上 下
18 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第18話 託児所への視察

しおりを挟む
 三歳を過ぎると行動範囲は託児所の外に及んだ

 託児所の職員が街の建物を説明しながら、僕とアルフェが乗った大型の乳母車を押していく。いつもは託児所の近くである黒竜教の聖堂である竜堂の近くを回るだけなのだが、今日は少し遠出をしている印象だ。太陽を目印にしているので、東南方向に移動しているのだろう。乳母車の揺れにアルフェと共に身を任せていると、トーチ・タウンを囲む巨大な外壁が見えてきた。

 普段は遠目にしか見ない外壁の手前には、まだ新しい煉瓦造りの建物が幾つも並んでいる。同じ建築家によってデザインされているらしく、ざっと見渡して四棟ほどの建物が並ぶ一角はどうやら教育機関のようだ。

「あのピカピカの建物が、私立セント・サライアス小学校ですよ」

 僕の視線に気づいたのか、託児所の職員が説明してくれる。

 サライアスということは、歴史上の賢者サライにかけていそうだ。教育機関に賢者の名をつけるということは、かなり高度な教育が行われているのだろうな。

「あっち?」

 アルフェが時計塔を挟んで建つ少し小さな建物を指差す。

「あの建物は、セント・サライアス小学校付属幼稚園。あなたたちくらいの子やお兄さんお姉さんがお勉強をするところなのよ」
「おべんきょー」

 話の意味がわかっているのか、アルフェが得意気にオウム返しで繰り返す。

 付属幼稚園を備えているということは、早期教育にも力が入っていそうだ。あの小学校に入れば、両親に対して少しは恩返しができるだろうか。

「明日、私たちのところに視察が入るからね。ご挨拶できるかな?」
「あーい」

 アルフェが答え、僕も頷く。わざわざ遠出してセント・サライアス小学校を見せるということは、明日の視察にはなにか特別な目的がありそうだ。

「アルフェ、へーき?」

 職員がいる手前、片言を装ってアルフェに話しかけてみる。アルフェはぱちぱちと目を瞬き、にっこりと微笑んだ。

「リーフもする」
「……そうだね」

 僕たちは視察される側なんだけど、と言いたかったけれど、込み入った話をしてもアルフェには通じないし、流暢に喋って職員に疑われるのも困る。

 ――でも、アルフェは知らない人が来ると怖がりそうだな。

 そうなると僕にくっついて動かなくなりがちなので、自由に動こうと思うとかなり苦心しそうだ。だけど、視察が来るという情報にはかなり興味が湧いた。

 わざわざ託児所に視察に来る目的は、一体なんだろうか。あれぐらいの規模の学校なら、特待生制度などもありそうだ。その候補を探す……とかだと、いいな。


◇◇◇


 その翌日――。

「やー! やったら、やぁー」

 案の定、託児所にセント・サライアス小学校の視察が入るとアルフェが人見知りを発動した。

「……あらあら、アルフェちゃん。大丈夫ですよ。抱っこしましょうねー」
「やーっ! リーフがいいっ!」

 アルフェはそう言いながら、僕をぎゅっと抱き締めている。少し落ち着いてもらわないと視察の目的を知る前に担当者がいなくなりそうなので、アルフェの背に手を回してぎゅっと抱き締め返すことにした。

「リーフ、すき」

 僕と抱き合って少し落ち着いたのか、アルフェが小さく呟く。でも、その目はまん丸に見開かれて怯えたように視察担当者を見つめていた。

「……あの、失礼ですが――」

 視察担当者が、アルフェの目に気づき、食い入るように見つめた。

「この子が、浄眼じょうがんの――」
「ええ、そうなんです。でも、とても繊細な子でして……」

 アルフェの機嫌を損ねまいと、託児所の職員が声のトーンを落として話している。アルフェにも僕にもその声は聞こえているんだけどね。

「アルフェのめんめ……?」

 その証拠にアルフェが不安そうに僕に聞いてきた。

「きれいだよ、アルフェ」

 アルフェを怖がらせないように、目を合わせて落ち着いた声をかけてみる。アルフェは僕の言葉にぎこちなく笑うと、抱きついている腕に力を込めた。

 どうやら、視察担当者はアルフェの能力を見にきたらしい。託児所で浄眼を持っているのはアルフェだけなので、焦らなくてもこのクラスに滞在するのは間違いないようだ。

「アルフェくん、君に簡単なテストをお願いしたいのだが――」
「やーーーーっ!」

 視察担当者がアルフェに優しげな声をかけるが、アルフェは最後まで聞かずに僕の後ろに隠れた。そのまま僕を引っ張るようにして、視察担当者との距離をあけていく。明らかな警戒を示されて、視察担当者も職員も困ったように笑っていた。

「ごめんなさい。家族以外の男の人に慣れていなくて……」
「……いえ、よくあることです。落ち着くまで待ちましょう」

 二人の会話を聞き取りながら、アルフェの変化にも注意を払う。

「……アルフェ」
「リーフぅ……」

 舌っ足らずに僕の名を呼ぶアルフェは、怯えたように震えている。浄眼を理由に注目を浴びることを好まないのは、この託児所に来てから現れた特徴でもある。

 ――綺麗な目だと思うんだけどな。

 その上、高い能力を有していて将来魔導師としての大成が期待されるとなれば、早期教育にも力が入るだろう。

 ――テストというのは、僕も受けられるのかな?

 どんなテストかはわからないが、自分もついでに能力を測ってもらえば、アルフェと共に目をかけてもらえる可能性が高い。アルフェにテストを受けるように働きかければ、僕にもその機会が巡ってくるかもしれない。

しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...