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第六章:役割

幕間34:ほどけた約束

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「さあ、ペンを執れ。僕がしっかり見張っておいてやる」

「別にさぼったりしないから。お前、どんな立場なんだよ……」

 テーブルに向かうオレと、睨むように監視するアーサー。本音を言えばミランダさんに会いに行きたかったけど、アーサーの言う通り、会いたいだけだった。

 いま、オレがやるべきことはなんだ? 一刻も早く歌詞を完成させて、オルフェさんに託すこと。伴奏の完成を待ってから歌詞を考えてもいいかもしれないけど……。

 でも、作詞、作曲。音楽に携わっているという現実が、オレに夢の実現を実感させる。やっと、スタートラインだ。

 紙と向き合い、考える。……けど、考えたって、最初の一行すら出てこない。

 歌詞って、どうやって書けばいいんだ? なにを伝えればいいんだ? なにを表現すればいい? ぐるぐる、ぐるぐる……考えれば考えるほど落ちていく。アーサーも唸り、顔をしかめた。

「……そんなに悩むことなのか?」

「悩むに決まってるだろ? なにを書けばいいか、お前はわかるのかよ」

「この間、ヒントはやっただろう。僕たち七人をどんな存在だと思ってるんだ?」

「どんなって言われたって……」

 オレたち七人、アイドル……どんな存在になっていくんだろう。リオはオレたちに、どんな存在になってほしいんだろう?

 アイドルについて、なんて言ってたっけ? オレたちになにを期待してるんだろう? オレたちの役割……アイドルって、なんなんだろう?

「うううううんんん……わっかんない!」

「っ、急に大声を出すな! 驚いただろうが!」

 アーサーの言葉なんて耳に入らない。一人で考えるからこんなに悩むんだ、リオに直接聞いた方がよっぽどタメになる。椅子を弾くように立ち上がり、ドアノブを掴む。

「リオのとこ行ってくる!」

「ま、待て! せめて一本書き上げてから……」

「うるさい! お前の仕事は邪魔することか!?」

「そうじゃない! お前はいま余裕がないだろう!? 少し落ち着け!」

「オレは落ち着いてるよ! 焦ってるのはお前だろ!?」

「どの口が言ってるんだ馬鹿! どう見ても焦っているのはお前の方だろう!?」

「あ、あの……お邪魔、ですか?」

 機嫌を窺うような控えめな声。半開きのドアから、エリオットが顔を出していた。頭上の耳も心なしか垂れているように見える。驚かせちゃったかな? 慌てて笑顔を繕う。

「ご、ごめんな。気付かなかった。なにか用?」

「あ、は、はい。歌詞、できそうですか?」

「あはは……ここにも監視役がいたかぁ」

「か、監視じゃないですよっ! ただ、上手くいってないみたいだから、気になって……」

 申し訳なさそうに俯くエリオット。あーあ、仲間にこんな顔させてちゃ駄目だ。アイドルは、笑顔にさせる人。それだけは覚えてる。エリオットの頭を撫で回して、笑う。

「大丈夫だよ、心配してくれてありがとな」

「……はい。あの、アレンさん、アーサーさん」

 エリオットは神妙な面持ちで語り掛けてくる。なんの話をするんだろう? 天真爛漫な印象があったから、面食らってしまう。重々しく口を開くエリオット。

「……約束、って、ありますか?」

「約束……?」

 オレもアーサーも、きょとんとしてしまう。約束? って、なんで急にそんな話を? エリオットはまた俯いた。

「……ぼく、姉さんと約束してたんです。『迎えに行くね』って、言ってくれたんです」

 そっか、エリオットはお姉さんを探してるんだっけ。アイドルになれば見つけてもらえる、って思ったのかな。リオの話だといろんなところで歌ったりするみたいだし、いつか再会できたらいいな。

「でも、姉さんは迎えに来てくれなかった。いま、どこでなにをしてるかもわかんないんです。手紙だって来たことない……ぼく、約束、破られちゃって……」

 お姉さんとはずっと一緒だったはずだ。孤児院の世話になっていたみたいだし、話を聞く限り親が連れてきたとかそういう感じでもなさそうだし……エリオットにとって、唯一の支えだっただろう。お姉さんだってわかっていたはずだ。

 じゃなきゃ、迎えに行く、なんて言葉は出てこない。だとしたら、いままで連絡を寄越さなかった理由って……?

