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第一章 輪廻のアルケミスト
第30話 クリエイト・フェアリー
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「では、ノートを書き終わった人から、フェアリー召喚の簡易術式を書いて実践してみましょう」
「二十六ページだよ、リーフ」
黒板を眺めている僕に、アルフェが囁き声で知らせてくれる。言われたページを捲ると、精霊魔法として『クリエイト・フェアリー』の紹介が書かれていた。
クリエイト・フェアリーとは、精霊魔法の基礎中の基礎で、実体を持たないフェアリーを精製するための魔法のことだ。このフェアリーの精製には、触媒として術式基盤が必要であり、事前に構築したフェアリーの特徴や行動パターンを簡易術式として術式基盤に書き込み、エーテルを纏わせることで召喚するのだ。
「アルフェとリーフは、これを使ってください」
リオネル先生が、白紙の術式基盤と万年筆を配布する。
「この万年筆には、魔墨と呼ばれるインクが入っています。こちらは、魔術用のインクでエーテルを伝導する性質があるものです。みなさんの家の魔導器の術式基盤にも、この魔墨が用いられていますよ」
術式基盤は、金属で作られた一〇センチ四方の四角、厚さ三ミリの基本的な大きさのものだ。これだけの大きさならかなり書き込みができてしまうが、どの程度の精度で書けばよいのか悩むな。
「なんでも好きなものを自由に描いてみてください。あまり大きなものを召喚すると、その分エーテルの消耗が大きくなりますから、そこは気をつけてくださいね」
僕の悩みに気づいたのか、リオネル先生がこちらを向いて声を発した。アルフェはこくんと頷いて、術式基盤に簡易術式を書き始めた。
『植物、太陽、黄色、召喚』
例題の花の妖精から想像したのか、アルフェは黄色い花のフェアリーを生み出すことにしたらしい。
「我が僕よ。生まれ出でよ。クリエイト・フェアリー」
アルフェの詠唱に従い、術式基盤からふわりと黄色い花の妖精が生まれ出でる。太陽のような光り輝く花びらのドレスを纏った妖精は、どういうわけか葉っぱの帽子を被っていた。
「術式基盤に書かれていないものまで再現されているようですね、アルフェ」
「……こ、これ……リーフをイメージしたんです。ワタシの太陽みたいな人だから……」
アルフェがそう言うと、黄色い花の妖精が宙を漂い、僕の前に進み出た。
「葉っぱの帽子は、僕の宝物を表現してくれてるんだね。ありがとう、アルフェ」
「うん!」
かなり高度な技を披露したが、リオネル先生はアルフェを取り立てて絶賛するような真似はしない。この程度のことなら、アルフェの能力からは想定される範囲内のことなのかも知れないな。そうなると、僕もそれなりのものを作ってもいいのかもしれない。
「……リーフは、どんなフェアリーにするの?」
リオネル先生が他の生徒の様子を見に回るのを待って、アルフェが僕に囁きかけた。こうした気遣いがさりげなくできるのは、さすがアルフェだな。
「そうだな、僕は……」
なにを生み出すか考えるのも面倒だし、せっかくだからアルフェの喜びそうなものにしよう。そう思いついて、早速術式基盤に書き込んだ。『動物、四足、猫耳、尻尾、白、金目、青目、小型、召喚』……ちょっとごちゃごちゃしてしまったが、子供らしい感じは出せたのではないだろうか。
アルフェが好きなあの『ネコとおひめさま』のネコが出せると良いのだけれど。
「……我が僕よ。生まれ出でよ。クリエイト・フェアリー」
詠唱と共に術式基盤にエーテルを流す。意図したとおり、白い毛に金と青の目を備えたごく小さなネコを召喚することに成功した。
「リーフ、すごいっ!」
アルフェが喜びの声を上げ、その声にリオネル先生が反応する。
「…………」
リオネル先生は口を開かなかったが、その表情にははっきりとした驚嘆が現れていた。
