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第三章:正々堂々

27:証言者

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「――ふわっ、起きた……」

 時計を見れば、十八時。“データベース”で見ると春明の二十日。うわっ、本当に三徹してたんだ……我ながら感心する。頑張ったなぁ。

 労うのは後だ、ひとまず城に向かわなければ。イアンさんにこれを渡して、ようやく完遂だ。まだ足元がおぼつかないし頭もぼうっとするけれど、完成品を取引先に渡さなければ仕事は終わらない。

 立ち上がってリビングに出るや否や、ケネット家の皆さんが血相を変えて駆け寄ってきた。どれだけ心配されていたんだ、私。

 いや、待って。三日三晩仕事してぶっ倒れたら普通の神経してたら心配されるのか。弊社に毒され過ぎだ。

「リオちゃん! 倒れたんだって!? もう少し休んでなさい!」

「ああよかった……僕、びっくりしちゃったよ……」

「心配したんだからね! 今日はそのまま寝てて! お願いだから!」

「ご、ご心配おかけしました……でも大丈夫です、これをお城に届けないと仕事は終わらなくて……」

「そんなもん明日にしなさい! いいわね!」

 すみません、一刻も早く届けないと私が落ち着かないんです。どうすれば伝わるだろうか、社畜の焦りを表現するにはどうしたらいい? 周りに心配してくれる人なんてほとんどいなかったからわからない。

 そんな折、階下から音がした。扉を叩く音のようだった。不審な輩ではないと思うが、バーバラさんと旦那様が降りていく。

 残ったアレンくんは私を部屋に戻そうとしていたが、年季の入った社畜を物理的に動かせると思わないでね。これを届けるまで絶対にベッドには戻らない覚悟でいるよ。

「リオちゃん! 宰相閣下がお越しだよ! あんたに用だって!」

「へ? 私に?」

 まさかエリオットくんの刑がもう執行されるのか? ちょっと待って、私の頑張りはなんだったの?

 売り場に降りると、イアンさんが顎で店の外を示した。その先には馬車がある。「乗れ」ということだろう。

 一度部屋に戻り、情報と考察をまとめた紙を掻き集める。まさか本当にやるとは思わなかっただろう、抱えた紙の束を見るなり驚いたような顔を見せるイアンさん。舐めるなよ、社畜はやると言ったらやるんだよ。

「それじゃあ、これをお城に届けたらすぐ戻ります。ご心配おかけしてすみません」

「本当だよ、帰ってきたらしばらく休ませるからね! 三日三晩仕事詰めの子を働かせられるわけあるかい! 気を付けて行ってくるんだよ!」

 なんてホワイトな企業だ、眩しすぎる。思わず涙ぐんでしまうが、私に涙は似合わない。イアンさんの案内で馬車に乗り込み、お城へ向かう。

 ひとまずはイアンさんに資料を渡さなければ。これでようやく仕事が終わる……よかった。

「閣下、こちらを……私なりに調査して、導き出した答えになります。お目通しいただけますと幸いです」

「……随分な量だな、たった三日でここまでやるか」

 まさか引き籠って作った資料とは思うまい、得意げに笑っておくとしよう。黙って目を通すイアンさんは「ほう」と声を上げた。

「こっちで調べたこととほとんど同じだな。騎士団の情報が漏れてたわけじゃねぇだろうに、ただの旅人がここまでやるとは……正直、驚いた」

「ありがとうございます。私も私なりの情報網がありまして……まさか騎士団の方で得たものと同等の結果になるとは思いませんでしたが」

 本音を言えば、同等でも足りないくらいだ。こちらは世界に記されている情報を無尽蔵に引き出せるはずなのに、人の手で得たものと同じくらいだなんて。私はまだこの力を使いこなせていないようだ。

 エリオットくんのためにやったことだけど、これならなんの助けにもならなかったのでは……? 一抹の不安を覚えるが、イアンさんが続けた言葉に幾らか救われることとなる。

「情報を調べるだけならこっちでもできることだった。だが、相手のフィールドに飛び込むリスク、それを軽減する対策、有事の際のリカバリー方法、仮に撤退した場合の騎士団の今後の動き……関係者が十人でやるようなことをお前は一人でやってる。そして、隙がない。どうなってんだか知らねぇし聞く気もねぇが、大したもんだ」

