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第六章:役割

幕間29:一人じゃない

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 リオの用件が済み、メンバーは思い思いに部屋を出ていった。俺も外に用事があったこともあり、城を出るまでは一緒だ。

 最後尾から背中を追う。先頭に立つアレンとアーサーの会話に耳を澄ませてみると、どうやら伯爵と結んだ契約について話しているようだった。

「ケネット商店のこと、すまなかった」

「なんで謝るんだよ。潰れないように頑張ればいいだけだろ?」

「それはそうだが……ちなみに、店長とオーナーはなんて……」

「ああ、父さんはオレの意志を尊重してくれてたよ。母さんは『そこで引き下がってたらケツ引っ叩いてたよ! 思い切りやってきな!』って」

「……まあ、なんだ……さすがというか……」

 苦笑を浮かべるアーサー。オレもこっそり震えてしまう。店長さんは肝の据わった人だから、容易に想像できる。アレンはあっけらかんと笑ってみせた。

 心の底からアーサーを信頼しているんだろう。自分が頑張れば、アーサーも頑張る。そう信じているんだ。友情――という言葉で片づけられない、固い結びつきが垣間見える。

 その気持ちに応えられるかどうか、アーサーは試される。それでもきっと、折れたりしないんだろう。お互い期待に応えようとするはずだ。心配は要らない、と思う。

 続けて、その後ろを並んで歩くギル、オルフェの会話に意識を傾ける。

「青春してんねぇ、あいつら」

「達観したような言い方だね。きみだってティーンだろう、青春を謳歌する権利があると思うけれど」

「俺は別に……そういうの柄じゃねーから」

「ふふ、そう。柄じゃない、か。大人びているね」

「ハッ、心にもねーこと言いやがる……」

 不貞腐れたような声音のギル、オルフェは相変わらず底知れない。きっと微笑を浮かべているんだろう。食えない男だ。なにを考えてるかわからないが、アイドルをぶっ壊すつもりではないはず。

 ギルもギルで、憎まれ口を叩いてはいるが根っこが悪い人間ではないだろう。年齢は幾つだったか、子供と大人の境目くらいか。大人になりきれない子供、という印象を抱く。

 二人の会話を後ろで聞いていたエリオットが、オルフェの横に並んだ。

「青春ってなんですか?」

「うーん、一口に言うのは難しいね。夢を見ることを許された少年少女の時期、かな」

「うん……?」

「ややこしい言い方すんな。じれったい初恋とか殴り合いの喧嘩とか、大人になると小っ恥ずかしいことをやっても許される時期だよ」

 オルフェの抽象的な言い方と、ギルのざっくばらんな言い方。エリオットは余計に混乱したようだった。かといって俺も説明できるような議題じゃないし……。

 そう思った矢先、ネイトが一歩前に出た。お前が青春を語るのか……?

「然るべき時期に充実した生活をしていること、だと思いますよ。そういう意味ではエリオット様は青春していると言えるのでは?」

「ネイトの言葉が最もそれらしいね。優勝だ」

「別に競ってねーっつーの。ネイトさんのが一番しっくりくるのは確かだけどよ」

「つまり、ぼくは青春してる?」

「充実していると感じるならば、ですが」

「うーん、たぶん充実してます! 皆さんと一緒ですし!」

 語気を弾ませるエリオット。ギルはむず痒そうにしているし、オルフェもまんざらでもなさそうだ。少年らしさ、眩しさを感じる。俺が得られなかったものだ。素直な心も、同志も。

 ――つい、嫉妬してしまう。最年長だってのに、情けない。

「そういえばイアンさんって、どうして宰相からこっちに来たんですか?」

 不意に、先頭を歩くアレンが問いかけてきた。全員の視線が集中する。顔には漏れなく「確かに」と書かれている気がした。

 話していいのか、これ……リオの大胆さを暴露することにもなるわけだが。いや、まあここまで来たら話してもいいか。一蓮托生、って言ったしな。

「話せば長くはなるんだが……」

 =====

「……リオ、陛下にまで商談を持ち掛けたんだ……」

「命知らずってリオちゃんのことを言うんだな……」

 アレンとギルの顔から血の気が引いた。そりゃそうだ。並大抵の精神で一国の主に商談を持ち掛けられるはずがない。陛下を口車に乗せられると思い込んだのか、あいつはやっぱり大馬鹿野郎だ。

「でも、リオさんのおかげでぼくたちは友達になれました」

 妙に静まり返った空気の中、エリオットが呟いた。それに続くように、オルフェが笑う。

「うん、もっともだ。街中ですれ違うだけだったはずの僕たちが、同じ志の下に集えたのはリオのおかげ。そこは素直に称えるべきだね」

「違いねーや。アレンはともかく、あんたらとは話す機会もなかっただろーし。この出会いも全部リオちゃんの為せるわざかねぇ」

「リオと出会えたことが転機だったんだと思います。僕だけではなく、皆さんにとっても。イアンさんだってそうでしょう?」

「あ? まあ、そうだな」

 素っ気なく返したものの、紛れもなく事実だ。あの日――なにも持たなかった俺に手を差し出してくれた。だから頑張れたんだ。カインの思惑に乗せられても、いつか約束を果たせると信じていたから。

 それがきっと、いまなんだ。成り行きだったし、抵抗もしたが、これでよかったんだと思う。チャンスなんだ、恩返しの。もう躊躇は要らない。

「ま、なんだ。これでも最年長だからよ、お前らは伸び伸びやればいい。なにかあったら俺が矢面に立ちゃいいから」

「ーーオレたち、そんなに頼りないですか?」

 無邪気なアレンの声が鋭く胸に突き刺さった。つい言葉を飲む。

 頼りない? その問いへの最適解はなんだ? 俺の言葉のどこにそう思わせる要素があった? 予想外の質問に戸惑ってしまう。嫌な沈黙が訪れるが、それを破ったのもアレンだった。

「宰相がどんな仕事だったかは知らないですけど、一人じゃないんですよ。頼れるところは頼ってください。誰かがなにかしら手伝えると思いますし」

「手品教えます?」

「楽器の演奏はどうだろう?」

「剣の扱いを……」

「美味しいお店知ってます!」

「社交界のマナーなら……」

「わ、わかったわかった! 一人で仕事した気にならねぇよ! お前らのことも頼る!」

 最年長なんだが、なんでこんなに押されてるんだ……? 舐められてる? ってわけでもないだろうが……。

 ――けど、自然と笑えてくる。

 諦めとか、呆れとか、そういうのじゃない。安心してんだ、こいつらに。裏切ったり、虐げたりしない。仲間として受け入れてくれてるこいつらが、俺を笑わせる。

 文化開発庁長官、それが俺の役割。だからこいつらを守ってやりたい。勿論、リオも。

 やっと手に入れた、俺だけの居場所。絶対に奪わせないし、くれてやらない。そのためなら、喜んで見世物になってやる。こいつらと一緒に。
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