子供らしくごちゃごちゃと書こうとして、どうも無意識に精度の高いフェアリーを生み出してしまったようだ。モデルのネコにアルフェのイメージを重ねたのが、裏目に出たな。
次からは、もう少しセーブしてスライムあたりにしておいた方が無難かもしれない。
取りあえずエーテルの供給を止めて、消しておくか。
「ねえ、リーフ、これ――」
「え、なに?」
術式基盤の一部を擦って消すのと同時に、アルフェが僕に声をかけてきた。
「あっ……」
エーテルの供給を止め、術式基盤の魔墨を消したので、当然ネコも消失した。
「え……なんで? 消えちゃったよ……?」
「ああ、ちょっと間違えて袖で擦っちゃったみたいだ」
「えええ……」
アルフェが今にも泣きそうな顔をしている。
しまった。アルフェの好きなものをモデルにしていたんだから、このくらいのことは考えておくべきだったか。
「ごめん……」
「……い、いいの……。せっかく作ったのに、消えちゃって、困ってるのはリーフだよね。それなのに、ワタシ……」
アルフェは泣き出しそうな顔をしたまま、目元を擦って唇を引き結んでいる。僕の方が困っていて悲しいはずだからと、泣くのを我慢してくれているようだ。
そこまで考えられるなんて、アルフェも大きくなったな……。あんなに小さい赤ちゃんだったのに。……肉体的な意味では、僕も同じなんだけど。
「リーフ、あの白猫は消してしまったのですか?」
「あ、はい……。ちょっと間違えちゃって消してしまいました……」
「そうですか……」
僕の生み出した白猫に、やはりリオネル先生も大きな関心を寄せていたらしい。早めに消したことで下手に注目を浴びずに済んだのは、良かったかもしれない。
「なかなか良い術式基盤だと思います。次の実習も楽しみですよ」
「ああ、でも……。もう少し基本的なことを押さえておこうと思います」
謙虚さを装いながら、今後の課題に影響がないようにこちらの意思を伝えておく。リオネル先生は僕の意思を尊重するように頷き、挙手を始めた別の生徒の元へと向かっていった。
授業の残り時間は少ない。教室のあちこちでは、クラスメイトが生み出したフェアリーがあちこちで浮遊している。アルフェはというと、僕の魔墨の描写が欠けた術式基盤を名残惜しそうに眺めていた。
「……ねえ、そんなに気に入ったなら、その術式基盤をアルフェにあげるよ」
「いいの?」
「うん。一応課題はクリアしたっぽいし」
それに、この術式基盤は魔墨の一部が消えているので、そのまま使えるわけではない。それでも、アルフェは気にせずに嬉しそうにしている。
「リーフが、アルフェの好きな本のネコさんを作ってくれて、すっごく嬉しかったんだぁ」
アルフェが夢見るように目を細めて、うっとりと微笑んでいる。
「あの絵本、小さい頃からお気に入りだもんね」
「違うよ。リーフがいつも読んでくれたからだよ」
どうやらアルフェの記憶は、赤ちゃんの頃から託児所の辺りまでが抜け落ちて改竄されてしまっているようだ。元々は、ジュディさんが読み聞かせをしていて、ぬいぐるみを買ってもらうくらいにはお気に入りだったはずなんだけど。
そんなことを覚えている幼なじみがいたら、きっと気味が悪いだろうな。真実なんて全部を知る必要も覚えている必要もないだろうし、黙っておこう。
「……アルフェは、よく覚えてるね」
「うん。リーフとのことなら、ぜーんぶ覚えてるよ」
その自信の裏付けは多分、アルフェのなかにある記憶のほとんどが、僕との記憶だからなんだろうな。これからは、そんなこともなくなっていくのかもしれないし、きっとその方がいいのだけれど。
「そっか……」
アルフェにどう返していいかわからなくて、僕は教室を見渡すように視線を巡らせた。アルフェも特にそれ以上会話の続きを求めたりせず、僕と同じように教室を眺めた。
クラスメイトたちが生み出した様々なフェアリーが、宙を漂ったり飛び回ったりしている。中には生命の形としては不完全なものもあったが、その中途半端なフェアリーも子供らしい発想の表れのように感じられる。
