上 下
113 / 123
第六章:役割

82:白羽の矢

しおりを挟む
「……というわけで、オレが徹夜した結果、意識が途切れてリオに向かって倒れただけです……はい、深い意味や関係性は一切ありません……」

 あれからアレンくんを少し休ませ、事務所でミーティング。あの現場の証言は彼にしてもらった。ギルさんがにやにやと笑みを浮かべている。この人、本当に一回厳しく絞った方がいいと思う。

 アーサーくんはため息を吐く。ある意味きみも当事者だもんね。

「まあ、なんだ……朝から盛んだな、などと思って、すまなかった……」

「ううん、謝らないで……これはね、誰も悪くないの……」

 申し訳なさそうに目を伏せるアーサーくん。本当に、この件は誰も悪くない。むしろ頑張ったアレンくんに功労賞を授けたい。

「それで、イアンさんに歌詞を頼んだみたいだけど……」

「う、うん……オレ、本当にセンスないみたいでさ……なんか、みんなの紹介文みたいになっちゃって……」

 それはそれで見てみたいけど、確かにアイドルの楽曲じゃないね。やっぱり難しいのかな。私が筆を執るべき?

「念のため代えは用意しといた方がいいんじゃねーの?」

 そこでギルさんが手を挙げた。代えってどういうこと? ゴーストライター?

「稽古つけてもらうのはいいけどさ、楽曲がないと振り付けも決まんねーだろ? だから、アレンが筆を折ったときのための作詞家」

「いてくれると助かる……オレ、やり切れる自信がないから……」

「一理ありますね。そうなると、誰が適任かなぁ……」

 白羽の矢を突き立てるのは誰にすべきか。メンバーの顔を見ていく。

 エリオットくん。語彙が足りてなさそう。ストレートな言葉を使うという点では、向いてはいる? あまり任せたくはないけど。

 ギルさん。どんな言葉を綴るかは未知数だけど、挑発的な歌詞になりそう。私のアイドルにはそぐわない可能性が高い。

 イアンさん。今朝見せてもらったけど、なんていうか、口が悪い。ヤンキーがラップしましたみたいな歌詞だった。却下。

 ネイトさん。ものすごく固い言葉しか並ばない気がする。却下。

 オルフェさん。さすがに過労死させられない。却下。

 ……となると、実質一人か……。

「アーサーくん」

「は……ま、まさか……」

「きみしかいない、きみならできる!」

「冗談だろう!? なにを根拠に!?」

「いいんじゃね? 貴族だし教養深そうじゃん」

 ギルさん、こういうときに背中を押すのは見方によっては性格が悪いですよ。この場面においてはいい仕事してますけど。

 オルフェさんも顎に手を当てて息を漏らした。

「アレンのフォローにアーサーが回るのは他のメンバーよりも自然だと思うけれど」

「二人は友達ですもんね!」

「なるほど、友は助け合うものなのですね。これが友情……美しいものです」

「ま、異論はねぇわ」

 よしよし、これで逃げ場はなくなった。この包囲網を逃れる術がきみにはあるかい、アーサー・ランドルフくん。

 アーサーくんはうろたえながらも抵抗の意志を見せていた。往生際が悪いな。

「ぼ、僕にはできない……」

「ふーん、そっか。オレの尻拭いなんてしたくないよな、貴族だもんな」

 駄目押しの一言。アレンくんに言われたら引き下がれないでしょう。男が廃るんじゃないかな。

 唇を噛み、なおも抵抗を続けるアーサーくん。なにが彼の足に鉄球を繋いでいるんだろう。アレンくんは投げやりな息を漏らした。

「ま、いいよ。無理なら仕方ないよな。オレが頑張ればいいだけだもんな」

 無愛想にそっぽを向くアレンくん。私にはわかった。いま、この子は釣り糸を垂らしたのだ。

 口を抉るような鋭い針と、落胆という名の生き餌。他でもないアーサーくん相手だからこそ、抜群の効き目を発揮する。

「ちょっと待て」

 ほら見ろ、男の子って単純だ。アレンくんはしてやったりと口の端を上げた。

「誰が頑張らないと言った? そこまで言われて黙っていられるか」

「へぇー、じゃあ頑張るんだ?」

「あくまでお前のフォローを、だ。僕がいないとままならないこともあるだろう」

「はいはい。頼りにしてるよ、アーサー」

 この二人の関係、すごくわかりやすい。アレンくんはやっぱりお母さん似だなぁって思うよ。たくましいよね、いろいろ。アーサーくんも嵌められたのがわかっただろう、それでも文句を言う気配はなかった。

 アレンくんとアーサーくん、自分たちの関係は自分たちが一番理解しているはずだ。私がいまさらなにを言うこともない。他のメンバーも、それについてわかってきたようだった。

「それじゃあ、歌詞はオレとアーサーに任せて。頑張るから」

「うん、お願いします。オルフェさんとの擦り合わせも忘れずにね」

「とはいえ、二人とも初めての経験だ。伴奏を先に仕上げた方がいいかもしれない。僕も頑張らないとね、真剣に」

 そう語るオルフェさんの表情に、自然と震えた。見たことがない、想像できなかった顔だった。彼はいつも穏やかで余裕があって……そういう、ある種の浮世離れした印象があった。

 けれど、一瞬。ほんの一瞬だけ、彼の顔に真剣さが見えた。余裕のなさ――というか、必死さみたいなものが確かに映っていた。この人、こんな顔をできるんだ……。

「それじゃあ、一旦解散しましょう。私もミランダさんと打ち合わせをしなければいけないので……」

「そうだね。稽古場までは僕が送っていくよ」

「そ、それならオレも行きたいです!」

「お前はミランダさんに会いたいだけだろう……黙って僕と作詞だ、焚きつけておいて逃げるのは許さないからな」

 不貞腐れた様子のアレンくん。この辺りはアーサーくんがブレーキの役目を果たしてくれそうだ。本当に、いいパートナーになりそうだなぁ。

 ひとまずミーティングは終わりだ。私も部屋に戻って身支度しないと。ああ、スーツが恋しい……仕事用の服、調達しないと。私服じゃ気持ちが整わないや……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...