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第三章 It's "SHOW" time

第28話

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「ふっ……」

 空想研究会との勝負の内容を決めた帰り道、翔はほくそ笑んでいた。
 可能性がまだあると思えるように、あえて一位ではなく三位としたのに、陽太は自らそのはしごを外して、より難しい一位を取ると言い放った。

 十中八九、無理だ。
 翔がそう確信している理由は、来場が見込まれる客の割合だ。

 文化祭には入学を検討している中学生や小学生などが親子連れで来ることを予想しているが、基本的には実際に学園に通っている生徒の関係者がほとんどだ。
 入学する以前の友人や、その親族などなど。
 そんなわざわざ時間を割いてまで来場した客が、他の部に投票するとは考えられない。
 つまり、人数の多い部活には固定票が存在しているということになる。

 対して、空想研究会は三人だけ。
 いくら声をかけようとも、三人であれば限界がある。
 しかも、一般表を取り込まないといけない以上、そういった広報的な活動ばかりをする訳にもいかない。

 彼らからしたら八方塞がり。
 自分からしたら勝ち戦だ。

「さて、どう足掻いてくれるのかな」

 心だけ躍らせながら、翔は歩を進めた。

       ※

「ずいぶんと無鉄砲なんだ、ウチの部長は」

 翔が去った後、まず最初に口を開いたのはまゆりだった。
 次いで奏音が呆れた様子で「……本当に、ね」と続く。

「面目ない」と謝罪をするも、今必要なのは頭を下げることではなく頭を働かせて解決策を練り出すこと。
 すぐに陽太は顔を上げて「まあ、そういうことだから。二人の知恵を貸してほしい」と真っすぐな目で二人を見た。

「もちろん! そのための部員なんだから」
「不本意だけど、上司の尻を拭うのは部下の仕事だからね」

 厳しい戦いになることは明らかだが、今は頼ることができる味方が二人もいる。
 三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、今の厳しい状況下でさえも乗り切れるような気がしていた。

 確証のないちっぽけな自信だけど、無いよりはマシなはず――そう思い込んで自分のエネルギーとしたところで陽太は「ありがとう」と感謝の意を述べた。

「ふん……じゃ、さっさと始めよ。時間がもったいない」
「違いない」

 会話もそこそこに、陽太は原稿用紙を取り出す。
 普段なら思い付きの妄想をただひたすら書き記すだけの紙だが、今日は逆転の一手を書き記す極秘の書。
 そう考えると、ただのA4用紙にマス目だけ書かれた無機質な原稿用紙がいやに頼もしく見えた。

「それにしても、出し物かぁ……」
「しかも、吹奏楽部や放送部に勝てるくらいのインパクトのあるやつ」
「それでいて、やるからにはただ面白いだけじゃなくて〝空想研究会〟と何か繋がりが無いといけないんだもんね」

 ただインパクトのあることをすればいいんだろ、という前提で話そうと思っていた陽太は、「へ?」と間抜けな声を漏らしてしまった。
 まゆりも「どうして?」と首を傾げる。

「ほら、翔くんは投票制だって言ってたでしょ? 音楽イコール吹奏楽とか、劇イコール演劇部、みたいに結び付けられるようなことが無いから、空想研究会って名前とリンクしてないと、投票してもらえないじゃない」
「……なるほど」

 なぜ気づけなかったのだろうと疑問に思ってしまうほど、当たり前な事実だった。
 ある意味、今回の文化祭は自己紹介であり、CMでもある。
 自社の商品をアピールしたのに、どこから発売されているかわからなければ結局意味はない。

 至極当然の理屈を理解すると、今度は新しい問題が降りかかる。
 空想研究会とリンクした出し物とは何か、という疑問だ。

 空想研究と聞こえはいいが、要は空想上の世界を研究するという名目で漫画やラノベなどを読み漁り、小説を書いていただけという、この上なく地味な内容の活動が基本線にある。
 そこから逸脱しない形となると、真っ先に思い浮かぶのはおすすめの作品をレビューすること。
 本屋の入り口にあるようなPOPをカラフルに作成し、客を呼び込む。

 ただ、それだとやっていることは部の宣伝ではなく作品の宣伝になる。
 そんなことは書店員や図書館の職員がやればいいことだし、わざわざ文化祭に来てまで本を読もうとするはずがない。