リオネル先生の反応を見る限り、クラスの全員が召喚には成功しているようだ。だが、こうして見渡してみると、エリートクラスとはいえ、実力の差がかなり開いているのが顕在化されてきたな。
「二十六ページだよ、リーフ」
黒板を眺めている僕に、アルフェが囁き声で知らせてくれる。言われたページを捲ると、精霊魔法として『クリエイト・フェアリー』の紹介が書かれていた。
クリエイト・フェアリーとは、精霊魔法の基礎中の基礎で、実体を持たないフェアリーを精製するための魔法のことだ。このフェアリーの精製には、触媒として術式基盤が必要であり、事前に構築したフェアリーの特徴や行動パターンを簡易術式として術式基盤に書き込み、エーテルを纏わせることで召喚するのだ。
「アルフェとリーフは、これを使ってください」
リオネル先生が、白紙の術式基盤と万年筆を配布する。
「この万年筆には、魔墨と呼ばれるインクが入っています。こちらは、魔術用のインクでエーテルを伝導する性質があるものです。みなさんの家の魔導器の術式基盤にも、この魔墨が用いられていますよ」
術式基盤は、金属で作られた一〇センチ四方の四角、厚さ三ミリの基本的な大きさのものだ。これだけの大きさならかなり書き込みができてしまうが、どの程度の精度で書けばよいのか悩むな。
「なんでも好きなものを自由に描いてみてください。あまり大きなものを召喚すると、その分エーテルの消耗が大きくなりますから、そこは気をつけてくださいね」
僕の悩みに気づいたのか、リオネル先生がこちらを向いて声を発した。アルフェはこくんと頷いて、術式基盤に簡易術式を書き始めた。
『植物、太陽、黄色、召喚』
例題の花の妖精から想像したのか、アルフェは黄色い花のフェアリーを生み出すことにしたらしい。
「我が僕よ。生まれ出でよ。クリエイト・フェアリー」
アルフェの詠唱に従い、術式基盤からふわりと黄色い花の妖精が生まれ出でる。太陽のような光り輝く花びらのドレスを纏った妖精は、どういうわけか葉っぱの帽子を被っていた。
「術式基盤に書かれていないものまで再現されているようですね、アルフェ」
「……こ、これ……リーフをイメージしたんです。ワタシの太陽みたいな人だから……」
アルフェがそう言うと、黄色い花の妖精が宙を漂い、僕の前に進み出た。
「葉っぱの帽子は、僕の宝物を表現してくれてるんだね。ありがとう、アルフェ」
「うん!」
かなり高度な技を披露したが、リオネル先生はアルフェを取り立てて絶賛するような真似はしない。この程度のことなら、アルフェの能力からは想定される範囲内のことなのかも知れないな。そうなると、僕もそれなりのものを作ってもいいのかもしれない。
「……リーフは、どんなフェアリーにするの?」
リオネル先生が他の生徒の様子を見に回るのを待って、アルフェが僕に囁きかけた。こうした気遣いがさりげなくできるのは、さすがアルフェだな。
「そうだな、僕は……」
なにを生み出すか考えるのも面倒だし、せっかくだからアルフェの喜びそうなものにしよう。そう思いついて、早速術式基盤に書き込んだ。『動物、四足、猫耳、尻尾、白、金目、青目、小型、召喚』……ちょっとごちゃごちゃしてしまったが、子供らしい感じは出せたのではないだろうか。
アルフェが好きなあの『ネコとおひめさま』のネコが出せると良いのだけれど。
「……我が僕よ。生まれ出でよ。クリエイト・フェアリー」
詠唱と共に術式基盤にエーテルを流す。意図したとおり、白い毛に金と青の目を備えたごく小さなネコを召喚することに成功した。
「リーフ、すごいっ!」
アルフェが喜びの声を上げ、その声にリオネル先生が反応する。
「…………」
リオネル先生は口を開かなかったが、その表情にははっきりとした驚嘆が現れていた。
子供らしくごちゃごちゃと書こうとして、どうも無意識に精度の高いフェアリーを生み出してしまったようだ。モデルのネコにアルフェのイメージを重ねたのが、裏目に出たな。
