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第五章:“星”の欠片

65:“歌姫”

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 ミカエリア中央区は相変わらず人で栄えている。このまま文化開発庁に帰ってもよかったのだが、私の足は駅に向いていた。

 駅ということは、この世界にも鉄道が通っているのだろう。ミカエリアの次はシテンと言ったか、どんな場所なんだろうね。

 ゆくゆくはミカエリアを出ることもあるだろうが、いま気になるのはシテンじゃない。大型ビジョンだ。“スイート・トリック”の公演が生放送されるなら、規模も相当大きなものだろう。渋谷のそれと大差なければいいけど。

 歩きながら“データベース”を起動する。浮かんだ透明なウィンドウに触れずとも、指を動かせばカーソルも動く。本当に使い勝手がいい能力だな。大当たりですよ、ミチクサさん。

 私が調べているのは“スイート・トリック”のことだ。世界一有名な一座ということもあり、これからのことを考えれば予習くらいはした方がいいから。

 ミランダさんがトップスターであるのは聞き及んでいるが、他のメンバーのことはなにも知らない。調べていくと曲芸師や歌姫と呼ばれる人もいるようだ。

 歌姫……歌姫かぁ。どんな人なんだろう。名前はアメリアというらしい。写真……は、ないんだ。ホームページなんて概念もなさそうだし、公演は撮影も禁止だろうし、仕方ないのかな。

 でもフライヤーとかパンフレットくらいありそうなものだけど……検索の仕方が悪いのかな? 有名な一座なのだから広告も出回っているだろうに。撮影拒否されてるとか? 便利な“データベース”だけど、絶妙に手が届かないのはご愛敬かもね。

「ねえ、そこのお姉さん」

「はぇ、私? ……って、あれ?」

 女の子の声がした。呼ばれた……と思ったけど、姿が見えない。私じゃなかったのかな? 辺りを見回しても、誰も足を止めていない。え、幻聴……? 疲れてるのかな。自然とため息が出てくる。

「ため息はよしなさいな。幸せ逃げちゃうわよ」

「あ、ごめんなさい。って、どこから声が……」

「ここ、ここ」

 声と共に袖が引かれた。え、まさか幽霊? なんてことはなく、見下ろせば小柄な少女がいた。

 綺麗なプラチナブロンドのボブヘアーで、瞳の色は淡い蒼。目鼻立ちは幼く見える。それでいて服装のセンスは大人っぽく、ミランダさんとは別系統の艶があった。小柄なのに違和感は覚えず、むしろこれが少女のフォーマルのようにも思える。

 少女は私をじいっと見つめている。可愛らしいなぁ、迷子かな?

「どうしたの?」

「人とはぐれてしまったの。一緒に探してくれないかしら」

「あはは、迷子か。いいよ、探してあげる。男の人? 女の人?」

「女性よ。とびっきり綺麗な人だから、すぐに見つかると思うけれど」

 見た目に反してすごく女性的な喋り方をするなぁ。背伸びしたいお年頃なんだろうな、可愛い。わあ、この世界に来て初めて女の子に対して可愛いって思った気がする。

「それじゃあ行こっか。手繋ぐ?」

「ふふ、エスコートしてくれるの?」

「勿論。早く見つけられるように頑張るね」

 少女の手を引き、ミカエリア市内を歩き回る。とびっきり綺麗な人って言ってたけど、どんな人なんだろう? 名前を知れば呼びかけられるかな。

「探してる人ってなんて名前の人?」

「ミランダ」

「えっ……」

 ミランダ。ミランダ・キャピュレット? まさかね。こんな小さな子が“スイート・トリック”の関係者なはずないか。ってことは、別人か。しかし、ジンクスありそうな名前だなぁ、ミランダ。