 つまり、この作戦じゃ間違いなく敗北になる。
 他はなにか――思慮を巡らせていると「あのさ、アタシ一個思いついたんだけど……いい?」と、まゆりが手を挙げる。

「何か思いついたの?」
「うん。これ読んで思ったことなんだけど」

 そう言うと、まゆりは陽太の作ったゼノスの物語を書き記した原稿用紙を持ち上げた。

「え?」
「この物語のさ、アタシがやられるちょっと前に、サキュバスをトリモチで捕獲したシーンがあったじゃない?」

 アタシがやられる、という文言が面白おかしく笑うも一瞬、陽太は「そ、そうだね」と応えると「あのシーンってさ、どうして思いついたの?」とまゆりは質問を続けた。

「あのシーン……?」

 妄想を書きなぐっていた自分を思い出す。
 まゆりを模したキャラクターを倒すことを目的として執筆をしていたのだが、現実にいるクラスメイトをモデルにしただけあって、残虐なシーンを避け無効化するにはどうすればいいかを思案していた際、陽太の目に飛び込んできたのが、必死にカバンに隠した大人の絵本だった。

 内容が過激すぎて全てを読むことはできなかったが、辛うじて見えたシーンに〝白濁液でサキュバスの動きを制限する〟というシーンがあった。
 その景色を基にした結果、トリモチのことを調べて作品に反映した。
 ただ、そのことを素直に打ち明けるわけにもいかず「な、何かは忘れたけど、漫画の知識だったと思う」と取り繕ってみた。

「そう、それ!」

 何か追及をされるかと思ったが、全く想定した方とは別に向かっていることにこっそりと撫で下ろしてから陽太は「どういうこと?」と声を正した。

「空想ってさ、要は創作の世界でしょ? 漫画とかさ、よくわからないけど……現実でも実現できそうな、科学の実験みたいなやつあるじゃん? 実際に実演してみるっていうのはどうよ?」
「実演?」
「そっ。例えばこのトリモチにしたって、みんなテレビとかで見たことはあるけどどれくらい強くくっつくか、とかわからないでしょ? そういう、漫画の世界を現実で再現する。安全な奴だと、小さい子でもできるし、そしたら票も集まりやすいんじゃない?」

 要するに、まゆりが言っているのは、よく夏休みに合わせてバラエティなどで行っている科学の実験を、漫画に寄せて行うということ。
 実験ともなれば子供は遊びたがるだろうし、その親も昔を懐かしがって一緒に盛り上がってくれるかもしれない。
 そうなれば、親子の票を貰えて――。

「でもさ、まゆり……どうやって調べるの? 私達でも実行できそうで、ある程度インパクトもあって、みんなが楽しめる実験が載ってる漫画とか映画とか……数が多すぎて、絞れなくない?」

 確かに、昨今のネット環境が発達したことによって個人でも小説や漫画を世に向けて出すことができるようになった今、創作物の数は無限大といっても過言ではない。
 この世にいる人間の数だけ物語が存在しているといってもいいだろう。
 多種多様な物語を覗くことができることは利点の一つだが、一方で自分が求めている物語と出会うことは難しくなってきているのもまた事実だ。

 そんな状況で、ピンポイントな作品を見つけることはほぼ不可能に近い。
 どんな解決策があるんだ、と思うも「そこはホラ、時間あるし根性でなんとか」とお茶を濁したまゆりによって希望が朽ち果てる。

「つまり計画なしか……」
「なに? 方向性を示しただけでもめっけもんでしょ」

 最初と考える角度が変わっただけじゃないか、という言葉を飲み込んで、陽太は再度頭を悩ませた。
 要するに今の課題は、文化祭レベルでも実行できる創作界隈の科学的なシーンが載っている作品をどれだけ見つけることができるかということ。

 今から自分たちだけで調べていたら中途半端な状態で文化祭に挑むことになるかもしれない。
 それを回避するには、アニメや漫画、小説や映画まで幅広くかつ日本である程度知名度のある作品を知っている人物に協力を仰ぐしかない。
 そんな都合のいい奴いるわけ――と、諦めかけた瞬間、陽太の脳裏に一人の人物が思い浮かんだ。

「……何とかなるかも」
「え?」
「へ?」

 不意に漏れた言葉が、奏音とまゆりの不意を突く。
 あまりにもキョトンとしている二人に困惑しつつ、陽太は「今日の部活はこれから課外活動だ」といってその場を立った。

「急に……いったい何?」
「うーん……」

 困惑している二人に、陽太はにやりと笑みを浮かべて、質問を投げかけた。

「ね、二人とも。お腹は減ってる?」
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