「お褒めに与り光栄です。エリオットくんのことを考えるとこれでも不安ですが……」

「いや、感謝する。今夜の二十三時にネイトを単独で行かせるつもりだったが、こりゃ考え直した方がいいな……」

「え、え? 私の作戦を採用する気ですか?」

 あくまで首謀者と居場所を突き止めただけで、作戦自体はおまけのようなものだった。まさかこんな素人の考えた作戦を会議で通すつもりなのかこの人、大丈夫? こういうのは実歴のある人に一度目を通してもらった方が絶対いいですよ……。

 しかしそこは一国の宰相。しっかり考えていらっしゃるようだった。

「俺の一存で決めやしねぇよ。ただ、打診はする。……ま、いまは騎士団内部でも疑心暗鬼になってくらいだ。部外者の提案したプランなんざ信用に値しねぇだろう」

 そりゃそうですよ。よかった、これで私が責任を負うこともない……と思っていたのに。

「信用させるためには証言者がいねぇとな」

「へ……? お待ちください、信用させる気ですか!?」

 待って待って待って! どうして信用させる気になったのでしょうか!? 私、素人! 失敗した責任は誰が取るというの!? 私の体はアーサーとの取引にすら使えなかったんですけど! 体で釣り合わないなら命か!? 私の命をあなたが賭けるな! 乗るか反るかは私が決める!

 私の焦りもどこ吹く風。イアンさんは御者さんに声をかける。

「すまん、城に行く前に寄り道してくれ。行先は――」

 =====

「また随分とゴージャスなお宅ですね……」

 たまらずため息。イアンさんの要望で行先を変更した馬車、馬が歩みを止めたのはそれはもうご立派な貴族の邸宅。

 そう、ここはランドルフ邸。アーサーのご実家だ。確かに彼はあの場に居合わせていたし、私が反乱分子に楯突いた現場を目撃している。騎士団の信用を得るためにはうってつけの人材だ。

 さすがに宰相閣下が直々にお出迎えとあらば、ランドルフ伯爵とて息子を送り出すだろう。職権乱用もいいところだ。

 しかし、アーサーと話せるならば有難い。アレンくんのことを話しておきたいと思ったから。

 イアンさんが扉を叩く。向こう側から女性の声がした。侍女だろう。イアンさんが口火を切った。

「アンジェ騎士団の作戦会議においてアーサー様のご協力が必要となりました。ランドルフ伯爵にご相談させていただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか」

 侍女さんは「少々お待ちください」とだけ告げる。伯爵様に確認しに行ったのだと思う。待っている間にイアンさんに視線を放るが、彼はなにも言わない。

 本当、勘弁してください。素人の作戦が元騎士たちに通用するわけがないでしょう。あなた、さては馬鹿ですね? 口が裂けても言えないけど。

 しばらくすると、扉が開いた。姿を現したのは、アーサー本人だった。驚いたような、困ったような、微妙な表情をしている。

「宰相閣下……それに、リオ? 僕の協力が必要とは……?」

「おう、話は後だ。ひとまず城に行くぞ」

「は、え? リオ、これはいったいどういう状況だ?」

「それが私としてもなんて説明をしていいのやら……」

 アーサーは疑問符を浮かべている。わかるよ、そうなるよね。そもそも詳細をまるで語られないのに城に来いなんて、意味わからないよね。私も意味がわからなかったもん。

 あなたはね、私のような素人の案を通すために呼ばれたんですよ。ご足労お掛けいたします。

 イアンさんはやっぱり説明もなく、顎で馬車を示すばかり。お言葉ですが、仕事のお願いなら詳細を明かしておいた方がスムーズかと思いますよ。

「城に来りゃわかる、とっとと乗れ」

 私もアーサーも黙殺されてしまう。なんにせよ、お城に行かなければわからないか。私たちは促されるまま馬車に乗り込む。

 ――願わくば、私の案が通らないように。誰も不幸になりませんように。
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