「どうかした?」

「あ、ううん……ミランダって素敵な名前だね」

「ええ、私もそう思う。響きの美しさに相応しい美貌も備えているわ」

「へぇ~、ご挨拶はちゃんとしないとだ」

「そうしてあげて。彼女もきっと喜ぶから」

 手を繋ぎながら歩いているけど、なんだろう。私の方が年上なのに、連れられている感じがする。なんでだ、この少女が大人び過ぎているからだろうか……うーん、今日で異世界生活も二週間が経つけど、まだ上手く馴染めていないのかもしれない。

 そんな折、少女が私の手を引いて駆け出した。意外と力強いな!? 彼女の視線の先には――え、うっそぉ……ミランダさんがいた……。

 旅芸人一座“スイート・トリック”のスター、ミランダ・キャピュレット。彼女は忙しなく視線を巡らせ、少女に気付いて顔を晴らした。

「お前、一人で勝手に歩くなっての! 迷子常習犯なんだから!」

「ごめんなさい。私、自分に嘘を吐けないみたい」

「赴くままだな本当に……んで、お嬢ちゃんが保護してくれたのか。なにかと縁があるねぇ」

 意味深に笑うミランダさん。確かにそうですね、なにかと……思えば、関係者経由で接触することが多すぎる。オルフェさん然り、この子然り。あなたたちはキューピッドなの? 私の運命の人ってミランダさん? 違うよね、違うよね……?

 冷や汗が出始める私をよそに、少女はミランダさんの手を握った。

「でもこうして合流できたじゃない。この子のおかげよ」

「そりゃそうだがなぁ……まあ、まずは礼か。ありがとな、リオ」

「リッ!? あ、いえ! 滅相もございません!」

 この人に呼び捨てにされるの、破壊力がすごいな。純粋に、女性としてカッコいい。これは一座の花形と言われるのも納得だ。誰もが彼女に恋をするだろう。そう直感が告げた。

「固くなるなよ、あんたとあたしの仲だろ?」

「どどどどんな仲でしょうか……?」

「ミランダ、幼気いたいけな女の子をたぶらかすのはやめて。オルフェのこと言えないわ」

「たぶらかすってなんだよ……そんなつもりねぇってのに」

「オルフェも同じことを言うと思う、絶対」

 すごい、あのミランダさんが言い負かされている。いままでオルフェさんをパワーで抑えつけていたけれど、こんなこともあるんだ……強い女性ってどこにでもいるものなんだなぁ。私が接点を持った女性って、みんな強い気がしてきた。

 っていうか、そんなことよりこの少女、もしかして……。

「えっと……ひょっとして、この子も“スイート・トリック”の……?」

 きょとん、だ。二人とも。やっぱりそうだったのか! これ失言だぞ、やばいどうしよう。国民的アイドルを前にして名前を忘れるくらい失礼なことしてる。

 え、死ぬ……? 殺される? 周囲に気を配れ、どこからナイフが飛んでくるかわからない。

 一人慄く私を見て、二人は笑った。ああ、懐が深い……北アルプスのクレバスよりも深い……いやどのくらい深いかは知らないけど、フィーリングで……。

「知らねぇみたいだな、まだまだってことだろ」

「そうね。あなたに負けないくらい有名になりたいものだわ」

「し、失礼しました! 不躾ではありますが、お名前を伺っても……?」

 必死に頭を下げて懇願する。少女は私の頭に手を添え、撫でた。うう、その慈しみがいまはつらい。

「顔を上げて。そのままの方がよく見えるけれど、背筋を伸ばした方が素敵よ」

「え、あ、はい! ありがとうございます!?」

 咄嗟に敬語が出てしまったが、たぶん正解だ。シャキッと背筋を正すと、少女は微笑を湛える。え、なんか美しいなこの人……?

「それじゃあ、自己紹介。私はアメリア・テイラー。一応、“歌姫”って呼ばれてるの。よろしくね」

「……うっそぉ……」

 眼前に御座おわしますは“歌姫”。最高峰の娯楽を提供する旅芸人一座“スイート・トリック”の団員でした。

 この御仁を子供扱いした無礼者はどこのどいつだ? ええ、私ですとも……。
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