上 下
70 / 123
第五章:“星”の欠片

幕間18:知りたいと願うこと

しおりを挟む
 なぜこのようなことに? ミカエリア市街を嬉々として駆けるエリオット様。私の隣を歩くリオ様を見やれば、ひどく重苦しい表情をしている。私と同様の心境だろうか、なるほど。こういった表情も覚えるべきか。

 エリオット様は身を翻し、私たちに手を振った。子供が無邪気な笑顔を浮かべられるのは良いことだ。いずれは彼だけでなく、街全体が笑顔に包まれるように。私も誠心誠意尽くさなければならない。

「こっち! こっち行きましょう!」

「エリオットくん、あんまり走ったらぶつかっちゃうよ!」

 リオ様が彼を追う。私はどうするべきだ? 彼らを追いかけていくべきなのか? 考える。そうか、私は護衛としてもここにいる。ならば追わねばならない。彼らを危機から守るのが私の役目だ。

 エリオット様は気の向くままに街を行く。リオ様は彼が一人にならないように付き添っていた。その後ろを私が歩く。剣は持っていないが、暴漢を退けることはできる。街中とはいえ、警戒を怠ってはならない――。

 そのとき、エリオット様が私の手を引いた。

「ネイトさん、顔が怖いです」

「は……そうですか?」

「そうかな……? 私には違いがわからない……」

 リオ様が私の顔を覗く。エリオット様には違いがわかり、彼女にはわからない。私の表情は、それほど変化がないのだろう。彼女たちに出会うまでは、笑顔の必要性など感じなかった。

 笑顔が人々を安心させる。それはリオ様からの請け売りだ。しかし偽りの笑顔では意味がない。以前、エリオット様に微笑みかけても安心はさせてあげられなかった。

 真の笑顔――そこに至るために、私に必要なもの――欠けているものはなんなのだろう。

「いま、なにを考えてましたか?」

「有事の際は私が守らねば、と」

「それ! だから顔が怖いんです!」

 人差し指を突き付けてくるエリオット様。騎士の務めを果たそうとしたまでなのだが、どうして顔の怖さと繋がるのだろう? リオ様を見れば「ああ」と納得した様子だった。

「私は騎士です。お二方の身の安全を第一に考えるのは当然……」

「私、思うんです。あなたがこの場でも“騎士”だから、ですよ」

 穏やかに微笑むリオ様。言葉の真意が全く掴めない。私は騎士だ、この国の剣だ。騎士である以上、常に住民の安全のため尽力するのが務め。この場においても例外ではない。

 ――と、思っていたが、それが良くないという。騎士として在るが故に顔が怖い。因果関係が見出せない。疑問符が飛び交う私の脳内。説明が欲しい。それを叶えたのはエリオット様だった。

「ぼくたちは騎士のネイトさんじゃなくて、騎士じゃないネイトさんとお出掛けしてるんです」

「騎士じゃない、私……?」

 とても違和感があった。私は生まれながらに騎士として育てられてきた。騎士として――その役割を捨てたら、私は何者になるのだろう。

 守るための剣、そのための教育は受けてきたし、努力を続けてきた。それらを否定したら、私にはなにが残るのか――少し、怖くなった。

 顔に出ていたか、それとも内側を見透かされたか。エリオット様が私の手を引いた。

「わからないなら、それも一緒に見つけましょう! ほら、走りましょう!」

「っ、エリオット様! お待ちください……!」

「こーら! 私を置いていかないで!」

 背後からかかるリオ様の声はどこか弾んでいる。この状況を楽しんでいる? 身の危険を考えていないのだろうか? どこから暴漢が襲い掛かってくるか、強盗が迫ってくるか――そこまで周囲の状況を警戒せずにいられる理由は?

 私にはわからない。わからないが、きっとこれが“普通”なのだろう。自身の人生を生きているのだ。誰かに己を捧げることのない、自身に尽くす人生を。国の剣として生きた私にはできない生き方だ。

 跳ねるような足取りのエリオット様に連れられ、ミカエリア市街を駆ける。こんなに忙しなく、周囲に配慮せずに生きるのは些か心配ではあった。

 ――不思議と、不快ではない。

 そう感じるのは、騎士としておかしなことだろうか。私には、やはりわからなかった。

 =====

 日も暮れ始める頃、私たちは城への帰路を辿っていた。エリオット様は疲れたのか、ゆっくりと歩いている。私の手は握ったままだ。振り払うことも考えたが、民の笑顔を守る以上、それは選べない。

 反対側にリオ様が並ぶ。どこかおかしそうな笑みを湛えていた。

「今日は楽しめましたか?」

「楽しむ……そんな余裕もありませんでした。目まぐるしく、忙しない一日だったと思います」

 騎士としての務めを放棄し、エリオット様とリオ様と、なんの目的もなく街を散策する。気が気ではなかったし、父に知られればなにを言われるか。恐れもあった。騎士の自覚が足りないと言われれば、返す言葉が見つからない。

「……ですが」

 ――真の笑顔をとても間近に見られた。

 私を先導するエリオット様、時折振り返っては満面の笑みを見せる。彼は心の底から楽しそうだった。

 思い返せば、騎士も、民も、私の前で笑顔を見せることはなかった。気を引き締めるか、頭を下げられるか。私自身、真の笑顔を見たことがなかったのだと自覚した。

 目を閉じれば、まぶたの裏に彼の笑顔が焼き付いている。目を細め、歯を見せて、惜しげもなく感情を振り撒く。心に素直になったからこその表情。私はきっと、この笑顔を忘れることはないと思う。

「……感謝致します、お二人に」

「……! いえいえ、またお出掛けしましょうね。今度はイアンさんも一緒に」

「しましょうね……ぼく、また誘いますね……」

 あくび混じりのエリオット様に、リオ様が笑う。この笑顔を守っていきたい。そのために、私は騎士としての務めを果たすべきだ。その上で――もっと笑顔を知りたい。真の笑顔を感じたい。

 これは騎士にあるまじき願いなのだろうか。私には、まだわからない。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...