アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
上 下
6 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト

第6話 新たな生命

しおりを挟む

 居心地の良い水の中にいた。
 温かくて、安らぐその場所には穏やかな音がずっと響いていた。
 それなのに――

 柔らかく温かなその場所は唐突に収縮を始め、僕は訳もわからずにその場を追われた。


「あああー、ああー、ああー……」

 情けない声だ。
 これではまるで、赤子の泣き声じゃないか。

 光に溢れた眩い場所で響く僕の声は、僕のものであって僕のものではなかった。僕は何者かに首と胴を掴まれて、柔らかなものの上に置かれた。

「おめでとうございます。かわいらしい女の子ですよ」

 僕を掴んだ何者かが、そう言った。僕を温かな手のひらが包み込み、触れた肌からあの穏やかな音が伝わったような気がした。

「もう目が開いている。君が見えているのではないか、ナタル?」

 僕を抱き上げているのは、見知らぬ女性だった。近くにいる低い男の声が、愛しむように彼女の名を呼んだ。

「赤ちゃんの目は、まだそこまで発達してはいませんよ」

 女性の顔から何かが落ちて僕の身体に落ちた。生温いその何かは、不思議と不快ではなかったが、女性が話した通り、僕の目には何もかもがぼんやりとしか映らない。
 どうやら、今の僕は赤ん坊らしい。

 ――転生したのか。

 そう思うと今の状況にも合点がいった。

「だけど、君のことをじっと見ているよ、ナタル」

 目を凝らそうにも瞼を動かすことが難しい。目を細めようとすれば閉じてしまうほどに、自分の身体の使い方が上手く掴めない。
 だが、僕を抱くナタルという名の女性――温かな手で柔らかく自分を包んでいる彼女の顔がこの上なく優しいことは読み取れた。

 ――僕は、この女性から生まれたのだ。

 そのことを理解すると、彼女から伝わる優しさの理由が少しわかったような気がした。グラス=ディメリアが生涯知ることのなかった、母親という存在が彼女なのだ。

「あなたも抱いてあげて」
「……わかった」

 ナタル――便宜上、母と呼ぼう。柔らかな彼女の腕から、僕の身体は逞しい男の腕に移された。彼は、僕の父なのだろう。

 それにしてもがっしりとした固い腕にもかかわらず、心なしか頼りない気がするのはなぜなのか。もしかして震えているのか?

 万が一にも落とされては困るので、男の顔を仰ぎ見たところで目が合った。ぼやけた視界の中で、男は感慨深く僕を見つめている様子だった。

「こんなに小さいのに、しっかりと生きているんだな……。いや、しかし、どう扱ったものか……」
「そのうち慣れます。あなたは父親ですもの」

 やはり父で良かったようだ。僕は母の腕に戻され、不安からはひとまず解放された。

「善処するが、万一の失敗さえないよう、厳しく指導してくれ」

 是非そうしてもらいたい。そう言いたかったが、声らしき声は出ず、欠伸のような吐息が漏れた。

「ふふふ。軍人のあなたの教官が私? 光栄だわ」
「ははは、そうだな。その心づもりで子育てにも臨もう」

 父が顔をこちらに寄せて覗き込むように見つめている。頬になにか水滴のようなものが落ちたかと思うと、鼻を啜るような音が聞こえてきた。
 ひょっとして、この男は泣いているのだろうか? 目を凝らしたところで上手くいかず、やはり良く見えなかった。

 目を細めることを諦め、周囲の様子をじっと観察することにする。不鮮明な視界情報から得られるものは少なかったが、どうやらこの夫婦の家なのだろう。そうなると、僕を最初に掴んだのは、産婆か看護師のいずれかということになる。そう言えば姿が見えないと思うと、暖炉の近くで湯を用意しているらしき音がした。

「……ねえ、ルドラ。この子の名前、『リーフ』はどうかしら? あなたに似たこの若草色の瞳が、龍樹の葉のようなの」

 龍樹は、アルカディア帝国の国教である黒竜教における神にささげる神聖な樹のことだ。

「良い名だ。黒竜神の加護を受け、健やかに育つだろう」

 母の提案に父が相槌を打つ。口ぶりからして、間違いなく黒竜教を信仰しているようだ。となると、この場所はアルカディア帝国ということになるのだろうか。

 どうやら、転生の間と呼ばれるあの場所での女神の話は、夢ではなかったようだ。
 僕は死に、新たな命を与えられて、この夫婦の娘として今この場所に生まれ落ちたのだ。

「さあ、産湯の準備ができましたよ。きれいきれいしましょうね」

 先ほどの産婆が僕を抱えて、暖炉の傍へと移動する。湯が足にかけられると、あの居心地の良い水に包まれた場所を思い出した。

 あの場所にはもう帰ることができないのだろうな。
 ぼんやりとそんなことを考えた。もっと考えるべきことはあったが、赤ん坊の身体であるせいなのか、眠くてたまらない。

 産湯を浴びさせられるうち、僕は心地良い眠りに落ちていった。

しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

処理中です...