「――まだ、そのときじゃないんだ」

 不意に、いままで口を閉ざしていたアーサーが呟いた。気持ちがわかるとでも言いたげな、もどかしさを含んだ声音だった。顔を見れば、どこか言いづらそうに目を逸らす。

「……ぼくが、まだ、弱いから?」

「違う、そうじゃない。……これ、詳しく説明しないといけないか……?」

「してやれよ。エリオット、不安そうにしてるだろ?」

 なんでか躊躇うアーサー。なんなんだ、いったい。エリオットも不思議そうに見てる。しばらく無言が続き、観念したのかため息混じりに話し始めた。

「……エリオットに問題があるわけじゃない。お前の姉は、まだ、お前に誇れる自分になっていないんだと思う。向こうの気持ちが整っていないとでも言うべきか」

「姉さんの、気持ち?」

「ああ……まあ、なんだ。恥ずかしい話だが、こうなる前はアレンの歌を隠れて聞いていた身でな。こいつと面と向かって話せるか、話していいのか……自信がなかったんだ。だから……お前の姉も、お前のことを嫌っているわけではないと、思うぞ」

 なるほど。オレ絡みの話だから言いづらかったんだ。照れ臭いのかなんなのか。面倒臭い奴だな、って思う。エリオットはいま一つわかってないみたいだった。そっちの都合でしょ、ぼくは会いたい。そう考えているんだろう。

 納得しきれないのはわかる。オレにも昔、結んだ約束が“あった”から。

「アーサーの言う通りだと思うよ。お姉さんはちゃんと迎えに来るつもりだって」

「……そうだったら、いいなぁ」

「まあ、約束破られたって思ったら怖いよな。わかるよ」

「……なんだ、嫌味のつもりか?」

 不愉快そうに睨み付けてくるアーサー。自分のことだと思う辺り、本当に過敏になってるんだな。つい吹き出してしまう。

「お前のことじゃないよ。いま約束果たしてくれようとしてるじゃん」

「いや、まあその通りだが……となると、アレンの言う約束は……?」

 アーサーも、エリオットも首を傾げる。そりゃそうなるよね。ほどけた約束は、アーサーと疎遠になってる間の話だから。

「――八歳の頃だった。一緒に歌おうって約束した子がいるんだ。オレを置いて、どっか行っちゃったんだけど」

 思い出す。ある日の公園でたまたま出会って、一緒に歌って、仲良くなって。「いつか同じステージで歌おうね」なんて、無邪気な約束をして。

 でも、いつの間にかいなくなってた。約束したのに、なにも言わずに。いまどこでなにをしてるかもわからない。ただ、きっと歌ってるんだと思う。オレと同じで、歌うことが好きだったから。

 ああ、妙な空気になっちゃった。別に悲しくないのにな。笑顔、笑顔。なんてことないって伝えなきゃ。

「ごめんな、湿っぽい話しちゃって」

「あ、いえ! 大丈夫です! むしろごめんなさい、つらいお話を……」

「ううん、大丈夫。ま、そんな感じでさ。お姉さんはエリオットのこと、ちゃんと迎えに行くって思ってるはずだよ。だから一緒に頑張ろうな。立派になったお姉さんに会うなら、エリオットだって立派になってた方がいいだろ?」

「……はい! みんなで頑張りましょうね!」

「そのために、アレンも作詞を頑張らなければならないな」

「それな。はー、オレも頑張ろう。二人に負けてられないし」

 改めて、テーブルに向かう。ペンを執り、紙と睨み合い。アーサーは安心してくれるかな、エリオットを励ませるかな。オレが頑張れば、きっとみんなも頑張ってくれる。オレたちは、みんなで頑張れるはずなんだ。

 リオに頼るのは、もうちょっと頑張ってからにしよう。じゃないと格好つかないしね。
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