次からは、もう少しセーブしてスライムあたりにしておいた方が無難かもしれない。
取りあえずエーテルの供給を止めて、消しておくか。
「ねえ、リーフ、これ――」
「え、なに?」
術式基盤の一部を擦って消すのと同時に、アルフェが僕に声をかけてきた。
「あっ……」
エーテルの供給を止め、術式基盤の魔墨を消したので、当然ネコも消失した。
「え……なんで? 消えちゃったよ……?」
「ああ、ちょっと間違えて袖で擦っちゃったみたいだ」
「えええ……」
アルフェが今にも泣きそうな顔をしている。
しまった。アルフェの好きなものをモデルにしていたんだから、このくらいのことは考えておくべきだったか。
「ごめん……」
「……い、いいの……。せっかく作ったのに、消えちゃって、困ってるのはリーフだよね。それなのに、ワタシ……」
アルフェは泣き出しそうな顔をしたまま、目元を擦って唇を引き結んでいる。僕の方が困っていて悲しいはずだからと、泣くのを我慢してくれているようだ。
そこまで考えられるなんて、アルフェも大きくなったな……。あんなに小さい赤ちゃんだったのに。……肉体的な意味では、僕も同じなんだけど。
「リーフ、あの白猫は消してしまったのですか?」
「あ、はい……。ちょっと間違えちゃって消してしまいました……」
「そうですか……」
僕の生み出した白猫に、やはりリオネル先生も大きな関心を寄せていたらしい。早めに消したことで下手に注目を浴びずに済んだのは、良かったかもしれない。
「なかなか良い術式基盤だと思います。次の実習も楽しみですよ」
「ああ、でも……。もう少し基本的なことを押さえておこうと思います」
謙虚さを装いながら、今後の課題に影響がないようにこちらの意思を伝えておく。リオネル先生は僕の意思を尊重するように頷き、挙手を始めた別の生徒の元へと向かっていった。
授業の残り時間は少ない。教室のあちこちでは、クラスメイトが生み出したフェアリーがあちこちで浮遊している。アルフェはというと、僕の魔墨の描写が欠けた術式基盤を名残惜しそうに眺めていた。
「……ねえ、そんなに気に入ったなら、その術式基盤をアルフェにあげるよ」
「いいの?」
「うん。一応課題はクリアしたっぽいし」
それに、この術式基盤は魔墨の一部が消えているので、そのまま使えるわけではない。それでも、アルフェは気にせずに嬉しそうにしている。
「リーフが、アルフェの好きな本のネコさんを作ってくれて、すっごく嬉しかったんだぁ」
アルフェが夢見るように目を細めて、うっとりと微笑んでいる。
「あの絵本、小さい頃からお気に入りだもんね」
「違うよ。リーフがいつも読んでくれたからだよ」
どうやらアルフェの記憶は、赤ちゃんの頃から託児所の辺りまでが抜け落ちて改竄されてしまっているようだ。元々は、ジュディさんが読み聞かせをしていて、ぬいぐるみを買ってもらうくらいにはお気に入りだったはずなんだけど。
そんなことを覚えている幼なじみがいたら、きっと気味が悪いだろうな。真実なんて全部を知る必要も覚えている必要もないだろうし、黙っておこう。
「……アルフェは、よく覚えてるね」
「うん。リーフとのことなら、ぜーんぶ覚えてるよ」
その自信の裏付けは多分、アルフェのなかにある記憶のほとんどが、僕との記憶だからなんだろうな。これからは、そんなこともなくなっていくのかもしれないし、きっとその方がいいのだけれど。
「そっか……」
アルフェにどう返していいかわからなくて、僕は教室を見渡すように視線を巡らせた。アルフェも特にそれ以上会話の続きを求めたりせず、僕と同じように教室を眺めた。
クラスメイトたちが生み出した様々なフェアリーが、宙を漂ったり飛び回ったりしている。中には生命の形としては不完全なものもあったが、その中途半端なフェアリーも子供らしい発想の表れのように感じられる。
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