アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
17 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第17話 僕とアルフェ

しおりを挟む

 アルフェとともに通うことになった託児所は、劇的に環境が改善されていた。

 大きな変化は、年齢別に部屋が区切られ、それぞれのクラスに分類されるようになったことなのだが、それが想像以上に快適だった。

 アルフェは僕と二人きりになれるのが嬉しいのか、ジュディさんの話だと託児所に行くのをかなり楽しみにしているらしい。

 僕としても、全てが子供向けで統一されている託児所は、家にいるよりも自由に過ごしやすくて気が楽だった。

 子供用の机や椅子をはじめ、子供の身長に合わせた家具が揃えられている。

 時計なども僕たちが良く見えるように、かなり低い位置の壁にかけられていた。特に暦は、家では微妙に遠くてはっきりと見えなかっただけに、数字が読み取れるようになったのは有り難い。

 託児所の壁に掲示されている暦によると、今は聖華暦せいかれき八〇八年――。
 グラス=ディメリアの死から約三百年後の世界だ。それがわかったのが、ひとつの収穫だ。

 もうひとつの収穫は、観察の対象が増えたことだろう。
 クラスにはアルフェしかいないが、託児所内では年齢が上の子供を観察する機会も得られる。ここで、子供らしさを成長段階に分類しながら確認できるのは、僕にとって大きなメリットに違いない。

 そうして、託児所に通う生活が、僕とアルフェの日常になった。

 朝、託児所に預けられて、夕方に母親が迎えにくる生活を繰り返すなかで、アルフェも僕も幼児らしく成長していった。

 『お誕生日会』なるものが催され、僕の二歳の誕生日に遅れること三ヶ月、アルフェも二歳になった。

 僕たちの行動範囲は広げられ、図書室のような役割を果たしている廊下の一角にも出入りができるようになった。

 アルフェは部屋に新しく追加された『おままごと』遊びに夢中だ。木製のキッチンや、食材、食器、鍋やフライパンなどが潤沢に用意されており、実際の食事などに見立てて遊ぶという代物だ。食べ物に不自由していない世界ならではの遊びだなと、無邪気に遊ぶアルフェを見て思う。

「リーフ、あそぼ」

 ままごとの盛り付けを一通り終えたのか、アルフェがこちらにやってくる。託児所に入った頃にはまだ片言だったアルフェも、それなりに話すようになった。

「僕、今、本を読んでるんだけど」

 意思疎通が出来るようになっても、アルフェは僕とばかり遊ぼうとする。年齢によってクラスが分かれているが、一つ上のクラスとは一応行き来ができるようになっている。向こうは年下の僕たちの相手をしようとは思わないらしく、僕たちは相変わらず二人で行動することが多い。

「あとで?」

 僕の言葉を自分なりに咀嚼して、アルフェが聞き返してくる。どうあっても僕と遊びたいという意思は変わらないようだ。

「ままごと以外ならね」

 読み終わった本を閉じ、本棚から新しい本を取り出して広げる。ままごとに誘いに来たアルフェは、諦めずにぼくの隣に座った。

「ごほんよんれ」

 『以外』って言葉がわかるようになったらしい。ままごと以外の選択肢を向けられた僕は、やれやれ、と立ち上がって本棚に向かった。

「リーフ?」

 絵本の棚から、アルフェのお気に入りの『ネコとおひめさま』を手に取り、振り返って示す。

「それ!」

 たちまちアルフェの顔が笑顔で輝いた。こういう顔をされると悪い気がしない。
 僕が絵本を広げると、アルフェが真剣な眼差しを向けて絵本に集中した。

「むかしむかし、あるところにひとりぼっちのおひめさまがいました――」

 そらでも言えるくらい読み飽きた絵本だが、アルフェはいつも真剣そのものだ。この絵本に出てくる大きなネコ、そういえばアルフェの家にあったあの大きなぬいぐるみと似ているな。

 いつもは気にしていなかったが、ふと気になったのでアルフェに聞いてみることにした。

「……アルフェ。この大きなネコと、君の家にあったぬいぐるみは同じ?」

 僕の質問に、アルフェはきょとんとして目をぱちぱちさせたが、そのあとぱっと目を大きく開いた。

「うん!」

 大きく頷くアルフェは、僕の気づきを喜んでいるようだ。

「君の母上もこの絵本を読んでくれていたんだろうね。僕の母上も寝る前にそうしてくれたから」
「おんなじ」

 僕が読んでもらっていた絵本は、この『ネコとおひめさま』ではないけれど、多分どこの家にもありそうなことらしい。にっこりと笑ったアルフェは、大事そうに読み終わった絵本を抱えると、とてとてと歩いて本棚に戻しにいった。

 アルフェの家であの絵本を見た覚えはないが、アルフェもきっと寝るときに読んでもらっていたのだろう。そして、その本のことを覚えていたから、ずっとこの本を読んでとせがむのだ。

 赤ん坊の頃の記憶も、以外と覚えているものなのだな。その余力があれば、の話だが。

 そう考えると、『普通』というものが、少しわかった気もする。愛情を持って子供に接する両親の元に生まれ、生きることに苦労を伴わないのが、この世界では『普通』なのだ。

 女神たちが話していた幸福な生活とは、今の自分たちのような生活のことなのかもしれない。

「リーフ、すき」

 本を片付けて戻って来たアルフェが、僕に抱きつきながら甘えた声を出す。最近はずっとそうだ。本を読み終わった後、アルフェは『ありがとう』ではなく、甘えた声で『すき』と言うのだ。

 けれど僕は、アルフェに返す言葉を、その意味をまだ――知らない。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...