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第二章 怪人”魔百合”

第20話

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「〝こうして、ゼノスは奏音を傷つけることなく刺客を退けることに成功した〟……と」

 まゆりを奏音が大好きな百合の怪人に見立てた戦闘パート。
 濃密なシーンを書き終えたのは、放課後、部活が始まるちょっと前だった。

 授業中は日ごろから行っている妄想で展開を考え、休み時間と昼休みに文字として整える。
 完璧な流れを掴めたことにある程度の満足感を覚えていると「お疲れ~……」と奏音がやつれた表情で部室に入ってきた。

「……どうしたの?」
「いや、大したことない……よ」

 そう語る彼女の表情はとても大したことが無かったようには思えず、「相談してほしいな」と陽太は地雷を踏む覚悟でつついてみた。

「いや、私のことだからさ……ヨウくんには関係ないことだし、迷惑かけられないし……」
「部員の相談役になるのも部長の役目だって。遠慮なく話していいよ」
「うーん……」
「迷惑なんて結構結構! 話すだけでも気が楽になることもあるし、この間の僕みたいに新しい解決方法が出てくるかもしれないでしょ?」

 他の人であればここまでしない。
 奏音には以前の部活存続の時に助けてもらったから、そのお礼がしたい。
 その一心での提案だった。

 陽太の思いが伝わってくれたようで「えっと……実はね」と奏音はぽつりぽつりとあらましを語り始める。

 彼女の口から零れ出たのは、サッカー部元主将であり、校内でも随一のモテ男である三年生・久保井くぼいによるストーカー紛いの行為だった。
 その内容は、どれも絶妙に気持ちが悪いものばかり。
 朝登校するときにピッタリ背後をついてきたり、付き合い始めたと噂が流されていたり、舐め回すような視線で観察してきたり、目が合えばウインクをしてきた、などなど。

 その他にも細かい愚痴を挟みつつ「――わざわざみんなの前で〝一緒に帰ろう〟とか〝今日はいつもよりもきれいだね〟とか」とまで一言で言い切ると、すうっ、と目一杯に空気を肺に取り込んでから「……ホントにイヤ!」と再会してから一番の声の大きさで叫んだ。

 声量から、奏音のうんざりさがひしひしと伝わってきて、迫力にすっかり気圧されてしまった陽太は「お、お疲れ様」と声をかけることが精一杯だった。

「はぁ……ここだけが唯一のオアシスだよ」

 眉を八の字にして奏音はソファーに座ると「あれ、物語進んだんだ」と机の上にあった出来立てほやほやの原稿を手に取った。

「あっ」

 今回は、サキュバスや触手など男子が好きな下のネタが詰まっているシーンが満載。
 できることなら読んでほしくはなかったが、部活動の一環として謳っている以上拒否するわけにもいかず。
 ただ頭を抱えていると「あ、このキャラってまゆりがモデル?」と問いかけてきた。

「う、うん。そうだよ」

 魔百合は、あと数百文字後にはサキュバスを操り自身は触手攻めをするという際どい行動をすることになる。
 覚悟を決めてただその時を待っていた陽太だが「ヨウくん、まゆりと知り合いだったっけ」と奏音が話題を逸らしてくれた。

「今日偶然話したから、ついね」

 恐る恐る答えると、奏音は「ふーん……あ、そう言えば、まゆり部活に入ること反対してたなぁ」と言いながら原稿を伏せた。
 どうやら、延命できたらしい。
 胸を撫で下ろしつつ、今朝の出来事を悟られないように「そ、そうなんだ」と至って平静を装ってみた……が、「何か、まゆりからいじめとか受けてない?」という奏音の一言で背筋が凍ることとなる。

「えっ⁉」

 思わず零れた上ずった声。そんなことないよ、と取り繕うとしたが、その前に「やっぱりかぁ……」と奏音は項垂れてしまった。

「え? やっぱり?」
「うん。まゆりってさ、時々私のことになると周りが見えなくなるというか……」

 含みのある言葉から、これまでも何度かこうしたことがあったのだろう。
 苦虫をかみつぶしたような表情で「ホントはいい娘なんだけどね」と力なく笑い「なにされてるの?」と続ける。

 黙っておこう、と思うも、先ほど自分が〝悩みを話して〟と言ってしまった手前、嘘をつくわけにもいかない。
 脚色なしに、今朝受けた万引き犯に仕立て上げられたという被害を包み隠さず伝えると、ますます表情を曇らせて「……本当にゴメン」と言い、頭を抱えてしまった。

「友達として恥ずかしい……。ちょっとまゆりと話してみる」

 そう言って奏音はスマホを取り出した。責任感のある彼女らしい行動の速さだが「大丈夫、ちょっと待って」と言って陽太は奏音を制した。

「え?」
「ちょっとさ、考えがあるんだ」
「考え?」
「そう。ちょっとした作戦だよ」
「作戦って……なんの?」

 奏音の問いかけに、陽太はにやりと笑って「実はさ、この小説書いてる途中で思いついたんだ」と言い、裏返しになった原稿用紙にシャーペンで文字を書き記すと「題して、コレ!」と奏音に見せつけた。
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