が戻ってくる。
「じゃあ、中学に入ったら、お弁当……交換したいな」
ああ、確か中学校では食堂かお弁当を選べるんだったな。しかも、アルフェはおかずじゃなくてお弁当を丸ごと交換したいらしい。まあ、中学生らしい発想な気もするし、僕とアルフェの仲なんだからいいんじゃないだろうか。
「じゃあ、アルフェの好きなもの、いっぱい入れないとね」
笑顔で同意すると、アルフェが笑った。相変わらず、アルフェの表情はころころと変わって本当に感情豊かだ。花が咲くような笑顔というのは、こういう笑顔のことなんだろうな。
「リーフが作ってくれるなら、全部すき」
「好き嫌いがないのは、いいことよね。リーフもなんでも食べてくれて偉いわ」
僕たちの会話を微笑ましく聞いていた母が、和やかに呟く。多分アルフェの言っていることは好き嫌いとはちょっと違うんだけどな。でも、そういうことにしておいてもいいか。
「……お弁当に良さそうな料理を、教えてもらえますか、母上?」
「もちろんよ。リーフが料理に興味を持ってくれて嬉しいわ」
母が嬉しそうに頷いてくれる。母と交流できる良い機会をくれたアルフェに、僕は心から感謝した。
アルフェは驚きながらも、僕の提案に笑顔で頷き、今度は嬉しくて泣き出した。
そういう経緯で、今僕は母と一緒に台所に立っている。急遽三人分の夕食を用意することになった母は、笑顔でアルフェのことを受け入れてくれた。
「不安な時に、傍に居てほしいと思える人がいるのは、心強いものよ」
どちらかと言えば、僕とアルフェは立場が逆なんだけどな。でも、母が納得しているならと頷いておく。
「あともう一品ほしいところね」
「そうですね。僕が作りましょう」
相槌を打ちながら冷蔵魔導器を覗くと、卵とバターが目に入る。スクランブルエッグなら、僕でも失敗せずに作れそうだ。
「ありがとう、リーフ。でも、無理はしないでね」
「大丈夫です。小学校でも料理の基本は習いましたから」
家での手伝いは、周りとの成長を比較しながらかなり慎重に行ってきたが、もうすぐ中学生だ。それを考えれば、グラスの頃に培った独り暮らしの技術や知識を披露したところで、全く問題はないだろう。
「えへへ。リーフの作ったお料理、ワタシ大好き」
台所に立つ僕の姿を、アルフェが嬉しそうに眺めている。
「そんな大したものが作れるわけじゃないけれどね」
そう言いながら、僕はアルフェの好きな卵料理を作っていく。とき卵に塩胡椒を振り、バターをたっぷり溶かしたフライパンでゆっくりと火を通す。グラスだった僕が一人で食べる分には卵の殻が入ろうが、焦げ付こうが気にならなかったが、アルフェと母が食べるのだと思うと、少し緊張した。
――ああ、これが本当の料理か……。
こうして誰かのために料理をすることで、改めて思う。グラスが作っていたのは、『食べられる』ものだ。料理とは、きっと食べる人を想って作って初めて完成するものなのだろうな。そう思うと、改めて母が愛情を込めて作る料理に興味を持った。
両親のために料理をするのも、悪くないな。まともな料理が作れるようになれば、かなり早い段階で恩返しができるかもしれない。
「いただきまーす!」
手を合わせるなり、アルフェが真っ先にフォークを伸ばしたのは、僕が作ったスクランブエッグだった。アルフェの好みに合わせて、ペースト状のトマトソースに砂糖を足したものをかけてあるが、どうだろうか……。
「アルフェ、美味しい?」
「卵がふわふわで、とっても美味しい! ワタシ、これ大好き!」
僕の問いかけに、アルフェが満面の笑みで答える。もう中学生になるというのに、唇の端にトマトソースをつけたままというあたり、よほど食べるのに夢中になっているみたいだ。
「ソースがついてるよ、アルフェ」
手布を取り、隣に座るアルフェの唇の端を拭う。
「ありがとう、リーフ」
アルフェは恥ずかしそうに微笑むと、僕の手ごと手布を下げて、舌先で唇の端を舐めた。
「このソースもとっても美味しいから、拭っちゃうのは勿体ないな」
「アルフェの好きな味になっていたかい?」
「うん、とっても! やっぱり、リーフがワタシのためにアレンジしてくれたんだね」
やっぱり、ということは、どうやらアルフェは僕の工夫に気づいていたようだ。自分から言い出さなくて良かったと思いながら、僕は表情を崩した。
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」
