アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第一章 輪廻のアルケミスト

第6話 新たな生命

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 居心地の良い水の中にいた。
 温かくて、安らぐその場所には穏やかな音がずっと響いていた。
 それなのに――

 柔らかく温かなその場所は唐突に収縮を始め、僕は訳もわからずにその場を追われた。


「あああー、ああー、ああー……」

 情けない声だ。
 これではまるで、赤子の泣き声じゃないか。

 光に溢れた眩い場所で響く僕の声は、僕のものであって僕のものではなかった。僕は何者かに首と胴を掴まれて、柔らかなものの上に置かれた。

「おめでとうございます。かわいらしい女の子ですよ」

 僕を掴んだ何者かが、そう言った。僕を温かな手のひらが包み込み、触れた肌からあの穏やかな音が伝わったような気がした。

「もう目が開いている。君が見えているのではないか、ナタル?」

 僕を抱き上げているのは、見知らぬ女性だった。近くにいる低い男の声が、愛しむように彼女の名を呼んだ。

「赤ちゃんの目は、まだそこまで発達してはいませんよ」

 女性の顔から何かが落ちて僕の身体に落ちた。生温いその何かは、不思議と不快ではなかったが、女性が話した通り、僕の目には何もかもがぼんやりとしか映らない。
 どうやら、今の僕は赤ん坊らしい。

 ――転生したのか。

 そう思うと今の状況にも合点がいった。

「だけど、君のことをじっと見ているよ、ナタル」

 目を凝らそうにも瞼を動かすことが難しい。目を細めようとすれば閉じてしまうほどに、自分の身体の使い方が上手く掴めない。
 だが、僕を抱くナタルという名の女性――温かな手で柔らかく自分を包んでいる彼女の顔がこの上なく優しいことは読み取れた。

 ――僕は、この女性から生まれたのだ。

 そのことを理解すると、彼女から伝わる優しさの理由が少しわかったような気がした。グラス=ディメリアが生涯知ることのなかった、母親という存在が彼女なのだ。

「あなたも抱いてあげて」
「……わかった」

 ナタル――便宜上、母と呼ぼう。柔らかな彼女の腕から、僕の身体は逞しい男の腕に移された。彼は、僕の父なのだろう。

 それにしてもがっしりとした固い腕にもかかわらず、心なしか頼りない気がするのはなぜなのか。もしかして震えているのか?

 万が一にも落とされては困るので、男の顔を仰ぎ見たところで目が合った。ぼやけた視界の中で、男は感慨深く僕を見つめている様子だった。

「こんなに小さいのに、しっかりと生きているんだな……。いや、しかし、どう扱ったものか……」
「そのうち慣れます。あなたは父親ですもの」

 やはり父で良かったようだ。僕は母の腕に戻され、不安からはひとまず解放された。

「善処するが、万一の失敗さえないよう、厳しく指導してくれ」

 是非そうしてもらいたい。そう言いたかったが、声らしき声は出ず、欠伸のような吐息が漏れた。

「ふふふ。軍人のあなたの教官が私? 光栄だわ」
「ははは、そうだな。その心づもりで子育てにも臨もう」

 父が顔をこちらに寄せて覗き込むように見つめている。頬になにか水滴のようなものが落ちたかと思うと、鼻を啜るような音が聞こえてきた。
 ひょっとして、この男は泣いているのだろうか? 目を凝らしたところで上手くいかず、やはり良く見えなかった。

 目を細めることを諦め、周囲の様子をじっと観察することにする。不鮮明な視界情報から得られるものは少なかったが、どうやらこの夫婦の家なのだろう。そうなると、僕を最初に掴んだのは、産婆か看護師のいずれかということになる。そう言えば姿が見えないと思うと、暖炉の近くで湯を用意しているらしき音がした。

「……ねえ、ルドラ。この子の名前、『リーフ』はどうかしら? あなたに似たこの若草色の瞳が、龍樹の葉のようなの」

 龍樹は、アルカディア帝国の国教である黒竜教における神にささげる神聖な樹のことだ。

「良い名だ。黒竜神の加護を受け、健やかに育つだろう」

 母の提案に父が相槌を打つ。口ぶりからして、間違いなく黒竜教を信仰しているようだ。となると、この場所はアルカディア帝国ということになるのだろうか。

 どうやら、転生の間と呼ばれるあの場所での女神の話は、夢ではなかったようだ。
 僕は死に、新たな命を与えられて、この夫婦の娘として今この場所に生まれ落ちたのだ。

「さあ、産湯の準備ができましたよ。きれいきれいしましょうね」

 先ほどの産婆が僕を抱えて、暖炉の傍へと移動する。湯が足にかけられると、あの居心地の良い水に包まれた場所を思い出した。

 あの場所にはもう帰ることができないのだろうな。
 ぼんやりとそんなことを考えた。もっと考えるべきことはあったが、赤ん坊の身体であるせいなのか、眠くてたまらない。

 産湯を浴びさせられるうち、僕は心地良い眠りに落ちていった。

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