「リーフのこと、大好きなんだもん。大好きなリーフが作ったお料理は、ワタシにはご馳走だよ」
アルフェが恥ずかしげもなく自分の想いを伝えてくる。
「アルフェがそうなら、僕もアルフェの作った料理を食べたら、そんな気持ちになれるのかもしれないな」
つられて本音を零してしまったが、アルフェは困ったような顔をして僅かに顔を曇らせた。
「……なれるかなぁ……?」
肯定の言葉が返ってくるとばかり思っていたので、完全に不意を突かれてしまう。
「……どうしたの、アルフェ?」
「ワタシ、ママみたいにお料理上手じゃないから……」
ああ、なんだそういう理由か。理由がわかった途端に安堵の息が漏れた。
「ふふふ、ジュディさんの腕前なんて誰にでも到達出来るレベルじゃないわ」
落ち込んだ様子のアルフェを励ますように、母が明るい声を出す。思っていたことを母が代弁してくれたので、僕も力強く頷いた。
「僕もそう思う。アルフェの料理も、今度食べさせてほしいな」
「……うん」
アルフェの顔に笑顔が戻ってくる。
「じゃあ、中学に入ったら、お弁当……交換したいな」
ああ、確か中学校では食堂かお弁当を選べるんだったな。しかも、アルフェはおかずじゃなくてお弁当を丸ごと交換したいらしい。まあ、中学生らしい発想な気もするし、僕とアルフェの仲なんだからいいんじゃないだろうか。
「じゃあ、アルフェの好きなもの、いっぱい入れないとね」
笑顔で同意すると、アルフェが笑った。相変わらず、アルフェの表情はころころと変わって本当に感情豊かだ。花が咲くような笑顔というのは、こういう笑顔のことなんだろうな。
「リーフが作ってくれるなら、全部すき」
「好き嫌いがないのは、いいことよね。リーフもなんでも食べてくれて偉いわ」
僕たちの会話を微笑ましく聞いていた母が、和やかに呟く。多分アルフェの言っていることは好き嫌いとはちょっと違うんだけどな。でも、そういうことにしておいてもいいか。
「……お弁当に良さそうな料理を、教えてもらえますか、母上?」
「もちろんよ。リーフが料理に興味を持ってくれて嬉しいわ」
母が嬉しそうに頷いてくれる。母と交流できる良い機会をくれたアルフェに、僕は心から感謝した。
0
お気に入りに追加
794
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
夫に離婚を切り出したら、物語の主人公の継母になりました
魚谷
恋愛
「ギュスターブ様、離婚しましょう!」
8歳の頃に、15歳の夫、伯爵のギュスターブの元に嫁いだ、侯爵家出身のフリーデ。
その結婚生活は悲惨なもの。一度も寝室を同じくしたことがなく、戦争狂と言われる夫は夫婦生活を持とうとせず、戦場を渡り歩いてばかり。
堪忍袋の緒が切れたフリーデはついに離婚を切り出すも、夫は金髪碧眼の美しい少年、ユーリを紹介する。
理解が追いつかず、卒倒するフリーデ。
その瞬間、自分が生きるこの世界が、前世大好きだった『凍月の刃』という物語の世界だということを思い出す。
紹介された少年は隠し子ではなく、物語の主人公。
夫のことはどうでもいいが、ユーリが歩むことになる茨の道を考えれば、見捨てることなんてできない。
フリーデはユーリが成人するまでは彼を育てるために婚姻を継続するが、成人したあかつきには離婚を認めるよう迫り、認めさせることに成功する。
ユーリの悲劇的な未来を、原作知識回避しつつ、離婚後の明るい未来のため、フリーデは邁進する。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました
ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。
大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。
ー---
全5章、最終話まで執筆済み。
第1章 6歳の聖女
第2章 8歳の大聖女
第3章 12歳の公爵令嬢
第4章 15歳の辺境聖女
第5章 17歳の愛し子
権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。
おまけの後日談投稿します(6/26)。
番外編投稿します(12/30-1/1)。
作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる